被害者・槇陽翔(27)
槇氏の評判は甚だ悪いものだった。子供の頃は「悪ガキ」で済んでいたような振る舞いであったために、周囲もそれを見過ごしていたが、できれば関わりたくないと言う本音が、そのまま槇氏の未来の姿を的中させていた。
あるいは、そういった無責任な態度が良くなかったのだろう。高校に入る頃には、槇氏は悪戯では済まない悪事に手を染めるようになっていた。
中には、暴行、脅迫、強姦等、刑事事件になりかける事も。
それでも尚、槇氏が塀の向こう側に送られなかったのは、槇家の権勢によるものだった。茨城県は古河市において槇家はすっかりと根を張り巡らせており、生半可なことでは誰も槇氏を糾弾できないような状態であったのである。
またそれを後押しするように、槇氏の身長は百八十五センチを越え、恰幅も良く、巨漢と言っても差し支えの無い体躯の持ち主。性格もその巨躯を押し出すように何事にも強引。
またそういった槇氏の周りには、おこぼれに預かろうとしている得体の知れない有象無象が取り巻いており、一種の愚連隊の様相を示していた。
このような槇氏が犯行に巻き込まれたのは、十月十六日。
深夜、恋人――槇氏は未婚だった――の部屋から追い出された槇氏は、その直後まずスタンガンを押しつけられたうえ、頭部にこれが致命傷となる打撲を加えられた。
そのまま深夜であることで当たり前に人通りのない商店街の裏路地に運び込まれ、これ以上無いほどに槇氏の遺体は壊されてしまう。
まず全身が切り刻まれてしまった。その上で、肉片を切り取られ、さらには焼かれたような痕跡も発見される。
あまりに惨憺たる遺体の様子から、怨恨の線で捜査が始まったのは仕方のない事と言えるだろう。槇氏の日頃の行いを考えても、恨んでいる者が数多くいることは自明の理だったからだ。
そのためこの事件は、当初は「旨人考察」に絡んだ連続殺人とは関係無いものと思われていた。
しかし、あまりにも酷い槇氏の遺体の様子を確認した一人の捜査員が「まるで調理されたよう」と何気なく呟き、結果的にそれががまさに正鵠を射ていた事が判明する。
最初はあくまで念のため、というスタンスではあったが、関連性は無いか? との問い合わせが「旨人考察」殺人事件の捜査本部に対して行われた。
この場合、大洗町の事件と同じ茨城県警の管轄内であったことが幸いしたのだろう。それに加えて、もはや面子など関係無しに、手掛かりを掴むためなら何でもするという姿勢であった事も評価すべき点であったことは言うまでも無い。
すぐさま大洗町の事件の時に残された複数犯の痕跡と、古河市に残された複数犯の痕跡が比較され、すぐに「一致する」という結論が導き出されたのだから。
この結果を受けて当然のことながら警察庁がすぐさま捜査を引き継いだ。そして周囲の県警、さらには警視庁からも応援が送り込まれ、未曾有の捜査態勢で古河市の事件を追うことになる。
というのも、この事件は今までの事件とは違って、犯人が執拗に槇氏を付け狙っていたような痕跡が残されていたからだ。
それは現場周辺を何度も行き来する白いワゴン車の存在であった。
それだけであれば大した印象に残らない証言であったのだが、目撃者の中に目敏い者がいた。
「ナンバーまでは覚えてないけれど、確かに“わ”ナンバーだった。というか“わ”ナンバーだからナンバーはどうでも良かった」
と証言したのだ。
“わ”ナンバー、即ちレンタカーである。
目撃者がそれに気付くことが出来たのは、車両のセールスを職業にしていたことがまず一点。
さらにこの目撃者が槇氏の取り巻きの一人であり、当人も素行がよろしくは無かった。強引に車を売りつけるようなトラブルも何度か起こしているという、本来なら忌避すべき要素は、実はこの証言に“信憑性”を与える事になってしまう。
この日、目撃者はセールスの合間に――真面目に取り組んでいたのかは甚だ疑問の残るところではあるが――幾たびもこのワゴン車を目撃し、
「レンタカーをそんなに乗り回すぐらいなら、いっそのこと買った方が得だ」
などと自分勝手な理屈を作り上げ、もう一回見かけたら、是非とも売りつけようなどと実にいい加減な販売計画を頭の中で模索していたらしい。
それだけに証言も鮮明で、街中の防犯カメラの記録にも合致したのである。
その上、被害者が兄貴分にあたる槇氏であったので、その証言自体には自信があると請け負い、さらに真摯な態度であったようだった。
こうなると次には捜索対象が「不審者」では無くて「不審な車両」になる。また車での移動となれば死角を縫って行動する事も難しくなる。
よって、この車両が槇氏殺害の事件現場に長時間放置されていたこともすぐに判明。当然、防犯カメラの映像からナンバーも判明した。
あとはナンバーで検索を掛け、取り扱っているレンタルショップを調べ、誰に貸したのかを尋ねれば良い。
その誰かが、未だ「容疑者」とは言い切れないが「重要参考人」である事は間違いない。
また複数犯であるのに、もう一人の名はわからないままであることも問題と言えば問題だったが、とにかく片方の名前が割れた。
この一連の殺人事件で初めて浮上した、犯人と目される人物の名前である。
岡埜真人。
ついに捜査の手が一連の殺人事件を曝こうとしていた。
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