落雷(二)

 田之倉有香――

 「旨人考察」殺人事件において初めて出てきた名前だ。少なくとも美佐緖は聞き覚えがない。それなのに青田は“始まり“とだと言っている。

 そう――想像している。

「この時の四人の年齢を比べてみましょう。神田さんは十一才。槇さんは十八。小森さんは十七。そして田之倉さんは十才ですね」

 それは単純な計算の結果なのだろう。田之倉有香を除いては。

「……じゃあ、一番小さい?」

「ですが恐らく、神田さんとは同学年だったとは思われます。この辺り、徹底的に隠されていますし時間の経過もありますから……御瑠川もかなり苦労したようですが、神田さんと田之倉有香の間に、ある程度の交流はあったようなんです」

 その青田の説明で、もっとも注目すべきはどこだろう?

 美佐緖はそう考え――「隠されている」。その部分がやはり一番気になる部分だ。しかし美佐緖は口を挟むのは控える。

 今は青田の説明を聞き続けたい。確かに何かが形になろうとしている。そんな予感がするからだ。

「神田さんと田之倉さんの住んでいる所は違う県です。当然、通っていた小学校は違う。ですから交流のきっかけとして、恐らくは個人で営んでいた道場のようなものに通っていたのではないかと。この辺りは想像を通り越して、もう妄想の域ですが」

「……とにかく、そういった前提で考えを進めるわけですね。そんなに無理は無いと思います」

「ありがとうございます。さらに事故が起こったのが七月七日であったなら? とまで妄想を広げると、二人が渡良瀬遊水地で笹を探していた、という可能性も窺えます」

「ああ、七夕ですか」

 あまりにも特徴的な日付だ。美佐緖はすぐに思い当たる。

「そうです。そしてそこに現れたのが、槇さんと小森さんです。槇さんについては、もう知れ渡っていますが、この頃から品行がよろしくない事がわかっています。別に七夕は関係無いと思われますが……年齢を考えると、この二人は高校生。いわゆる不良学生ですね」

 もうそれだけで、美佐緖は悪い想像しか出来ない。

「槇さんと小森さんが遊水地にどんな用があったのかはわかりません。例えば槇さんが地元でやり過ぎてしまって、ほとぼりを冷ますために槇さんが小森さんの家に転がり込んでいた。この辺りが想像しやすいですね。小森さんは槇さんの言ってみれば“子分”であったようですので」

 確かに、これもまた想像しやすい。つまりは無理のない推測だ。

「そこで、暇つぶしか何かで遊水地に繰り出した。あるいは小森さんが連れ出したのかも知れない。とにかく、このような偶然があった」

 美佐緖は頷く。無茶な想定では無い。槇に関しては悪評ばかりが残っている人物だ。小森が家を守るために、あるいは家族を休憩させるために、外に連れだしたと想像する事は容易いのだから。

 そしてその結果として、神田・田之倉ペアと、槇・小森ペアが渡良瀬遊水地で会ってしまった。

「……この田之倉さん。有り体な言葉で表現してしまうなら『美少女』だったらしいのですよ。近年の写真はすべからく顔を隠しておられるんですが」

「あ……生きておられるんですね」

 思わず美佐緖が、安堵のため息をこぼした。そんな最悪の未来を美佐緖が想像してしまっていた事については仕方の無い部分があると言えるだろう。

 しかし、果たしてそれが「最悪」だったのか――

「それでまぁ、田之倉さんの美しさに気付いた槇さんは恐らく欲情した。その辺り節操がなかったようですし。小森さんも家族が危険にさらされるよりは、と逆に煽った可能性もある。そして、そんな年嵩の二人相手に田之倉さんは反抗した。実力行使込みで」

 その青田の“想像”に、美佐緖はマジマジと青田を見つめた。意外だったのであろう。青田は美佐緖の視線に構わずに語り続ける。

「俺が、二人は道場に通っていたのかも知れないと考えたのは、この想像の方が先の展開を上手く想像出来るからです。あるいは最初は槇さんとしても、からかうぐらいしか考えていなかったのかも知れません。見つけたのは小学生のカップルですからね。この方が自然であるかも知れない」

 確かに、何も証拠は無い。しかし青田の考える“想像”は自由であるが故に、容赦なく、この年の渡良瀬遊水地をつぶさに描き出してしまう。

「そんな槇さんに、小学生の女の子が反抗した。道場に通っていたと考えると、その攻撃は槇さんの体に触れはしたでしょう。しかしそこまで。年齢差も体格差もある。そして槇さんは反抗されることに慣れていなかった。結果、槇さんが本気になった。この場合、本気とは――」

「わかる気がします。いえ、想像は出来ます」

 美佐緖が青田の言葉を遮った。どう考えても醜悪な光景しか脳裏に浮かんでこない。

「もちろん、神田さんは田之倉さんを助けようとした。この神田さんの行為はほぼ確実と考えても良いでしょう。ここまでの“想像”を是とするならですが」

「確実……」

 浮かされた様に、美佐緖が呟く。

「何しろ、ここで一旦、田之倉さんは逃亡に成功したと思われるからです。少なくとも、のしかかってきていた槇さんの身体の下からの脱出は出来た。何故ならそういった展開だと考えなければ――」

「桑田さんのがまったくの無関係になってしまう」

 美佐緖が、青田の説明の先を引き継いでしまった。

 そうやって、一刻も早く九年前の渡良瀬遊水地から逃げ出したいと言わんばかりに。

「はい。田之倉さんは、恐らく無意識に目印となった木を目指したと思われます。それを槇さんが追う。その木の下には桑田さんがいたわけですが……桑田さんはもちろん、正義の味方では無い。逆に獲物の横取りを考えた。獲物とはもちろん――」

「田之倉さん……」

 最悪には果てが無いという。

 美佐緖は、青田の想像でしかないそんな光景に、最悪だからこそ現実リアルを感じてしまっていた。

 都合よく救いの手が差し伸べられるほど、世界は親切には出来ていないのだから。

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