始まりを手探りで(一)
「……そういうことなら、十一月になると思います。和夫さんと――神田和夫さんと会ったのは十一月ですから。正確に言うと、言葉を交わしたのが十一月。いえ、もう十二月だったかも」
思い切って私がそう始めると、目の前の男性が――「青田」という名前らしい――十分だと言わんばかりに深く頷いた。
「細かな日付が重要なら、後ほど俺の方で詰めます。月苗さんには当時の感触を思い出して下さった方が助かりますから」
「ああ、そういうことですか」
狙いがよくわからなかったが、そういうことなら納得出来る申し出だ。むしろ、これを機会に整理しておいた方が良い。振り返ってみるのは悪くない考えのはず。
それに距離を感じられる「月苗さん」という青田さんの呼びかけにも、安堵していることに私は気づいた。神経質なことだとは我ながら思うが、馴れ馴れしい人間に接することが多いのだから仕方が無い。
「美佐緖さん」などと呼ばれては、そのまま席を立つところだ。清司郎の紹介ではあったが、騙されているのでは? という危惧があったのも確かなところ。だが恐らく上杉家は関与していないのだろう。
ただの勘でしか無いが、この青田という男性……何か変だ。
ビジネススーツ姿で、やたらに姿勢が良い。何か重力に異議を申し立てているかのような不遜さがある。だが言葉遣いや、仕草に乱暴さが無い。髪なんかキチンと七三分けだ。
これらを一纏めにすると“得体が知れない”あたりが相応しいと思う。
だが、これから私が話そうと思っている……つまり、相談しようと思っている内容も十分“得体が知れない”。
「ええと、それで……」
そんな事を考えていたせいで、話の接ぎ穂を見失いそうになる。話はまだ始まっていないのに。だけどつまりは、和夫さんとの出会いはじめればはじめれば良い。
そうなると去年の十一月か十二月。おおよそ一年ほど前の事になるのか……
「……それで、私は『たまゆら』というサークルに入ってまして。そこに和夫さんが入ってきたんです。それが十一月の末ですね」
日付的には、そのぐらいで固定した方が良いのだろう。
寒かった記憶もあるし、年の瀬の慌ただしさから距離を取るような感覚も覚えている。その点「たまゆら」は、のんびりという点ではうってつけのサークルではあったのだから。
そんな事を胸の内で確認していると、青田さんが質問してきた。
「細かい部分から確認させて下さい。そのサークルはこの大学に所属しているサークルで間違いないですか? 学外のサークルの可能性もありますので……」
「あ、いいえ。それは大丈夫です。この学校のサークルですよ。ごめんなさい。私の説明が不十分でしたね」
「いいえ」
青田さんが、すぐさま私の言葉を否定した。
「月苗さんの説明は十分です。説明しないくても良い部分を自動的にオミットされている。こうして大学で話を伺っているのに学外のサークルの話であるなら、先にそう仰るでしょう?」
「それは……まぁ」
思わず、苦笑を浮かべてしまったのが自分でもわかる。
青田さんが真剣に話を聞いてくれているというのに、失礼だっただろうか。
しかし青田さんは、次の質問に移っていた。
「これも先々、説明下さるつもりであったと思うんですが、そのサークルの活動内容は、どういったものなんでしょう?」
「やっぱり、わからないですよね。『たまゆら』じゃ。でも、それ私にもよくわかってないんですよ。基本的には旅サークル……になるんでしょうね。連れだって旅をするだけのサークルです」
つまり学校では、あてがわれた部室でダベるだけ、みたいなサークルだ。一応、旅の計画を練るという建前はあるけれど、それだけで日がな過ごせるわけでは無い。
そしてこれだけだと、色々と説明が難しいのも確かな事。そこで「たまゆら」を始めた先輩方は少しだけ要素を付け加えた。
「それで出かけた先で写真を撮ったりするんです。こうすれば学祭もやり過ごしやすいですし」
「それだと写真サークルと言うべきなのでは?」
「でも私、本格的なカメラ持ってませんし。メンバーもほとんど持ってないと思いますよ。和夫さんも持ってませんし。基本はスマホですね」
「言い訳として、旅の風景を撮る?」
「言ってしまえばそうですね。旅に行くんだから自然と写真撮りますよね。その撮影に風景写真を意識的に割り込ませれば、形は整いますから」
そこで青田さんの確認は一旦終了したようだ。これだけの話で、どこに引っかかりを覚えているのかはわからないが、黙り込んで目を伏せてしまった。
とにかく説明を続けるべきだろう。それにタイミングも良かった。うってつけの単語が出てきたのだから。
「和夫さんが『たまゆら』に入ってきた時に違和感があったのは覚えてます。例えば学祭があった直後なら入ってみようってことになるかも知れないでしょ? でも、十二月ぐらいの『たまゆら』なんて学校で活動している様には見えるはずがないんです。どこで『たまゆら』のことを知ったんだろう? という疑問はありましたね。これは違和感と言っても良いと思います」
こうやって説明する事は無駄では無かったのだろう。
この頃から、私は上杉家のちょっかいに気を揉んでいたことを思い出したのだから。そして今は、そんな事を気にしていられる余裕は無くなっている。
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