くもらせるやーつ

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 真っ暗闇の中に恐ろしい声が響き、どこに紐と骨がぶら下がっているかわからない樹海。誰が生きて、誰が死んでいるかもわからない世界。そんなところへ行く人間はきっと、死んでしまいたいか、いなくなったものを見つけたいかの二つだろう。


 コンクリートで固められた崖は白く、遠くの旧道が何度となく崩れたのだと示している。しみ出した地下水が深く染みて、静かに黒くアスファルトを泣かせる。



「あと、ちょっとだ」


 そんな道を、少女がライトを片手に旧旧道を登っていく。



 足取りは重いようで軽く、荷物は決め打ちしているために最低限。

 行くことだけが目的だったから、マニアで人通りのある旧道を嫌って、徹底して見られないようにして少女は路盤を歩いていた。ほとんど土に還ったそれは、まともに歩けるものではない。


 数度足をひねりかける。意思でそれを忘れる。


 空を飛べたらよかったのにと思ったが、それは少女が最初に選ぼうとした手段であり、不思議にそれを思うのも憚られた。

 だから彼女は、自力で歩んでいくことを選ぶのだった。




 しばらくすると道が途切れ始め、彼女はついに崩れ落ちた45度の土砂を見つける。

 確か始め切れはじめぎれで、次が二度崩れにどきられ。超えれば白魚の樹海となって、廃屋に至るとネットにはあったはずだ————。


 軽く乗り越えると、少女は上の自動車に身をすぼめた。

 落ちてきそうな道を、ライトが切り裂いて進んでいったからだった。



「どこまで行っても、人はいるんだ」



 つぶやいてさらに進めば、証拠を見せてやると言わんばかりに、壊れかけたロックシェッドが見え、また一台、今度はダンプが走り抜けた。

 何かがはじけ、顔をかすめて飛んで行った。



 素っ頓狂な声が出て、へたりこむ。



 何をしているんだ、ここに死にに来たんじゃなかったのか。

 石が飛んできただけだ。そんなことであきらめるのか。二度終わらせようとしたこれを、既遂にしたいんじゃないのか。


 あざ笑うかのような月を見ながら、彼女は土砂まみれの柱を横目に、仄暗い草で割れた地を踏む。


「あなたは、いい人間?」


 繰り返し頭に響くそれと、別れるために来たのに。




 時計を見ると、まだ午前2時だった。家を出てからは1時間だから、親は眠っている。今戻ったなら、まだ何も起きていないでいられる。


「今ならまだ、引き返せるんだよ?」

 月が無慈悲に笑う。

「きみに、そんな勇気なんてないだろう?」


 へこんだ天井と手元の紐に相談して、このまま進もうという返事をした。そうだな、あの失敗だって痛みだって、何も考えないで済むんだから。

 少女はトンネルの銘板を、ぴょんとよけて洞穴を出た。




 ちょっとだけの平地の先は、好き放題の人工林があり、雑な間伐の残りが死んだように転がっていた。


「ねえ、行き止まりだよ。どこへ行くんだい?」


 自分に、気にするなと命じる。けれど脚が動きで答える。

 獣道と動物の目がきらめき、ザンザラ残していなくなって、彼女はライトを付けた。


「勇気だってないくせに」

 何度だって月は、彼女に語り掛ける。




 少女はひとまず、前の坂を登ろうと試みた。崩れやすそうなガラクタで出来ていて、歩けなくはないが危険である。でもこれを乗り越えなければ、どうしようもないだろう。

 ひとつ、努力する。


 もちろんすぐに転び、坂に滑り、見えないままに電灯を額に打ち付け落とし、紐だけを握って倒れる。

 彼女は手を握り、地に叩きつける。



「痛いのが嫌なのに、痛くなろうとするのかい?」

 また月が彼女を馬鹿にした。


「知らない。痛くなければいい」


 廃プラスチックがいくらか刺さって、砂利で皮膚を削られて、彼女はもう一人に叩きつけた。引き抜いて押すと生きる感触がする。もう一つ呟く。


「……いるなら、見てるなら、助けてよ」


 悔しくて、腹立たしくて。かつてはいた、助けてくれていた自分を傷つけようと、少女は傷口を噛んで広げた。こういう時だけは全く月は返事を返してくれないのだ、なんとも腹立たしい。



