白馬(四)

 とは言っても、初日はホテルに着いたあとはまったりと過ごしてしまって、特に問題はなかったと思う。この緩さも、やっぱり「たまゆら」らしくもあるわけで。

 部屋割りで揉めるとか、そういったイベントもなくて、温泉に入って、ご飯を食べて……やっぱりすぐに寝てしまった記憶しか無い。

 祖江口さんは変わらず一緒にいたけれど、それを言うなら伊藤さん達も一緒にいて、多分あれは……女子会みたいな事になったんだと思う。

 未成年もいるからお酒もかなり控えめで、去年とはちょっと雰囲気が違ったかも知れない。檜木さんがその点では少しだけ厳しい部分があったので、仲間内で遊びに来た、という雰囲気というよりはサークル活動の一環という一面は強く出ていた感じだ。

 そうして一晩明けると、基本的には撮影を中心に行動することになる。今年のスケジュールが一応はそうなっていただけで、特に理由は無い。

 これは和夫さんに聞いたんだけど、去年はあまり天候に恵まれなかったので――確かにそうだった――撮影に少しだけ力を入れようという話があったようだ。

「……ということは、神田さんは白馬旅行の計画立案にも携わっていた?」

 青田さんが使う言葉に、容赦がなくなってきた気がする。確かに意味はわかるけど、何だかいちいち大袈裟だ。

「いえ、それは無いです」

 青田さんの言葉遣いに気圧されないように、私ははっきりと断言した。

「それは私も確認しました。和夫さんはただ聞いていただけで、スケジュールに注文付けたりはしなかったみたいです」

「で、月苗さんはそういうスケジュールになった理由は聞いていなかった、と」

「まぁ……そういう事になっちゃいますね。別に不満はなかったですし、ええと流されるまま?」

 私自身、この言い方であっているのかはわからないけど、改めてそういうスケジュールになった理由を確認するなんてことは思いつきもしなかった。

 そうすると青田さんはさらに確認してくる。

「となると、神田さんの方が檜木さん達については月苗さんよりも親しくなっておられるのでは?」

「そ、それは……まぁ……」

 否定出来ない自分が哀しい。そんな私のもどかしい感情がまた見抜かれてしまったのか、青田さんはそれ以上確認してこなかった。

 こうなると話を先に進めるしかないわけで――

「それで『たまゆら』ですから、基本的に緩いです。あとは好き勝手に好きなものを好きな感じで撮っていくことになります」

「それが二日目」

「はい」

「月苗さんは神田さんと?」

「は、はい。そういう感じに自然と」

 「たまゆら」のみんなは、北アルプスの稜線とか、斜面に広がる草原とか、そういうものをモチーフに選んでいたようで、自然と私たちからは離れてゆく。

 いや、この時は私もかなり視線は上を向いていたことが多かったのだ。ちょっと、撮りたいモチーフが変わってしまっていて――これを青田さんに説明しようとするのは、すごく難しくなる気がする。

 でも、ここはちゃんと説明しておかないと……

「ええとですね。確かに和夫さんとモチーフ探したのは同じなんですけど。渡良瀬遊水地の時とは違って、何と言えば良いのかな……“兆し”みたいなものを撮りたくて」

 我ながら見事にまとまりがない。案の定、青田さんは眉を潜めてしまった。

「……具体的にお願いします。どうも俺の知識だと“ちん”とか思い出してしまうので」

「え?」

 いきなり下ネタ? どうしてこの流れで?

 私が軽く引いてしまうと、青田さんがさらに眉根を寄せた。

「例えば……“朕は国家なり”とか聞いたり読んだりしたことは?」

 ああ、あの「朕」か。けれど、どうして思い出すんだろう? 何だか私の説明がマズかったせいで、青田さんまで巻き込まれた感じだ。

 ……かと言って、ここで何故なのか? 何て聞いてしまうとまずます迷走してしまう。強引ににでも、話を元に戻さないと。

「あ、あの『朕』ですね。それはわかりました。それで、とにかくですね。ええと、例えば風が吹きますよね。それで花が揺れたりとか、草がそよいだり。そういう動き出す気配みたいなものを撮りたくなって」

「ああ、それで“兆し”と……」

 一瞬開きかけた青田さんの眉が再び寄せられた。

「……それは一瞬を捉えたいという、神田さんの“こだわり”と同じ“こだわり”になったと言うことですか?」

「そうではなくて、和夫さんの……多分、青田さんが思い浮かべているものも同じだと思うんですけど、それだと遅いんですよ」

 何だか和夫さんへの説明をもう一度繰り返している気分だ。いや、これはこれで正しいルートを辿っているんだろう。そう思うことにした。

「決定的瞬間ってことは、その出来事がもう起こったしまった、ということになるかと思うんです。だからそれはもう過去を捉えてるってことで」

「…………」

 青田さんは無言のまま先を促すように私を見つめている。だけど、その眉は開かれてはいる。賛成してくれているのかどうかはわからないけど、私が言いたいことは理解してくれたような気がする。

「だから、そういう出来事が起こると言う瞬間にクローズアップして、それを撮ってみたい。私が思う撮りたいモチーフというのは、そういう感じで……」

 それでも説明を続けると、やっぱりグダグダになってしまった。

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