陰のタンポポ
雄蛾灯
第1話
俺はバスに乗っている。このバスは確か六歳ぐらいの頃、親とよく一緒に乗っていた記憶がある。だが、小学校に上がってから今のいままで乗らなくなった。
本来だったら、この時間帯にはいつもの薄暗いバス停で突っ立って、オンボロの通学バスに乗ってるが、このバスの事じゃない。
今日俺は高校をサボっている。理由は何となく。強いて言うなら、今日は行きたくなかったからだ。この行為が良しとされてないのは分かっているし、親に対しての罪悪感は持っている。それでも、今日に関しては行きたくなかった。
別に人間関係に問題が発生した訳では無い。学校内ではいつも四人グループで固まってワイワイやっていた。しかしクラス替えによって、俺と他三人が離れ離れになってから最近は音信不通であった。そういや最近、他の教室に移動中に、教室内でやけに楽しそうに三人で固まっていたっけな。
そんなくだらない事を考えながら、バスの車窓を眺めていた。車窓から流れる景色を見ていると、今まで溜め込んでいた気持ちがどうでもよく感じてきた。俺はバスから流れる風景が好きだった。特別好きというわけでは無いが、電車などに乗るとゆったりする気持ちも味わえなくなった。
ゆったりと眺めていると、懐かしい看板が流れてきた。内容に関しては、大したことのない耳鼻科の看板で十年前の記憶なのだが、俺はそれを覚えていた。別に幼少期に、そこへ通っていた訳でもなかったが、院長と思わしき人物をデフォルメしたような顔を張り付けた看板のインパクトはとても強かった。よく懐かしい事を示す言葉として思い出補正が使われている。しかし、思い出補正って言葉は昔の思い出を美化し、今を蔑んでいるようで俺は心底嫌いだ。こういった状況は思い出補正とは違って、ノスタルジックでとても懐かしい。
「次はホルルガーデン前、ホルルガーデン前」
そう感傷に浸っていると、車内放送からホルルガーデンという懐かしい言葉が聞こえてきた。反射的に俺は停止ボタンを押してしまった。ホルルガーデンはショッピングモールで、幼少期に親と一緒によく買い物に行き、学校などで必要な用具やペンを買ってもらった。そして買い物が終わったら、ゲームコーナーに連れて行って貰い、百円で遊べるデータカードダスで遊んでいた。勝っても負けてもカードが出てくる感覚は、今現在の俺では味わえられないだろう。しかしながら、小学校に上がって以降このバスに乗らなくなったと同時に、来る機会を失ってしまった。もっとも、この前フリマアプリで、残っていたカードを四千円で売ってしまったけども。もう何年も前に稼働終了して、完全に用途がないだろうし。
「まもなくホルルガーデン前に到着します」
その放送が聞こえると財布から、二百円取り出して席を立った。いつもは何とも思わない行為だが、脳裏にカードダスなら二回もできると幼稚な考えが一瞬よぎったが、すぐさま金を運賃箱に入れて、バスを降りた。
いざ入ろうと思ったら、ドアの近くのアスファルトにタンポポが一輪生えていた。そのタンポポはもう綿毛の状態であり、今にも飛んでいきそうだったが、今の俺には眼中になく、ゲームコーナーに行かなければという使命感に駆られていた。ホルルガーデン内に入ると、左側にフードコート、右側にショッピングエリアがそこにはあった。昔の風景とは全く違っていた。昔フードコートのスペースにはコーヒーショップやパン屋が置かれていた。特にパン屋の店主には、可愛がれて菓子パンをサービスして貰った記憶があった。まぁ当然と言えば当然なのだが、十数年経っていればショッピングモールの中身が変わっていてもおかしくはないだろう。それに振り返ってみると、どちらの店もあまり賑わっているというような感じではなかった。やはり、フードコートにスペースを割いた方が需要があるのだろう。仕方が無い。
