白馬(六)

「わかりました。神田さんは体調を崩されて外出しなかった、と……ん? それは三月――ああ、これはダメだな。予断になってしまう」

 予断? それに三月……ああそうか。和夫さんが体調を崩したと伝えたことで、青田さんは三月三日の和夫さんの様子を思い出したのか。

 これだけ短い間に半年分の説明をした意味があったと言うべきか……私も今まで考えもしなかったけど、確かにこの時の和夫さんと、三月三日の和夫さんは様子が似ていた様な気も……

「失礼しました。それで、その日のサークルとしての予定はどのように変更されましたか?」

 青田さんが、そう言ってスルーしてしまうから仕方が無い。私も説明を続けた。

「基本的に変わりませんよ。檜木さん達も何だか計画立ててたみたいですし、伊藤さんも迫水さんと蕎麦を食べに行くんだって……」

「それは伊藤さんと迫水さんがお付き合いしてると言うことですか?」

 いきなり青田さんに遮られた。けれどその問いには頷くしかないわけで。

「はぁ、そうですね」

「でもそれなら祖江口さんの心配は……」

「そこを納得してくれないから――というか、是松君がさっぱりなびかないから、祖江口さんは無理矢理理由を見つけようとしてるだけだと思うんですよ」

「そういうことですか。ええと……その四名については予定通り。神田さんはホテルに残るとして、月苗さんは?」

「看病する予定だったんですけど、そこまで体調は悪くないし、縛り付けてしまっては逆に気を遣うと言われて」

「それで?」

「それで、他のメンバーはわさび園に行くって言うので。とは言っても目当てはカフェとかジェラートとか、まぁ、そんな感じで完全に観光モードで。私もそれに同行させて貰う事になったんです。予定では、やっぱり撮影だったんですけど」

 実を言うと、予定と言うほど決まっていたわけではない。恐らくそうなるだろうなぁ、という予感があっただけだ。

「それって……祖江口さんと是松さんも同行したってわけですよね」

 青田さんは、私のそんな誤魔化しに気付かなかったのか、相変わらず祖江口さんの動きにきをとられているようだ。

 だけどせっかくなので私もその流れに乗ることにした。この日の予定について、詳しく尋ねられるのは――良くない。

「そうですそうです。でも伊藤さんはいませんから、祖江口さんにとってはチャンスじゃないですか。それで他のメンバーも、自然と二人をサポートしようみたいな雰囲気が出来上がっていたので……」

「なるほど。神田さんがあとから合流するなどの流れにはならなかったと」

「ええと、カップルの二組は結構早くから出たんですよ。それで他のメンバーはホテルを出たのが十時過ぎぐらいで、結局和夫さんはずっと良くならなくて。みんながホテル戻るまで、合流という事にはなりませんでした。ちゃんと連絡は取り合っていましたけど」

 

 そんな言葉が自然に口を突いてしまった。

 その不自然さを青田さんが見逃すはずは無くて、感情の消えた表情と眼差しでジッと私を見つめていた。

 そう。私はこの時の和夫さんに、いわゆるアリバイが無い可能性を疑っている――怖れている。

「それで……神田さんはずっと体調が悪いままだったわけですか? 合流というかホテルに戻られたのが――」

「大体六時頃だと思います」

「その時も寝込まれていた?」

「いえ……その、ホテルの温泉に入っていたと。それでちょっと湯あたりしたようなことも言ってましたから……」

 結局、体調は良くないと言うことになるのか。この日、和夫さんが早めに横になったのは確かなことでもあるし。

 けれど温泉に入っていた間はもちろん連絡は出来なくて。

 いや、それを言うなら、連絡と言ってもスマホさえ持っていれば連絡を取り合うことは出来るのだ。けれどそれは和夫さんがホテルに居たという証明にはならない。

 だから結局、この日の午後の和夫さんはアリバイは成立していない。

 私はそう考えるしかなくなってしまったわけで、それがどうしようも無く私を不安にさせた原因で――

「わかりました。とりあえず、この白馬旅行についてまとめてしまいましょう」

 青田さんが、いきなりそんな事を言い出した。

 それに一体、何をわかったというのだろう?

「三日目はそれで終わりと。少なくともこの時点では、取り立てて気付くところはなかった。ただ神田さんが心配であったと。それで翌日、四日目はただお帰りになるだけですか?」

「……はい」

 そう返事をするしか無いではないか。

 朝になって和夫さんも回復して、あとは来た時とは逆の行程を辿って東京に帰るだけだ。遊び疲れていたのだろう。私も含めてみんな新幹線の中では寝てしまったんだと思う。

 それで午後には無事東京について――何事もなかったはずなのだ。

 それを何だか必要以上に青田さんに訴えるように説明して、あの白馬旅行については説明を終えた。

 しかしこれが終わったということは――

「ここでもう一度、俺から事件を説明させていただきます。いや先に『旨人考察』についてですね」

 やはりこうなってしまうのか。

 けれど、これを乗り越えなければ、私はどうにかなってしまう。


 ――どのような結論に辿り着いたとしても。

  

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