符号(三)

 タカリ屋? そういう職業……ではないはず? とにかく、そういった人物であると理解することにして、それが何故和夫さんと関係があるのだろう?

 いや、そもそも和夫さんと関係があるのかは……

「恐喝については手慣れたものだったらしいですよ。手慣れた、というか失う物が何も無い状態ですから捨て身なんですよ。こういった手合いに絡まれると、実にややこしくなります。特に警察に相談出来ない内容であるのなら」

「そ、それで身元がわかりづらい……?」

「ええ。基本的に関わりがある事すら知られたくない、と言うのが普通の反応ですから。栃木出身で実家もそこにあるわけですが、もうずっと前に絶縁状態のようで。まだ三十前だったんですけど」

「え? そんなに若いんですか?」

 寿町の事件のように、中年というか初老ぐらいの年代だと勝手に思っていたんだけど……そうなると「旨人考察」との関連はどうなるんだろう?

 この時期だから「天然物」とか言っていた時期になるのか。

 確かに、ずいぶん荒れた生活を送っていたみたいだけど、これは「旨人考察」と符合するのだろうか? それで全然別の殺人事件だとして――そうだとして私は一体、どんな事実が出てくれば納得出来るのだろう?

 ――安心出来るのだろう?

「さぁ、これで情報は十分揃ったと思われます。小森朔太郎氏は連続殺人鬼の最初の被害者だった。その殺人が行われたのは、二月下旬から三月上旬」

 けれど青田さんは容赦はしない。

 感情の沈んだ表情のままで、ただ言葉だけを武器として私を責める。

「当然、その期間には三月三日も含まれる。月苗さん。あなたが様子がおかしかった神田さんに会った三月三日だ。それに意味があると――小森さんの事件と神田さんに関係があるのでは考えてしまったのは何時ですか?」

「そ、そんな事、私は……」

 もうダメなのだろう。私は諦めながら、それでも反論してしまう。

「考えているでしょう。これは覆せない。三月三日の様子をあなたは詳細に語った。そして神田さんの部屋の様子まで。その部屋に秘密など何も無かったと主張するように。だから俺が押し入れの中について尋ねたとき、動揺してしまった」

 やっぱり、見透かされていた。

 そうと理解出来ても、私の中に溢れてくる感情は恥ずかしさでは無くて、納得という名の諦め。

「あと、説明されなかった理由はわからないのですが、あなたが神田さんとお付き合いを始めたのは、この時期なのではないですか? 告白のような手続きは行っていない、付き合い始めた明確な日付は無い、とのことでしたが、春先にはサークルの他のメンバーが事として捉えるぐらいに、あなた方は親しかった。実際に学外で二人で会うほどには」

 言わなかったということも、それはそれで説明になってしまうものだ。

 私は、確かにその点は言わなかった。誤魔化そうとした。

 何故か? もちろん理由はある。我ながらそんな馬鹿馬鹿しい基準なんか、あるはずは無い。決まったものは無い。それは頭では理解出来る。

 けれど和夫さんは――

「いつ気付いたなんて、そんな事はっきりとわかっていれば苦労はしませんよ。とにかく私は――」

 気付いてしまったのだ。

 小森さんの事件と和夫さんの関係を。

 そして今日。青田さんに請われるままに説明してゆき、自分を見つめ直す内に気付いてしまった。

 やはり似ているのだ。

 三月三日の和夫さんと、八月四日の和夫さんの様子が。感触が。

 その二つの日付に共通点を見出すなら、それは連続殺人事件で……

「月苗さん」

 あの連続殺人事件に関係があるなら、それはつまり「旨人考察」も関係があるって事で、だからそれは…

「月苗さん。この事件はまだまだ確定している部分が多くは無い。五里霧中と言っても良い。そんな状況では、ひとつずつ確かめていくことが大切です」

 だんだん、わかってきた。

 青田さんは決して優しくは無い。だからこの言葉も……

「あなたは確かめたはずだ。八月四日の午後。神田さんが何をしていたのか?」

「わ、私がどうやって……」

「ホテルに電話をかけても良い。サークルのメンバーにそれとなく確かめてもいい。『一人にさせてしまって危なかったのかも知れない』と呟けば、誰かが思い出すかも知れない。何かアリバイが成立する証言が出てくれば、それで良いはずだ」

 本当に、それだけで済むはずだった。そうなると思っていた。

 けれど、あれほど大きなホテルではどうしようも無いのだろう。実際にもう一度行くことが出来るなら、何か違う声が集まるのかも知れない。

 けれど、そんな事をしても無駄に終わってしまうだろうという感触がある。

 ホテルの従業員の方達にしても、そこまでは記憶ははっきりしてないだろう。

 かと言って、同時期に宿泊していた他の客にあたるなんて……そんな事、警察の力が無いとどうしようも無い。

 そして警察の力を借りるなら、和夫さんは容疑者と言うことになってしまう。

 じゃあ、サークルのメンバーは?

 檜木さん達と、伊藤さん達のカップルはそれぞれがアリバイを証明している。そして、私が一緒に行動した七人はそれぞれがそれぞれのアリバイを証明してる。

 ――だからこそ誰も、和夫さんのアリバイは証明出来ない。

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