取り残された過去(一)
美佐緖の表情を見ながら、青田が慎重に言葉を紡ぐ。
「――神田さんは雷に打たれた。少なくとも身体に電流は流れた。その確定条件と、記録にも残る桑田さんの事故。その二つだけではこの想像は、まだまだ妄想と言っても良いかと思われます。ですが『電紋』の存在だけで、大きな謎にはわかりやすい説明を行うことが可能となりました」
「電紋」の存在に美佐緖が圧倒されていたのは、青田が言ったように食人については説明が出来ると気付いたからだ。
そして九年前の渡良瀬遊水地こそが、“始まり”であることに納得する。
だが――これだけでは不十分なのだ。まだまだ「旨人考察」殺人事件については、わからないことが多すぎる。
――それでも青田は全てを説明出来るのか?
今度こそ、純粋な期待を込めて美佐緖は青田の言葉を待った。
「しかし、その謎を取り出して説明してしまうと、どうしても想像が歪になる。ですから、あくまでも時間の流れの中で説明して行きたいと考えています。よろしいでしょうか?」
美佐緖はコクリと頷く。
「ありがとうございます。――この出来事は四人にどのような変化をもたらしたのか? 順番というならまずここを想像しなければなりません。そこで簡単なところから。まず、槇さん」
「はい」
その順番に意外さを感じながら、美佐緖は短く返す。完全に青田に任せてしまっていた。
「槇さんについては地元に逃げ帰った。恐らくはこの想像が妥当となります。証言も集めていませんが、これについては小森さんの振るまいから推察することが出来るからです」
「小森さん……は、確かタカリ屋と……」
「はい。人の弱みに付け込んで金品をせびることを生業としていました。それも上手に。これは、槇さんとの付き合いで身についたのではないかと思われるからです。つまり、まず槇さんが弱みを見せた。ケンカに負け、小さな女の子のいいなりになった。そして逃げた。小森さんはそんな槇さんの“らしくない”振る舞いの目撃者です。最初は槇さんから金を握らせた可能性もあります」
ありそうな話だ。
そして、妄想の範疇であった九年前の出来事が、どんどん傍証で包囲されていく。
時系列で確認していくことには、確かに意味がある――美佐緖はそこまで考えて、去年の”相談”を思い出した。
青田のやることに間違いは無いらしい、と。
「ここで、二人の関係に変化が訪れました。親分・子分に近しい関係性でありながら、共依存に近い状態ではなかったのではないかと考えます。小森さんは槇さんに従いながら、金を与えられ、その上で槇さんの“仕事”を助けることもあった。槇さんが、ダメになってしまうと小森さんは金をせびれませんからね。この二人の関係は、警察もその内気付く可能性があります。いえ、気付いても事件に結びつけることはないと思いたいところですが……」
「気付かない方が――良いんですか?」
さすがに美佐緖が声を上げる。青田はその問い掛けに対して、首を縦に振った。
「その辺りも順番に行きましょう。次は田之倉さんについて。こちらも簡単と言えば簡単。引っ越されたようです。どこに向かわれたのかはわかりませんが、痕跡は出来るだけ消したようですね。この辺り、嫌われていたと言うよりは、田之倉家にそもそも人望があったと考えた方が筋が通ると思われます。そして、そういった事を望んだのは、田之倉さんご本人でしょう」
そこで、青田は不意に黙り込んだ。
それは確かに言葉にしなくても、十分に納得出来る沈黙だった。
そんな言葉が並んでしまう。
もちろん、それを近隣の住人が詳しく知っているはずはないのだが、田之倉有香の様子が変わったことには気付いていたのだろう。
だからこそ、皆が口を噤んだ――
「じゃあ、和夫さんも?」
当然の連想と言うべきか、美佐緖がそう確認する。
「はい。神田さんも口を噤まれました。そう考えた方が良い。というのも、この出来事が起こる前の神田さんが如何なる性格であったのかは、詳しく調べないように指示しましたので。ですから、客観的な証言から集まる大学時代の神田さんの様子からの逆算ですが」
「大学?」
「はい。月苗さんは、情報を避けておられたから、ご存じはないと思われますが、入学当初の神田さんはずいぶん様子が違っていたようで――一番、悪意のないイメージ画を選択してみました。それでも慎重にお願いします」
そう言って、青田は「電紋」の画像をスワイプして、次の画像を表示させた。
そして現れたのが――
「え? これが和夫さんなんですか? いえ、確かによく見るタイプだとも言えるんですけど……」
何しろ表示されたのは、お洒落について無頓着である事を示すような、ありきたりのパーカー。ジーンズ、スニーカーと言う三点セット。もちろん、ノーブランドだ。
それだけなら貧乏学生でカテゴライズも出来るが、まず目に付くのは、肩口にまで無造作に伸ばされた髪。当然ぼさぼさだ。
そして長い前髪の向こうに覗く、生気のない瞳。
イメージ画と言うことで、何かしら恣意的な誇張が施されているとしても、その姿は、美佐緖の知っている「神田和夫」とは似ても似つかぬ姿であった。
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