第2話 母乳

母乳。読んで字の如し。母の乳。


赤子に栄養を取らせるために妊娠した女性が胸から出す液体。


それを、11歳の、しかも男の子が出す???


理解不能、理解不能、理解不能……!!!


いやマジで何???


そんなことある???


この爺さんボケてなんか間違ったこと言ってるんじゃないの???


つい村長を睨んでしまった、でも勘弁してほしい、正気を疑いたくなる発言なのだ。


「……その……私が言ったことは本当です……どうしてもと仰るのなら搾乳している所をお見せしますが……」


狂気の世界だ、搾乳というワードが飛び出た。もう終わりだよ終わり。なにもかも終わりだ。


思考全てを投げ捨てている。いくらなんでも荒唐無稽すぎて理解が追いつかない。


そんな私に対して村長は追撃する。


「……年の差5歳以内の女性であれば搾乳して良いと言われておりますので、その、召喚師様も出来る……」


「やりません!!!!!!!!!!!!!!」


人生でこんな大きな声出したのは初めてだろう。自分でもびっくりするような絶叫だった。


頭が痛い。意味が分からない。なんなんだその謎の制約は。


「それ、ここにやってきた男から言われたんですか!?」


「あ、いえ、その方は女性です。20歳頃だとは思いますが……」


「じょ、女性!?」


ショックだ、変態といえば男だと思っていたが、どうやら変態女らしい。


いや倒錯しすぎでしょ。何考えたら男の子から搾乳しようって発想になるんだ。


転移者について知ろうとしたらとんでもない情報を浴びせられてしまった。


ショックは抜けきらないが、必死に頭を回す。他に何を知るべきか……


ロクでもない情報しか出ないに決まってるでしょという理性的な意見を無視して、考える。


他に何をしてたのかを知るべきだ。そこを詰めよう。


「……あまり伺いたくは無いのですが、彼女の動向を詳しく知りたいです。全て話して貰ってもよろしいでしょうか?」


「分かりました……では……」


日は山々に遮られ、あたりは暗くなりはじめている。


村長はろうそくに火を灯すと、話を始めてくれた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


四日前


村に人がやってきた。非情に変な表現だが、この人をなんと説明して良いのか分かりませんでした。


見たこともないような服を着ており、恐らく上質な服だろうとは思いました。ですがどうやって作られたのか検討も付かない。


「はて、この村にどのような要件で?」


「食べ物を分けて頂きたくて、とりあえず人の居そうな所へと来た次第です。」


奇妙だ、お金で苦労しているような格好には見えない。不審に思いつつも私は答えました。


「何か働いて頂いて、その報酬としてなら食料をお分け出来ますな。何か農作業でも――――」


「戦う事は出来るので、魔物討伐の報酬で如何でしょうか?」


「失礼しました、戦える方でしたか。でしたらそれでお願いしましょうか―――――おっと。噂をすれば。」


ゴブリンやスライム達がこちらへと向かっていました。


離れて木陰で座っていた冒険者がのそりと立ち上がり、迎撃の準備をし始めていると……


「ああいえ、不要です。私の能力を使えば……」


女性は手を軽く伸ばすと、スライムやゴブリンがどさりと倒れました。


「なっ!?」


「はい。おしまいです。これでよろしいでしょうか?」


ゴブリン達が死んでいるのを確認して、ゾッとしました。


「貴女は一体……?」


「んー……なんなんでしょうね。この能力を貰ってここに飛ばされた……」


少し考えて、女性は言いました。


「そうですね。魔女アスカです。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


アスカさんはその後も村に居て護衛してくれていました。


非常に心強い用心棒が来てくれたと、安心して農作業をしていた時でした。


「おじいちゃーん!!」


「おお、ミナト。」


孫が呼んでる。休憩にしようと言っていました。


「アスカさんも一緒にどうですか。」


「お言葉に甘えて。」


家へと戻り、水を飲む。


家にはミナトの許嫁であるフレンも居ました。


「つかれたー」


「そうだねー」


二人は仲が良い。将来も安泰だろう。曾孫を見るのが老後の楽しみだ。それまでは生きていたいものだ。


アスカさんが口を開きました。


「二人は仲いいねぇ。付き合ってるの?」


「付き合ってる……って何?」


「あー……ごめんね。二人は恋人なの?」


「うん!許嫁なんだ!」


「へぇ……」


その時のアスカさんの表情は、薄っすらと笑みを浮かべていたような気がしました。


