白馬(三)

「祖江口さんが? いえ、それは……」

「何だか異常に接触して来るような雰囲気がありましたが」

「ああ、それはですね……青田さんは部外者だからこそですね。それだけ直接的に尋ねることができるのは。つまり祖江口さんは是松君が好きみたいで」

 そこまで私が口にした瞬間、青田さんの動きが止まった。いやそれ以上に――

「――是松という方は、二年生でしたよね。ああ、それで相談を持ちかけられたと。交際している相手がいる同性相手なら、相談も持ちかけやすい? 檜木さんは何かと忙しいとして、もうお一方サークル内に相手のいる伊藤さんには話を持ちかけにくい? 伊藤さんと是松さんは同学年ですから、過去に何かあった?」

「凄い……」

 と、呟いてしまったが、これは「凄い」と言っても良い事柄なのか。ほぼ一瞬でサークル内の人間関係――と言っても良いのかどうか――を青田さんは推察してしまった。実際の所は、是松君と伊藤さんの間には何も無いのだけれど、祖江口さんがそんな風に思い込んでしまっているというのが真相だ。

 それでサークル内で、そういう恋愛関係については浮き上がっている私に、祖江口さんは忌憚なく相談を持ちかけてくるというわけだ。

 私の感触としては、暴走気味の祖江口さんをひたすらなだめている感じなんだけど。

 それで彼女が上杉家との関係があるという可能性は……無いとは言えないかも知れないけれど、私の感触では多分違う。

 上杉家の関係者なら、もっと自然と上から目線になると思うし、実際に私のプライベートに踏み込んでくる感じはしない。

「わかりました。もしかして、祖江口さんの相手をするのは結構疲れる感じですか? それで疲れてしまって……」

「言われてみればそうかも……あと寝たふりとかも……」

「ああ、なるほど。それでは神田さんの様子を窺う事が出来ない」

「そうです。そうなってしまったんです」

 別に、隠そうとして嘘を付いているわけではなく、確かあの時の和夫さんは相原くんと何か話していた記憶しか無い。報告することは何も無いのだ。

 それよりも祖江口さんが上杉家って……どういう発想でそうなったのだろう? 私はそれを青田さんに尋ねてみた。

「そういった可能性もあるかと思いましたので」

 すると青田さんは“朗々と”こう返してきた。

「可能性? 上杉家と例の事件が関係してるって事ですか?」

「いえ。月苗さんにストレスを掛けている要因としては、そちらも考えていかなければ、と思いまして」

 そう言われて、今度は私の動きが止まってしまった。

 つまり今、青田さんに持ちかけている相談について、そういった事が原因で私の……そういった妄想を抱えているだけという「可能性の話」という事か。

 さすがに頭に血が上りそうになるが――確かにそんな可能性も捨てきれない。けれどこれだけは言える。

「青田さん。上杉家は関係無いと思います。と言うか関係無いと断言出来ます。それはその……感触が違うんです」

 言葉にしてしまうと、本当に頼りにならないけれど、私としては十分に確信出来る“何か”が私の中にあった。

「わかりました。感触は大事です。祖江口さんについては、一旦外しておきましょう」

 私の訴えに対して、青田さんはコクリと頷いた。

 つまり祖江口さんについての疑い……というほどの物では無いのだろうけど、それは一旦引っ込めるけれど上杉家が絡んでくる可能性については、引っ込めないと言うことか。

 確かにそれは「相談を聞く」ということになっている青田さんにとっては当然の心構えで、逆に言うと頼り甲斐がある様に思える。

 ……清司郎と同じ感想になってしまったけれど、私としてもただ憐れまれるよりもこの方がずっと良い。

「そうなると次のバスでも?」

「いえ、バスは和夫さんと並んで座りました」

 青田さんも、ただ可能性を口にしただけでこだわりがあるわけでは無いようだ、いっそ事務的に感じるほどに、あっさりと話を先に進める。

「ここまで来ると風景からして違ってますから。どういう風な写真が撮れるのか? なんて話したことは覚えています」

 チングルマとコイワカガミ。小さくても、それだけにジッと見つめたくなる、可愛らしい花がアルプスの斜面に輝いている様子は、大地そのものが息づいているようで、私は夏の白馬は本当に好きだ。

 確かに「たまゆら」の惰性もあるかも知れないけれど、結局のところは私はこの旅行が好きなのだ。多分、それは「たまゆら」のみんなも。

「これは確認するまでも無い事ですけど、神田さんは初めてなんですよね?」

「あ、それはそうです。だから、何だか観光案内みたいなことも私はしてました。和夫さんからも色々聞かれましたし」

 そうだ。

 確かに和夫さんは、本当に楽しそうで……

「――楽しそうでしたか?」

 また青田さんに見透かされしまった。私はそんなに、わかりやすい表情を浮かべているのだろうか? しかしこれは素直に答えるべきなのか……いや、どんな風に言葉を使っても、青田さん相手ではどうにもならない“感触”がある。

「ええ、それはもう」

 だから私は意地になって、そう返答した。

 すると青田さんの表情からまた感情が消える。一体、どんな事を考えているのだろう?

 いや、青田さんが色々と考えを巡らせてくれるのは……ありがたい事のはず。

 私はそう考えて、説明を続ける事にした。

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