符号(一)

「……この事件の概略はこんなところですね」

 青田さんの説明が一段落した。そう一段落。話はまだ途中だし、この時期に判明した事は――まだある。

 それを説明する……される必要が果たしてあるのか。

「それでは『旨人考察』ついてさらに詳しく。五月の事件に対しての検討はこういった順番でしたので」

「それじゃあまず、この時にアップされた『旨人考察』が本物なのかどうか? ですね?」

 私は積極的に青田さんの説明に口をはさんだ――逃げるように。

「その点に関しては。確証が得られていないようです。本物というか、五月にアップされた『旨人考察』と同一人物によって作られたものなのか。そこがまずはっきりしていません」

「あ……そこからなんですね」

「そうです。五月にアップされたものが、この一連の事件と関係あるのか? それすらもはっきりしていない。恐らくそうであろう、という蓋然性の高さだけで、関連付けされている」

 そこまで説明したところで、青田さんは一息ついた。

「しかし“そういうこと”にしなければ捜査が進みません。だから今は関連付けできる情報を集めると言うよりは、関連づけ出来ない決定的な情報が出てくる可能性を怖れている。そんな状況ではある様ですね」

 “伝手さん”経由の情報なのだろう。何と言うか、警察に直接インタビューしたみたいな生々しさがある。本当にどういう人なんだろう?

 そんな私の疑問を置き去りにして、青田さんは話を進めた。

「長野市内のインターネットカフェにおいて『旨人考察』がアップされたのが、八月十四日。このタイミングでは長野県警が発表が遅らせたこともあって、白馬での事件の情報は行き渡っていません。必然的にこの『旨人考察』は、いわゆる“秘密の暴露”が行われていると目されます」

「“秘密の暴露”?」

 何だか物々しい響きだ。

「ええ。犯人しか知らない事柄を知っていると証言してしまう。大体はこんな意味ですね。これはドラマなどのシーンを思い浮かべて貰った方がわかりやすいかもしれません――『なぜ、それを知っている?』」

「ああ、あれですか」

 確かにそんなシーンを見た覚えがある。もしかしたら映画かも。

 けれどこれで“秘密の暴露”という言葉については、理解することが出来た。

 つまりこれを、事件に当てはめると……脂なんだから……つまり、お腹を……

「ここからは想像するのにも苦痛を伴う可能性が高いですし、これでご理解いただけたということで」

 私がよほどイヤそうな表情を浮かべていたのだろう。青田さんが切り上げてしまった。確かにこれ以上は……

「まぁ、そんな理由でこの『旨人考察』についてはという前提で話を進めることにします。またこれは実際の捜査についても同じ扱いになりました。しかしながら、インターネットカフェでの捜査は思うようには運ばなかったようです。これはもう、地域性の違いだとしか……」

「地域性……ですか?」

「これは一連の事件が、関東だけで起こるものだと――実際すべてを警戒するのは不可能なわけですが、そこにどうしようも無い“緩さ”があった。それに都内、それの二十三区と比べれば街中の防犯カメラについても、死角が多い」

 そう説明されれば、実感は湧かないものの「そういうものだろうな」と納得出来る部分がある。ということはつまり……

「こちらの捜査も上手く行かない、ということですか」

 私は諦めたように、その喜ばしくない結論を口にした。いや、それが本当に私の望む結論になるのか。

 この段階では何もわからない。事件の真相も。私のも。

「そうです。となると実際の事件の捜査に力を注ぐしかない。そこで月苗さんに質問です。事件が発生したのは八月四日です。それが発表されたとき、そちらのサークルではどういう反応になったんですか?」

 ついに来てしまった。

 「たまゆら」が。いや私が、この一連の殺人事件に絡め取られてしまう、その始まりが来てしまったのだ。私は唾を飲み込む。

「その……まず、自分たちの旅程と事件が重なっているのを気付かなかったんです。あれは誰が言いだしたのか……」

 これは嘘では無い。

 何しろ、あれだけセンセーショナルな事件だ。その上、五月以来という――確実に使ってはいけない言葉なんだけど、感があった。

 それに加えて「やっぱり終わっていなかったんだ」という怖さがある。

 こういった感情に押し流されてしまう中で、事件の日付と、終わってしまった旅行の日程はすぐには結びつかなかったのだろう。

 けれど、その内に誰かが気付いた。もしかしたら同時だったのかも知れない。私たちが楽しんでいる時に、あんな事件が――それも世間を騒がしている連続殺人が再開されるなんて。

 だから――

「最初は、自分たちが白馬に行ったタイミングで事件が起きていたことに気付きませんでした」

 その言葉に青田さんは小さく頷いた。

「それで……誰かが気付いたと言うよりは、いつの間にか『たまゆら』のみんながそれに気付いて、知って、それで『怖かったねぇ』なんて、結局は他人事で」

 どうしてもそうなってしまう。だってあの旅行は楽しかったのだから。

 どうしたって殺人事件と混ぜるなんて事は思いつきもしないで。

「それでは――」

 青田さんはそんな私の泣き言を切り捨てるように、言葉を重ねた。

「それでは順番として、月苗さんが違和感を感じられたのは、三月の事件が報道されてから、ということになりますか」

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