当時は幼い子供のじゃれあいを微笑ましく見つめているものだと思っていました。


アスカさんは水を飲みながら、どこかを見つめて思案しているような様子でした。


そして、結論が出たのか。コップをことりと置き、私に話しかけてきました。


「村長、お話があります。魔物を自動で倒してくれる道具に興味ありませんか?」


「それは勿論ありますが……高価なのでしょう?」


荒唐無稽な話だ、そんな魔法があるなんて聞いたこともない。


あるとすれば随分と高度な術になるのだろう。そんな魔法に対して支払える対価なんて持ち合わせていない。


私は殆ど聞き流すような生返事をしました。


「いえ、金銭はあまり必要ありません。次の村へ行ける程度の旅費を頂ければそれで結構です。」


「ふむ……。」


アスカさんの意見に対して私は半信半疑になっていました。


そんな都合の良い話は無いだろうという気持ちと、簡単に魔物を退治した腕前ならあるいはという気持ちの両方がありました。


「私からすれば簡単な魔法です。旅に出て初めての仕事をさせて頂いたという恩もありますし、村長がよろしければ。」


柔らかな姿勢を崩さずにアスカさんは申し出てくれている。


ふむとだけ返して、思案しました。


いくらなんでも都合が良すぎる話だ。


だが彼女のような、私達村人が聞いたこともないような魔法が使える彼女が、悪意を持っているのであれば。


こんな交渉なんてせずに村の住人を恫喝するなり殺害するなりして金銭なり食料なりを奪っていくハズだろう。


「おじいちゃん、僕たちは仕事に戻るねー。」


ミナトとフレンは外に出ていった。


あの子達には生活で苦労して欲しくない。


渡りに船。というにはあまりにも都合が良すぎる話だが、彼女が悪意を持っているようには感じませんでした。


それならばダメ元で交渉に乗っかってみる方が良いだろう。そう思い回答しました。


「わかりました。お願いしてもよろしいですかな?」


「勿論!やらせて頂きます。」


にこやかな笑顔をいっぱいに顔に浮かべ、アスカさんは話を続ける。


「村長、私が言った道具は、私の魔法を道具に込める儀式が必要となります。」


「儀式……?」


「そうです。少々条件はありますので、それだけは了承して頂きます。」


「とりあえず、条件をお聞かせ願えますかな?」


「必要な物はコップ……ああいえ、液体を貯めておける物ならなんでもいいです。バケツでも盃でも。」


「随分と簡単ですな。用意しましょう。」


「それと……先程の子達……ミナトくんとフレンちゃんの協力が必要です。」


「……?わ、分かりました……。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


日は暮れた。私はもう嫌な予感しかしない話をげんなりとした気分で聞いている。


ここまで話して、村長はすいません。喉が乾いたので水を取ってきます。と言い席を立った。


私の分もお願いします……と頼み。しかめっ面で宙に目をやった。


絶対ロクな話にならない。儀式とやらの内容もきっとヤバいのだろう。


話のオチが男の子の母乳なのだ。憲兵を連れていく必要があるだろう事件が起きている。


「……これミナトくんにもフレンちゃんにも話聞かないとなぁ……」


うわー嫌すぎる……子供のデリケートな部分に触れることは確定だ。


どんな聞き方なら傷つけずに聞けるんだよマジ……


……母乳も今晩中に調べよう……。最低の調査だ。やりたくない気持ちしかない。なんなのマジ。


自分より年下へのセクハラをどう回避するか考えるのにうんざりした私は現実逃避して他の事を考える。


「……あとは始末した魔物を調べたいかなぁ。何をやったのか分からないけども、話を聞いている感じだと能力で生き物を秒殺出来てしまうっぽいし……」


死体の解剖。ああ、コレが癒やしの作業に思える……


ゴブリンやスライムの死因を詳しく究明しよう。そこで何か分かるかもしれない。


頭の中で魔物を秒殺する能力と男の子に母乳を出させる能力がどう繋がるんだよという至極真っ当な理性の問い掛けが発生するが押し込める。


うん。これは明日の朝の仕事。とりあえず死因が分かればなんか推測できるだろう。


今夜の苦行を耐えたら解剖が出来るぞ。わあい。つらすぎる。


力が抜けた腕をぷらぷらさせながら、私は虚空を見つめていた。

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召喚師リリカと八英雄たち~チート異世界転移者達と契約して世界を救います~ @kawagoeasahi

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