旨人考察(二)

だからこそ、わたしは手当たり次第に食い散らかせば良いという物では無い。


それはわかっている。


あくまで旨さの追求だ。


となれば天然物についての考察から始めてみようと、わたしが思い至ったのは当然と言うべきだろう。


何しろ考察の前には捕獲が必要なのだから。


わたしは堅実なのだ。

だからこそ人間なのだから。


さて天然物といっても、わたしは二つの解釈があると思う。


厳しい環境にあるからこそ、旨味が研ぎ澄まされるパターンがまず思い出される。


例えばヤマメなどの川魚。

ひたすら渓流に逆らい続けなければならない生態系がそこにある。


その方向でで考えてゆくと、激しい潮の流れがある海もまた、天然物が名物になっている事に注目したい。

これもまた厳しさが旨味をもたらすことを証明していた。


厳しい環境にあるからこそ、身は締まり旨味が凝縮される。


納得だ。


では、それを人間に当てはめればどうなるのか?


厳しい環境。食事にも事欠く環境。


そう。ホームレスだ。


睡眠をとるのも難しい環境で、人間はその身に旨さを蓄えるに違いない。

人間も自然の一部という考え方が正しいなら、これを否定するための考え方を、わたしは作り出すことができなかった。


試してみるべきだろう。

食すべきだろう。


その一方で、自然の恵みあふれる環境で地味豊かな旨さをたくわえる可能性もある。


これもまた天然物というべき素材だろう。


養殖の話になってしまうが、例えば牡蠣だ。


山からの旨味が流れ込む川。その河口。


はてしてそういった場所は、プランクトン豊かな生態系をつくりだしているという。

そういった場所で育成される牡蠣はことのほか旨いと聞く。


いや養殖の話を出したのは間違いだったのかも知れない。


だがしかし、天然物の旨さを裏付ける一例にはなったと思う。


かといって牡蠣のように、水中の地味を探すわけにはいかない。


となれば、捕獲するためには山の中に向かうべきなのだろう。

海に流れ込む前の地味。


それに環境の問題もある。


先ほどの牡蠣の例をもう一度出すのもおかし話になるが、牡蠣にとってああいった場所は恵まれた環境と言えるだろう。


実際にこういった場所で獲れる牡蠣が旨かったからこそ、その場所で養殖が始まったのであろうから。


ではせめて、人間関係というストレスがかからない環境を目指すべきなのだろう。

そして、その場所に住む人間が口にする食物。


そういった環境も旨さの追求には大切に違いない。


そう。旨さは大切なのだ。


だからこそ、わたしは人間らしく、旨さを追求する。


試すべきかな。

食すべきかな。

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