落雷(三)
「ここで後出し……とこだわっても仕方ないのですが、桑田さんは立派な体格をお持ちだったようでして」
いきなり脇にそれてしまった青田の説明。
しかしそれが、美佐緖にとっては一旦休憩の働きをもたらしたようだ。
「あれ? 杖を使われていたんですよね?」
そう尋ねる美佐緖の声が、不謹慎ほど弾んでいる。
「ええ。主に建設現場で長い間仕事をなされていたようです。ですが事故に巻き込まれまして。それで、その現場の対応に不手際があったようで、足が不自由になってしまった。そこを詳しく説明すると、これもまた一つの物語が出来てしまう。ですから、ここで注目すべきは桑田さんが長年培った体力、そして腕力」
つまり、多少体格が良いぐらいの不良学生では相手にもならない。そういうことなのだろう。美佐緖は想像を巡らせることなくそれを理解した。
「ここからは俺も要素を並べるだけで、経過はわかりません。ですが、決定的な瞬間は想像出来る。桑田さんの足元に横たわる田之倉さん。神田さんは当然桑田さんを止めようとしておられたんでしょう。槇さんも面子がありますから逃げ出すわけにはいかない。何しろ、子分の小森さんは側にいる。むしろ小森さんを引き連れて、桑田さんに掴みかかったのかも知れません」
青田の説明は憎らしいほどに巧みだった。
その説明で、美佐緖の脳裏にはその瞬間の映像が焼き付いてしまったのだから――まるで悪夢のように。
しかし、青田が想像した「瞬間」はまだだ。謂わば今はただ、“兆し”があるだけ。
「これだけの人数に抵抗され掴みかかられたのだから、桑田さんは激昴したのでしょう。そして、腕に装着された杖を振り上げ――」
雷が落ちた。振り上げた杖の先端に稲妻が突き刺さった。
それが、桑田さんが落雷事故に遭った理由。
「そ、それで……?」
それで青田はどのように想像を進めたのか。美佐緖は思わず身を乗り出した。
「結果から逆算しましょう。桑田さんの遺体はこの後、水路に放り込まれることになりました。この“放り込まれる”という扱いに、俺はどうしても嫌悪感を感じざるを得ません。その前提で考えるなら、桑田さんの遺体の処理に関して主導したのは――」
「田之倉さん……なんですね?」
どうしても、そういう結論になってしまう。美佐緖は呆然としながら、呟いてしまった。
「そうであろうと思われます。この後の出来事を考えるなら――いや、神田さんの行動を考えるなら、と言うべき何でしょうね。とにかく彼女が主導して桑田さんを処理してしまった」
美佐緖の脳裏に、ある光景が浮かび上がる。
天の怒りによって危機を脱した田之倉有香。その衣服が乱れていたとしても、幼くはあっても……それだけに現実感のない神々しさを纏っていた。
美しいと田之倉有香の容姿が、さらに現実感を喪わせている。
そしてそんな田之倉有香に
真っ黒な絵本に出てくるような光景だ。暗く、激しく、ただ荒涼として。
美佐緖は、その恐ろしさから逃れたい一心で、きつく目を瞑る。
しかし、それでは脳の中の光景からは逃れることが出来ない。
逃げおおせるためには……
「……で、でも、どうして桑田さんの事故から、こんな想像をしなければいけなかったんですか? その理由までもが想像なら――」
そんな光景を全て否定してしまえば良い。全部、妄想にしてしまえば良い。
しかし相手は青田だった。
そんな“甘え”を許すような男では無い。
青田は、小さく頷いて懐からスマホを取りだした。
「月苗さん。こちらの映像に似たものを、ご覧になったことは?」
「え? なんです?」
まさか、ここで青田がスマホを持ち出すとは考えてなかったのだろう。美佐緖は不意つかれて、油断した心のままで青田が差し出すスマホのディスプレイを覗き込んでしまった。
そして、その目が驚愕に見開かれる。
「やはり間違いないようですね。これは『リヒテンブルク図形』とよばれるものです。あるいは『電紋』。人体に残る、雷による火傷の跡です」
美佐緖の様子を見て確信したのだろう。青田は感情の見えない表情のまま、呟くように説明した。
ディスプレイに表示されているのは確かに人体。
その皮膚だ。
そしてその皮膚に浮かび上がるのは、まるで葉脈のように細かに分岐する赤い線。
一見して血管のようにも見えるが、それとは違う。何処かしら幾何学的な美しさが宿っている。
では、美佐緖の驚きは、その美しさがもたらすものだったのか?
当然違う。青田は「見たことは無いか?」と尋ねているのだ。そして美佐緖は、確かに「リヒテンブルク図形」を、「電紋」を見たことがあった。
何かしらの検索の結果、偶然こういった図形を見てしまったわけではない。かと言って、それほど昔では無い。
それは去年の学祭の準備中。ハプニングの最中、美佐緖はそれを目撃した。
――包帯が緩んだ、神田和夫の二の腕の上に。
美佐緖はそれを思い出し、それに連れて証明される事柄を理解してしまう。
つまり、神田和夫は雷に打たれたのだ。
それは想像でもなんでもない。
鋼のような冷え冷えとした――
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