おじいさんの思い出

 ――おじいさんのいえまねれられた、人間にんげんのふりをしているネコ。

 おじいさんは、自分じぶんまねれた人物じんぶつがまさかネコだなんておもいもしません。


 おじいさんはいつものようにかし、おちゃれ、手慣てなれた様子ようすでテーブルにおちゃはこんできます。

 

おそくなってもうわけない。ちょっとわるいものでね……」


「いやいや、ソンナコトは気にしなくていいデスヨ。おお、これは美味びみなおちゃデスネ」

 ネコはいぬで、猫舌ねこじたではないのですが、さすがにあついおちゃにはなれず、んだふりをしていました。


つま存命ぞんめいだったころは、お手伝てつだいさんも一緒いっしょんでいました。わたしが、つまという現実げんじつれられず、お手伝てつだいいさんを解雇かいこしてしまって……それからは一人ひとりらすようになり、わるくなってからは食料品しょくりょうひん雑貨ざっか定期的ていきてき配達はいたつしてもらっているんですよ」


「ソウナンデスネ! つかえなければ、おくさんのおはなしかせてもらえないデスカ?」


「ええ、かまいませんよ。わたしもね、だれかにつまはなしをしたかったところなんです」


 おじいさんはまどそとながめながら、ゆっくりとくちひらいて、つまとのおもかたりだしました。


つまとの出会であいは本当ほんとう偶然ぐうぜんでした。わたしがまだ子供こどもだったころ、このまちでは炭鉱夫たんこうふ募集ぼしゅうしていましてね。いまではすっかりと廃坑はいこうになっておりますが」


「フムフム」

 ネコは人間的にんげんてき相槌あいづちちました。


つまはね、炭鉱主たんこうぬしむすめだったんですよ。それでね、わたし父親ちちおや炭鉱夫たんこうふとして、鉱山こうざんはたらいているかたわら、わたしはこのお屋敷やしきちかくでいつもあそんでいたんです」


「ホウホウ」


「そこでね、おなどしくらいのおんなが、お屋敷やしきまどからこちらをながめていたんですよ。だから、わたしはね、そのにおいで、おいでって手招てまねきをしたんです」


「ナルホド、ナルホド」


「そしたら、彼女かのじょそとてきてくれて……。そこから、かくれて一緒いっしょごす時間じかんえていったんです」


だれかにつかったりデモしたら大変たいへんだったのデハ?」

 ネコもおじいさんにたいしてかくごとをしていたため、そのときのおじいさんの気持きもちがよくかりました。


「そうなんです。それから何年なんねんかしたあるわたしちちつかってしまって……そのときはこっぴどくしかられましたね。『もう二度にどとお屋敷やしきちかづくんじゃない』と」


「ナント……」


「それでね、もう一度いちど彼女かのじょいたいとねが一心いっしんでね、必死ひっしになって勉強べんきょうをしたんです。それで、なんとか炭鉱たんこう事務所じむしょやとってもらえることになって――そのとき本当ほんとううれしかった……」


「ナルホド、そうして、あきらめることをらなかったご老人ろうじんは、まわりにもみとめられて、おくさんとゴケッコンすることができたのデスネ!」


わたしあきらめるなんていう選択肢せんたくしは、絶対ぜったい存在そんざいしなかったとおもいます――だから、つまきていたころは、本当ほんとうに、本当ほんとうしあわせでした。もし、かなうのであれば、今一度いまいちどつまいたい。うことがかなわないのであれば、せめて、せめてつま日記にっきだけでも、今一度いまいちど――」


 おじいさんは、そうかたえ、こえころしてはじめました。


 ネコは、こころいたむのをぐっとこらえて、おじいさんにつたえます。

「もしよろしけれバ、ワタクシがおくさんの日記にっきかせてサシアゲましょうか」


 普段ふだんであれば、おじいさんはネコの失礼しつれい物言ものいいに、不愉快ふゆかいであるとかんじていたかもしれません。

 でも、おじいさんは、この相手あいて悪気わるぎはなく、本当ほんとうちからになりたいとおもっての発言はつげんなのだと理解りかいしていました。


「ええ、ぜひおねがいします! 長年ながねんつま日記にっきをもう一度いちどめることを夢見ゆめみて、ねがつづけてきました。そのねがい、かながくるなんて、まるでゆめのようです……」


 こうして、ネコはおじいさんの信頼しんらいることに成功せいこうしました。

 

つまがよくっていたんです。『貴方あなた日記にっきくことで、たとえ記憶きおくうしなってしまっても、貴方あなた日記にっきからわたし記憶きおくもどすことができる』と。つま晩年ばんねんわたしことわすれてしまうたびに、わたしいた日記にっきかえし、『貴方あなたことわすれないように』と、自分じぶん日記にっきけていきました」


 ――ネコはかんがえました。

 老人ろうじんは、おもなかつま再会さいかいしたいのだ、と。

 

 記憶きおくとは曖昧あいまいなものです。

 歳月さいげつながれとともに、すこしずつうすれていってしまいます。

 それでも、のこされた記録きろくれることで、うすれたおも色鮮いろあざやかなおもとしてもどすことが出来できるのでしょう。

 


 ネコとおじいさんはつま日記にっき保管ほかんされている書斎しょさいへとおもむきます――

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