確認。もしくは整理(一)

 青田さんの声が人気のない学食に響き渡った。こういう青田さんの状態をきっと昔は“朗々たる”なんて言葉で形容されていたのだろう。

 この学食は、言ってみれば器だけが出来上がっていて、食堂としてはまったく機能していない。何しろ厨房スペースには誰もいないのだから。

 全面に窓ガラスがはめ込まれた壁面と、白にこだわった――と言うよりも彩色にまったく気を配らなかったのか、ガラス面以外の壁、丸テーブル、そして椅子までもがひたすら白。

 配置されている観葉植物の鉢さえも白で、どういう意図があるのかよくわからない。意図に言及するのなら、まずこんな半端な状態で解放されている学食の意図が謎なのだが。

 この学校の学食としては他に三つほど店舗があり、この通称「四食」は一店舗だけ離れて体育館の側に開設されている。その点から考えてゆくと体育会系の部活のために開設されたのでは? という推測も成り立ちそうだけど、とにかく現状では開店休業状態だ。

 運営を請けおうはずだった業者との折り合いが悪くなったのか……

 とにかくコーヒーやソフトドリンクの自販機があるだけの、せいぜいがレストルームぐらいとしてしか使いようが無い。さらにレストルームとして使おうにも、まずこの学食に辿り着くまでに疲れてしまうという立地の悪さがあるのだ。

 これではまず学生達が近づかない、と言うことで私は青田さんとの会合にこの「四食」を指定したわけである。

 その狙いは間違いなかったようで、私たちが腰掛けているテーブル席から一番離れた場所で、どういうわけかマウスピースで音を出せるのかという競い合いをしていた男子学生三人がいなくなってしまうと、本当にこの学食からは、私と青田さん以外は誰もいなくなってしまった。

 とはいえ外から私たちの様子は丸見え状態なので、その点では身の危険を感じることはない。もちろん私たちの座る席からも外がよく見えるわけで、午後の日差しが秋を彩っている様子もよく見えた。


 しかし改めて考えると、この「青田さん」という人物が良くわからなくなる。

 清司郎からは「頼りになる人」とだけ紹介されたわけで、問題になる事件について「旨人考察」も交えて概略をまとめる姿からは、確かに清司郎の評価もわかる気がした。

 「旨人考察」については、もうさんざん出回っているので、暗記とはいかないまでも私も大体のところは覚えている。

 けれど私が気になったのは、二つの事件について青田さんが知りすぎているような気がしたからだ。私も、この騒動についてはずいぶん調べてしまったという自覚はあるのだけれど……青田さんは何かのツテがあるのだろうか?

 それが「頼りになる人」の根拠なのだろうか? さすがに必要だろうと思って、私はカップコーヒーを青田さんに差し出しながら、清司郎とはどういう繋がりがあるのか? と尋ねてみた。

「ああ、すいません。月苗は同じ高校の後輩です。手を貸した……と言うか、俺がやったのはキューピッドの役割なんですが」

「え?」

 思わず声を上げてしまった。コーヒーに口をつけている最中だったら大事故になるところだ。厚手のシャツにベストという事で金銭的にはさほどの被害にはならないだろうけれど、ベストが薄いピンクだから、やっぱりこぼしていたら悲惨なことになる。いや、今考えるべきはそんな事じゃ無くて――

「清司郎の? それじゃあ、神代さんの……」

 そう。確認だ。

 従兄弟の清司郎には確かに彼女がいる。青田さんは、清司郎とその彼女である神代菜子さんとの仲を取り持ったという事なのだろう。

 ……想像しがたいのだけれど。

 けれど青田さんは私の確認に対して、こんな風に肯定してきた。

「その時の顛末で神代先輩には嫌われてしまったようで。嫌がらせを受ける感じでは無いですから、そのままで構いはしないんですが」

 と言うことは、菜子さんが時々“あの”とか“いけ好かない奴”とか言っていた人物というのは、この青田さんだったのか。

 いや、それよりも清司郎の先輩で、菜子さんの後輩って事は……

「同い年? それでその姿は――」

 スーツ姿だから社会人かと思っていたけれど、青田さんはどうやら私と同い年であるらしい。ではなぜスーツ姿なのか? 就職活動……の可能性もあるだろうけど、私の話を聞くに当たって、スーツ姿になるのはよく意味がわからない。七三分けについてもよくわからない。

「初対面ですし、当然の礼儀として。それにこの出で立ちには俺の思惑もあります?」

 思惑? 私は思わずマジマジと青田さんを見つめてしまった。

 そんな私の視線で、青田さんも察したのだろう。体をのけぞらせるようにして、薄く笑みを浮かべた。

「どうやら月苗は、俺を買いかぶりした紹介の仕方をしたようだ。良い人、などというあやふやな説明でもされましたか?」

 頼りになる人――とは、良い人と同じとまでは言わないまでも、同じカテゴリに含まれる言葉だろう。私は戸惑いながら小さく首を縦に振った。

「すると、これは確認しておかねばなりませんね。特に報酬については」

「あ、あの……お金、とか?」

 考えてみれば、いきなり相談ごと聞かせるという無茶をしているのだ。そういったやり取りが合った方が、ある意味では安心出来る。

 してみるとスーツ姿であるのも、そういったビジネスであったのか。

 だが、青田さんはすぐにそれを否定した。

「いえ金銭は必要とはしていません。ただまぁ、月苗が説明を省くのもわからないでもない。俺の欲求は、謂わばコネ」

「コネ?」

 私は自分の声が裏返るのを抑えきれなかった。

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