白馬(五)

「――それですと、写真ではなく動画でも良いのでは?」

 けれど青田さんはグダグダになった私の説明でも、言いたいことは受け取ってくれたようだ。受け取ってくれたからこそ、こうしてイタいところを尋ねられてしまうと言うわけで……

「でも、それだと見ている……いや見るのは良いんですけど、私もその“兆し”を予感する瞬間に写真を撮りたいって言うか、ずっと動画に撮っていて、それで偶然、そういう決定的瞬間が録れたとして、それで編集でその少し前を切り出せば良い、というのは何か違う気がして」

 そのやり方では卑怯だと感じてしまう。

 言葉を選ばなければ、そういうことになるのだろう。もちろん、こんな主張がそう簡単に受け入れて貰えるはずは無くて、

「しかし、そのやり方では――」

 当たり前に青田さんが、反論してきた。恐らく、そんなあやふやなやり方が良いのか? とかそんな感じの事を言われるんだろう。

 実はそれについては……

「――ああ、それで良いのか」

 青田さんが突然、矛を収めた。いや別に戦っていたわけではないのだけれど。

「はい?」

 それでも、そのいきなりの方向転換は私を戸惑わせるのには十分だった。そして「戸惑う」という点なら、青田さんも同じだったらしい。

 いきなりスピードが上がった。まるで言い訳するように。

「いえ、そちらのサークルの様子をずっと伺ってきましたので。それと合わせると、別に効率は求めなくても良いんだろうな、と思い至りましたので。旅行に行って、撮りたいものを撮る。そして無理矢理被写体を探す必要も無い。そういうスタンスであることが許される――というか、そういうスタンスであるべきなんだろうな、と思いましたので」

 これだけ一気にまくし立てられては、まず噛み砕くにしても時間がかかる。

 青田さんの凝った言い回しは……そんなには無いのか。やっと青田さんの言葉の理解が始まった感覚だ。いや言い回しは普通だとしても、どうも話が大袈裟――いや、そうでもないのかも。

 「たまゆら」はまさに“ゆるく写真を撮る”サークルなので、撮りたい写真が撮れなくても別に問題は無いし、全部空振りになっても良い。

 そんな理屈を青田さんに指摘されたことで、私は何だかおかしくなってしまった。

 和夫さんとの時は、そんな話にはならなくて……

「おや? 俺の解釈違いですか? そういったサークルなのだろうと思っていましたが」

「い、いえ……それは青田さんの言うとおりですよ。『たまゆら』はそういうサークルです。それを青田さんに指摘されるまで気付かなかった事が何だかおかしくて。そう考えると、私たちはなんだかおかしな事をしていたんですね」

 あまりに一生懸命すぎた。

 そこまでのこだわりがあったわけでは無いのに、どうしてあの時はあんなにこだわってしまったのか。カメラも持たずに、スマホだけしか持っていないというのに。

 改めて思い起こしてみると……和夫さんの方が熱心だった気がする。もしかしたら、和夫さんは何か写真に関してもっと深いこだわりがあったのかも……だとすれば、それを青田さんに言うべきなんだろうか?

 けれどそれで、青田さんが何かに気付く可能性も――

「それで月苗さん達はずっと離れて撮影されていたんですか?」

 タイミング良く、と言うべきなのか青田さんが先を促してきた。

 それにタイミングと言うなら、これから先に青田さんに伝えるタイミングもきっとあるだろう。私もとりあえず説明を続ける事にした。

「もちろん、そんなことはないですよ。みんな見える範囲にいましたし、お昼や普通に観光したり。それでまた……祖江口さんと普通に散歩してみたり」

「ああ、そうですね。観光もまた、サークルの趣旨でしょうし」

 そういうことだ。

「それで二日目もそれで大きな問題も無く、普通に終わったと思います」

 正確に言うと、その日は私が撮った写真について檜木さんに尋ねるというか、確認したいことがあって、それでちょっと盛り上がったのだ。

 ただそれを説明しようとすると、和夫さんのこだわりについて説明しなければならなくなるし、そうするとまた説明が脇にそれしまう気がする。

 そうすると問題の三日目の説明が――いや、あの日の説明はあっという間に終わるのかも知れない。どうしようか……

「では三日目は? 同じように撮影中心ですか?」

 迷っている間に、また青田さんに促されてしまった。これだけ説明が立ち止まってしまっているんだ。青田さんには、私の迷いを見透かされているような気がする。

 それならも開き直って、青田さんに促されるままに説明を続けた方が良いのかも知れない――

「いえ、三日目は……その、サークル内で交際している――言ってしまえば自由行動ですね。完全に遊ぼうというか」

 このスケジュールを改めて口にするのは、何だか気恥ずかしい。でも、これも私たちがお願いしたわけではなくて、いつの間にかそんな事になっていたというか。

 檜木さんは卒業になるので、相原君とそういった時間が無いと、というような気遣いがあった気がする。

「では、月苗さん達も?」

 当然、青田さんとしてはそう尋ねるだろう。けれどそうはならなかった。

 あの日、和夫さんは体調を崩してホテルから出られなかった――そういうことになっていたのだから。

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