そんな感情を横目にエスカレーターに乗った。正直パン屋の有無よりゲームコーナーに興味があった。流石にあの当時のカードダスが無いことは分かっているが、俺はゲームコーナーの現状が一番知りたかった。そんな思惑を知らずに無慈悲にもエスカレーターが、俺一人載せて昇って行った。
謎の緊張感を持ちながら見てみると、二階は全く変わってはいなかった。本屋もCDショップも多少変化はありながらも、基本的にはあの頃と一緒だ。とりあえず安心して目的であったゲームコーナーへいそいそと向かった。
ゲームコーナーに向かうと、時間帯が昼頃なのもあって大学生っぽい男が一人、カップルが一組と少なかった。俺としては静かな方が好都合だった。早速カードダスのエリアへ行くと、案の定やっていたカードダスは無かったが、前にちょくちょく遊んでいたカードダスがあったので、百円を投入して遊んでみた。
百円を入れるとカードが一枚出てきて、見てみるとレアリティは一番上のカードで少し嬉しい気持ちにもなったが、ゲームが始まる画面に進んだ為、すぐに喜びが吹き飛んだ。
ゲーム形式としては、ステージ制でタイミングよくボタンを押し、攻撃・回避を行い、ゲージを減らしていくのが主な形式だ。昔やりこんでいたじゃんけん形式のカードダスとは違ったが、同じ会社が出していたため興味を持って、やったのが始まりだ。俺は何回かやっていたので、ステージをクリアし、難なく最後まで進んだ。あまりストーリーを追っていなかったので内容が分からないが、今弾でストーリーは終わりのようだ。ゲームのラスボスだけあって苦戦したが、ラスボスを倒し、テンプレみたいなセリフを吐いて、完結の画面が流れた。
ゲームを終えると、俺はゲームコーナーを後にした。ここで得られた収穫は皆無だった。溜息をつきながら財布の中身を確認した。百円自体は大量に用意してあり、誰も後ろに並んでいなかったが、続けて遊ぶ気にはならなかった。昔は金が無くなると、母親に泣きながらねだっていた。それに、最高レアリティを当てていたら、やってもいない父親に自慢していただろうなぁ。まだまだ若いはずなのに、こういった気持ちになるのは大人の階段を上っている証拠のはずだ。そんなことを考えながら、エレベーターを下っている己の状況に鼻で笑った。
ここが楽しかったら、高校在学中は入り浸ろうとも考えていたが、それすら出来なさそうだ。
「もうここには来ないかな」
そんな独り言を呟きつつ、ホルルガーデンを後にした。すると、最初に通った時の綿毛のタンポポがあった。この時間までよく持ち堪えていた事に感心すると同時に、みすぼらしい姿に同情した。
俺もこのバスに乗ったら、またあの虚無の高校生活に戻るのだろう。そして、大学に行ったとしても独りぼっちになるのかもしれない。いや、社会に出てもこのままなのかもしれない。はぁ、六歳の頃に戻りたい......。
ピコン
これからの人生に陰りが見えだした時、一つの通知が来た。見てみると、見知った人物からだった。
「陽介久しぶり‼ クラス離れてから全然連絡しなくてごめん‼ 今度また四人でカラオケ行こうぜ」
俺はまさかの着信に驚いた。返信を返そうと思ったら、
「陽介君お久しぶり。三國君や花音ちゃんからまた皆でカラオケ行こうって来たでしょ? 今度みんなで行こう」
「陽介お久~! 聡や律からカラオケの件聞いた? また皆で行こうよ」
怒涛の連絡が来た。
「相変わらずだな。本当に、本当に」
陽介は顔を拭うと、憑き物が取れたようにいつもの明るいテンションに戻り、意気揚々とバス停に向かった。
そんな彼の後ろから追い風が吹いた。一輪のタンポポから綿毛が空へと舞い上がった。
相馬陽介の今は始まったばかりである。
陰のタンポポ 雄蛾灯 @yomogi_monster
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます