始まりを手探りで(二)

「とにかく何のために和夫さんが『たまゆら』に入ったのかは、その頃はよくわかりませんでした。今だってよくわかってないのかもしれませんけど、特にこの時期は」

 その私の説明に、やっぱりピンと背筋を伸ばしたまま青田さんは少しだけ身じろぎした。彼も何か違和感を感じた――そんな風に見えたが、やがて青田さんは私の視線に気づいたのか、目を伏せたままでこう尋ねてきた。

「神田さんに目的が無い様に見えたと言うことですね。旅にも写真にも興味が無いように見えた」

「いやそれは……」

 思わず声を返してしまった。和夫さんが写真に興味が無い。そんな風に感じた期間はごく僅かで。

「……多分、写真については興味があるんだと思います。本当に多分、なんですけど」

 それを聞いて青田さんは首を傾げた。

 これはわかる。今までの私の説明とは矛盾しているのだから、訝しく思っても仕方ないだろう。学祭の写真展示を見た可能性は低いし、何よりちゃんとしたカメラを持っているわけではない。それは確かな事だ。

 それなのに写真については何か理想があったように思えたのだ。

 最初は、部室で皆が撮っていた写真を眺めていた。それもまた学祭の時には和夫さんが「たまゆら」を知らなかったということの推測を補強している様に思う。その時、皆が見せていた写真は、ほとんどが学祭で展示した物だったからだ。

 それを組み合わせて考えると――

「――学祭後に写真に興味を持った。そこで学校内で伝手を探した」

 私の考えを読んだかのように、青田さんが可能性を言葉にしてくれた。私もそれに頷く。

「今、思い返してみると、そういう説明が当てはまりそうではありますね」

「そう、ですがなだけかも知れないですね。何しろこれだと、カメラを持ってない事が上手く説明出来ない」

「そう……ですね。こうして考えてゆくと、違和感を感じる理由はあるものですね」

「さて」

 青田さんは薄く笑みを浮かべた。

「こういう状態はいささか危険ではあります。何か“怪しい”という前提で物事を見てしまう。いわゆる予断ですね」

「そう言われてしまうと……」

 私の思考が立ち止まってしまう。確かにそうまとめてしまうことも出来るだろう、と。「たまゆら」に、自分たちの場所に新たな侵入者が現れた。それを警戒するのは当たり前の感情とも言えるからだ。

 そんな感情を差し引いて――つまり、まったくの部外者であるなら……和夫さんは特におかしな事はしていないようにも考えることは出来るだろう。いささか性急さが窺えたとしても。

「ですが月苗さんは、この時期の神田さんに違和感を感じられたわけですね。そして、そこから年の瀬ですね。そこから年始。この期間に何か覚えておられることは?」

 この時期の私の違和感については一旦保留で、青田さんは話を先に進めることを選択してくれたようだ。確かに説明すべき期間はまだまだ残っている。まだほんの“さわり”なのだから。

 私は改めて当時の感情を思い出す。年末年始だから――

「……十二月は、ほとんど和夫さんの記憶はありません。ええと、際だった物は、という意味で。部室で会ったりはしてましたし、みんなで写真を回し見たりはしてましたが……ごく普通ですね」

 青田さんは小さく頷いて、私の説明に納得してくれたようだ。それに何となく安堵して、気を抜いた瞬間――

「クリスマスは?」

 突然、青田さんが尋ねてきた。青田さんはそのまま続ける。

「サークルで、クリスマスパーティーのような事は行わなかった?」

「あ、確かに。それもまた大学生の普通かもしれませんね。でも、こういう時期って書き入れ時ですから『たまゆら』のメンバーはバイトを入れる事が多くて」

 むしろ、それを推奨してる雰囲気すらある。

「ああ、旅行費を稼ぐんですね。それでシーズンオフに旅行に行く」

 正解だ。一応はそういった理由付けはされている。もちろん、バイトしなければならないという義務は無い。

 旅費を用意出来ればいいわけで、その時に借りて回るようなメンバーは、私の知る限りはない。

「それは神田さんも了承していた?」

「そうだと思います」

 青田さんのこの質問は予想出来たので、私はすぐに答えることが出来た。

「他のメンバーから、バイトの紹介も受けていたようで『助かる』といったような事を部室で話してました。あれで、和夫さんは『たまゆら』に馴染んだような気がします」

「そうでしたか」

 気付けば――青田さんの目が爛々と輝いていた。

 何かおかしな部分があったのだろうか? しかし青田さんからはそれ以上の質問は発せられなかった。となると、クリスマスシーズンを抜け、自動的に年末年始の話になる。だがそれも……

「年末年始は、本当に何も無かったです。まず『たまゆら』の活動がなくなりますから」

「わかります。高校までと違って、大学だと帰省される方も多いでしょうしね」

「そうです。それに私は……ほら」

 清司郎の紹介であるなら、この辺りの私の事情も知っているはずだ。

 青田さんも“弁えている”と言わんばかりに、軽く肩をすくめた。そしてそのまま確認を続ける。

「年末年始は、特に変わった事も無く、それは一月になっても同じ事ですか?」

「基本的には。ただ、懐が温かくなった者も多いので、ちょっと旅行に行こうという雰囲気もあって。みんなで計画を練るのも、楽しみの一つですから」

 それでも変化の兆しは、この時期に始まっていたのかも知れない。

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