「勝手にいなくなったくせに。私なのならずっといてよ」



 ぽたりと落ちる雫がゴミの山の上で、小さく黒く、命を帯びた。かわりにライトが光を失って、また一つ新たな無為となる。そのまま佇んで何も想えなくなると、ようやっと月光が彼女をまた照らす。


「きみなんて、どこにもいないさ」


 少女は傷を開くように、わざと山を滑って降りた。針が混じっているのか、鋭く毒に傷んだけれど、どうでもいいことだった。

 だから小さな鞄の中から、ライターを取り出してカチリと鳴らす。

 揺れる炎に夜を切り裂かせ、少女は照らして歩いて行く。




 しばらくののちに獣道を見つけ、それに沿って昇って行けば、アモルファス金属のケーブルに、10メートルはある頑丈な広葉樹が並んでいた。

 すでに二、三本は誰かが使ったようで、根元から千切れた朽ちた縄が、何人やった?と同じく並ぶ。


 死ぬことにすら誰かと同じで安心だ、というのはあるのだろうか。だれもやっていないことだから、という反抗があるのだろうか。

 ならあえて、自分は逆らうこととしよう。


 雑な石を見つけて転がし、より森の奥深くへ登ってみれば、思うことは今度こそ。わずかな未練と残した友人、ちらつく事後処理の苦労は、どうしてやろうか。そんな雑なものだけが残りとは、まあ悲しいことだろう。



 ちょうどよいものを見つけて、見える範囲に誰も使っていないとわかったなら、彼女は嬉々として吊る準備を始める。



 何度となくやって来たことだから、行うことに恐怖はなかった。たとえ日常会話をしていたとしても、彼女は死に向かえただろう。

 闇のせいで足場すら見えなかったが、きっとこれは今までの私を示しているんだろうと思えば、少女には何か不思議にうれしく思えた。タルタロスの元へ行くのは間違っているだろうけれど、でも私は自分の終わりを決められるんだ。そうだ、私は選べるんだ、人間らしく。


 自暴自棄と満足の混じった、持ってはいけない感情の波が、彼女に押し寄せて進ませた。


 ぐい、ぐい、ぐい。少女は誰も使っていなかった木に、体重をかけて紐を結び付ける。丁寧に丁寧に、ループを繰り返し、命の終わりを編み上げてゆく。



「いいんだね、責任なんて取れないんだよ?」



 うるさいな、お前がそう言うからしたんだろう。


 紐をかけたところに立てば、この高さが命の軽さかと響く。そしてわざとらしく足を踏み外してみれば、遠ざかる天が眩い。

 こういう時だけは答えない癖に、何が責任なんだよ。


 ぷつりと糸が切れたマリオネットで、彼女は落ちていく。

 もう走馬灯を見ることはないけれど、主観時間だけは延長されていて、だんだんと伸びていく紐を眺めると面白い。


 今度こそ、死ぬんだ。


 体重がかかり始めると、圧迫が呼吸を抑えて締め付ける。どのくらいで意識がなくなるかな。いつまたあの眠りになるのかな。

 彼女がまばたきしてみると、あたりから緑が消えていき、完全な黒へとあせていく。身体が円運動をはじめ首を支点にぶら下がるので、この命の時もここまで。


 確定的に紐が食い込んだ。


 骨格にギシと歪みが伝わり、少しずつ折れる様に動き出す。走馬灯を時計の代わりにして、残りの命を計ってみると、20秒あった。

 ゆっくりしていこう。別に誰も、これからは苦しめるわけでもないのだから。



「嫌だね、そんなこと。死んだら死んでしまうじゃないか」



 ずっといるきみとも、これでさらば。



「まだ夜は長いよ。君が思うより」



 何をいまさら命乞いを。救ってくれもしない癖に。これでようやっと終われるんだ。もう何も考えなくていいんだ。何も責任なんて、取らなくていいんだ————だから、私を楽にしてくれ————!



「救われようとしなかっただけなのに?」



けれど、月は無慈悲な夜の女王である。


 その言葉が発されると、少女の身体を留めていたものがなくなり、ドサリと地面に叩きつけられる。

いや、事実と現実というものがぶつけられたのかもしれない。


ここでは死ねないというだけの、見たくもない現実が。



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