確認。もしくは整理(二)

「言葉としては“伝手”でも良いんですが、月苗家に俺のこと覚えて貰いたい。いざという時には力を貸して貰いたい。月苗にはそういった形の“貸し”があるわけです」

「…………」

 絶句してしまった。

 何とも明け透けすぎるし、その真意もよくわからない。ただはっきりしていることは、菜子さんの青田さんへの対応に思わず納得してしまそうになったことだ。

 それに私の場合、清司郎とは条件が違う。

 私の姓は現在「月苗」だけれども、小学校二年までは「上杉」姓だった。これは両親の離婚による。これが性格の不一致とかならまだ話は簡単なのだけれど、実は上杉家が両親を離縁させたという事情があるわけだ。時代錯誤だとは我ながら――「我」と言う程、主体的では無いのだけれど――思うけど、実際そんな過去があったらしい。

 過去と言えば、私の両親は駆け落ち同然であったらしい。情熱的な恋愛結婚と言うべきか。ただ、上杉家にとってそれは都合が悪かったらしく、政略結婚のため長男の父が必要になって……とさらに時代錯誤な顛末があったとのことだ。

 それで母は出ていったはずの月苗家に身を寄せることになる。母一人だけなら、そのまま身を隠す事を選択したようだが、私がまだ幼かったので頭を下げて、月苗家に戻ったという話だ。

 そして、よくわからない大学生からコネを要求されるほどには裕福だった月苗家に身を寄せて以降、私は金銭面で不自由さを感じたことはない。「たまゆら」の旅行に関しても、割とあっさり援助して貰えたりしている。

 従兄弟達との仲もまずまず良好。それで済めば良かったのだが、私が高校に入った辺りでまた状況が変わる。

 上杉家に戻った父が抵抗し続けた結果、早くに亡くなってしまったのだ。

 そうなると上杉家の直系は私しかいないという、実に面倒な状況が出来上がってしまう。そして当たり前に上杉家は手の平を返した。

 私に上杉家に「戻って」来いなんて、ぼやけた事を言いだしたのだ。

 それにつれて「美佐緖ちゃん」なんて、見も知らぬ連中から馴れ馴れしく語りかけられることも多くなってしまい、母も「バイトするんじゃない」と主張するほどの危機感を感じているらしい。何処から手を回されるかわかったものではないとのこと。

 私としても警戒は欠かせない状態なわけだが、まさか清司郎が……

「あの……私と『上杉家』については……」

「その点は月苗から聞きました。ただ俺にはあまり関係無いですね。単純に月苗さん個人が“借り”だと思って下されば。月苗家はそもそも十分に“借り”だと感じて下さっているようですし」

 では……結局のところ、青田さんは単に単に私の相談を聞くだけということになるのではないか?

 上杉家の関係者にも見えないし――勘でしか無いけれど、青田さんは上杉家よりもどこかおかしな部分がある――結局はただの親切な人と言うことになるのだろうか?

 それがわかっているから清司郎も青田さんを紹介した? 決して私をの状況を理解していないわけでは無く……

「その上杉家、というか上杉家と月苗さんの関係については、少しばかり思うこともありますが……」

 ところがここに来て、青田さんは私の安堵を揺さぶるような事を言い出した。瞬間、身構えてしまう。

「……今回のご相談に関係はないでしょう。それよりも続きです。事件についてまとめましょうか」

 そう言いながら、青田さんはカップコーヒーに口をつけた。

 本当に、そこで上杉家についてはおしまいにするつもりらしい。それはそれで喜ばしい事かも知れないけれど、何だかますます青田さんが捉えどころがなくなってしまった気もする。

 そもそも私が相談して、その後に青田さんはどうするつもりなのか?

 ただ話を聞くだけ――という方法も確かにあるだろう。それがまったく無意味だとは思わない。まったく関係のない相手だからこそ、愚痴をこぼせるという側面は確かにあるのだろうし。

 ただその場合、菜子さんはあんな反応になるだろうか? という疑問が出てくる。

 話を親身になって聞いてくれるだけでは、ああいった反応にはならない気がするのだ。

 であるなら、青田さんに「相談する」ということは、具体的な行動に繋がることになるのでは――そんな感触がある。

 いや感触だけで済ます必要は無い。この際だから、ちゃんと聞いてはっきりさせるべきなのだろう。

「あの……今さらなんですけど――それは、この状況が丸ごとそうなんですけど、青田さんとしては私の『相談』については、どうなさるおつもりなんですか?」

「整理です」

 私のボンヤリとした問い掛けに、青田さんはあっさりと答えた。

 「整理」という言葉に説得力をもたらすように背筋を伸ばして。

「とにかく情報が不足、というか体系化出来ていませんからね。何しろ事件が事件だ。漠然と情報を並べるだけではどうにもならない。特に月苗さんの役に立つ形に体系化するには整理」

「まず……なんですね?」

「ええ。俺に相談すると言うことは、必然そういうことになります。月苗さんにはだまし討ちのような形になってしまいましたが、現状では何か問題がある――それを自覚なさっているから、俺に会ってみようという気になられた」

「それは……」

 確かにそうなのだが。

「なに整理するだけでもお役には立つはずです。それは実感されているとお見受けしましたが」

 否定出来ない言葉が並ぶ。

 本当に青田さんはどういった人物なのか。何だか新たな心配事を増やしてしまった気分だ。

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