被害者・神田和夫(20)
神田氏の遺体が発見されたのは、十月十七日。死亡時刻は、この日の未明だとほとんどはっきりとしている。発見された場所は「陽楽荘」という名の集合住宅。神田氏はここに部屋を借りていた。
多くは近くの大学に通う生徒のために貸し出されている集合住宅である。一部屋ずつ貸し出しており、食事のための食堂が別にあって、風呂トイレは別。地方出身者の学生が家賃を安く抑えるために選ぶことが多い。そういう古めかしい集合住宅だった。
神田氏が借りている部屋は「陽楽荘」の一階にある106号室である。
六畳ほどの部屋。家具もあるので手狭さは確かにある。しかしそれが部屋中が荒らされ、血塗れになった事の理由にはならないだろう。
たとえ部屋全体が、真っ赤に染まっていたとしても。
神田氏はこの部屋で殺されたのだ。
いや単純に「殺された」という言葉だけでは到底済まされない。その遺体は、徹底的に破壊されていたのだから。
身体の至る所に打撲、切り傷、刺し傷とあらゆる怪我を負っており、死因としては失血死となる。そうして絶命した後に、その遺体は切り分けられた。
さらに、その一部が持ち去られてしまっている。
その凶行を行ったのは「旨人考察」絡みの一連の連続殺人――その重要参考人と目される岡埜真人であろうという流れになった。
というのも岡埜は神田氏の横の部屋、107号室の住人であり古河市の事件の容疑もあったので、警察はどちらにしても「陽楽荘」に踏み込む段取りを整えつつあったからだ。
そのため、いささか強引に岡埜の部屋に乗り込み、そこでやはり血塗れの衣服を発見。その血が、神田氏のものと一致したのである。
ここに来て、警察は岡埜に対して逮捕状を請求。そのまま全国に指名手配の流れになった。
そこまでの手続きを済ませた上で、改めて神田氏について調査を進めるが、これがまったく平凡とも言える結果に着地してしまう。
神田氏は群馬県板倉町のごく一般的な家庭に育ち、平均的な学力を身につけ大学に進学。そして「陽楽荘」で一人暮らしを始め、勉学の他にサークル活動にアルバイトとやはり一般的な大学生活を送っていた。
とりあえず現状で集められた情報からは、そのようにしか判断出来ない。
となれば何故狙われたのか?
そこがまず疑問となるところではあったが、岡埜が加害者であるのなら、動機を推察するのも難しい。何しろ岡埜は人を喰うことに取り憑かれた異常者なのであるから。
それに古河市の事件を鑑みるに、遺体の扱いについては残虐化する一方で、すでに精神の箍が外れてしまっていたのではないか?
隣人とのよくあるようなトラブルから、あっけなく岡埜は殺害を決意し、その食欲のままに遺体を蹂躙した。
大洗町で大楠氏から思いもよらぬ抵抗を受けた事によって、その精神はますます畸形化したのでは無いか?
それが捜査本部の所見となったのである。
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