盛大に何も始まらない

栄乃はる

ロボっていいよね

 ————



 2034年のことだ。

 旧ジャイナ、ペキョルより発射された地球最後の核ミサイルが、エメリゴ首都ドミニオンを攻撃。人類は核抑止というものの無意味さをついに思い知ることになった————エメリゴは核報復をしなかった。いや、できなかったのだ。


 世界経済全てを牛耳ると言ってもいい五大企業からすれば、エメリゴという国一つなどどうでもよかった。どころかこの攻撃自体がそのうちの一つ、“ケプラー・ロケットロニクス”の自作自演でもあった————民間での宇宙開発というものは、それそのままミサイル開発に等しい。


 もう大国によってのみ最高の武器を持てる時代など、この世界にはなくなっていたのだ。



 半世紀前の冷戦に倣って“ヴライニクル・ウォー”と呼ばれていた体制間の静かな戦争も、もう完全に無意味に成り果てていた。

 そんな構造というものすらも、ついに無に帰した。



 人類は核という兵器を完全に忘れ去った。ただ強いだけの爆弾としてしか見ることが、できなくなっていた。殺せるだけ、消せるだけ。どこぞのゲーム機に例えられた戦争も、今はモニターの中の別次元としか思えない。



 だから。



「だから戦争は変わらないんだ」


 ガタリと平常通りに上下するタイヤを喰らいながら、男は呟いていた。

 彼の背中には、自分の6倍はあるだろう巨人が同様に座り込んでおり、彼の握っているアサルトライフルを同じく6倍したのを握っている。


「戦争なんて、いつになっても変わりやしない」


 それには白亜の装甲に黒の十字ラインがあり、それは前からはX、後ろからはYに見える様になっていた。フレームは丁寧に覆われており見えず、空力カウルが胸から流麗に伸びてカワセミじみて鋭い。肩はそこから繋がりカナードを生やし、それに覆われて腕を持つ。脚ももちろん翼のようだ————戦闘機に限りなく近いそれは、まるで鳥の人。



 けれどそれは今もまだ、地に腰をつけて車に乗せられているのである。本来はただ人が人のまま空に挑むための夢だったのに、それは今やただの兵器だ。


「こんなのを作ってまで、どうして人類は————」


 また一つ、大きな段を乗り越えたのだろう。彼らの足元が強く揺れた。同時に遠くで一つ爆発音が響いて、どこかのバカがミスしたのだとわかった。それは旧世紀に落とされ過ぎたクラスターの名残だった————形も残らんだろうその死をほんの少し、彼は悼む。


「どうして、人類はまた戦うんだ」


 そしてトレーラーが止まるのを見てから昇降ロープをつかみ胸へ登り、ハッチから組み上がった愛機のコクピットへ入った。

 モニター、操縦桿、いくらかの計器とシステムコンソール。それらが黒から緑に命を宿していき、ストラップで吊られた小さなドリームキャッチャーを照らして白になる。ホワイトノイズ、起動音。


 外の世界が目に入ると、ハッチが後ろに沈んで包んだ。


「……ガラテアのご加護あれ」


 男は呟く。通信回線を開く。



「エクスタ・ワン、起動した。ハンガー、準備どうか?」

「ハンガーよりエクスタ・ワン。ブースターユニット問題ない。作戦通り、空中換装から入る————そちらはどうか?」


 電子音声。合成を使っているのは、捕虜になる可能性のある彼以外の身分を割らないためだ。鉄砲玉になって死ぬ可能性の高い、彼以外を漏らさないためだ。


「エクスタ・ワン、いつでも行ける。作戦開始に支障はない————最終確認を頼む」


「了解した」


 男がパチパチとスイッチを入れていく。スラスターへの燃料供給が始まり、ターボポンプが低く唸り始める。電力供給系統も滞りなく働いており、両腕両足の圧も十分。装甲冷却が始まり黒の色がほんの少し赤らみ始めて、ぐぐぐと身をかがませて、背中と脚から炎が揺れる。


 電子音声の側でも、ノイズの中に起動音が聞こえてくる。


「作戦目標はケプラー・ウィーヴス防衛部隊の排除。我らの抵抗運動の捲土重来を見せつけることだ————そのために大枚をはたいてアドバンスドをゼロから開発したのだからな、この成否一つに我らの未来全てがかかっていると言っても過言ではない。それに防衛部隊は作業用と小国向けのが16程度と分かっている。火力こそマトモだが、そいつのホワイトベイルを抜けはしない。失敗など許されない成功前提のミッション、というところか。わかっているな?」


「ああ、問題はない」


 ずっと前から叩きこまれていた通りだ。間違いない。彼は息を吐く。


「ならばよい。ミッションを開始する」


 そして機体を立ち上がらせてトレーラーから下ろし、地雷がないのを確認してからスラスターを吹かす。鳥の人が空に浮かび上がる。


 流星のように青い残光が、まっすぐに重力などないように吹き抜けて飛び去る。

 そこにもう一筋、白の熱が飛んで追いつき、それに結びついて蒼白に混ざり合う。さらに速度を増して、バンと音の壁を突き破る。それらは人の形のままに、旧来の戦闘機並みの能力を持って空を駆けるのだ。


「燃焼時間は120。加速度は人間の限度いっぱいだ。ブレーキには40。その間にあらかたを撃破しておくと後が楽だが…………!」


 通信が丸みに飲み込まれ、徐々に本物のノイズにまみれる。遠くに見えていた山が明確に大きくなり、数千メートルの高さを露わにする。 


 ターゲットはこのふもと。山からの綺麗な水を大量に使い、精錬から内部回路製作までをもしている重要な開発拠点。


 拡大鏡のノイズがドット単位に小さくなって、無防備にある建造物が明確になる。ブースターの第一次燃焼が終了、ブレーキ燃焼が開始。反対方向へのG、着地に向けて機体側の調整が終わる。二足のダンパーに力がかかる。


 一対の線が地上に引かれる。まるで時間を超える車のように、炎があたりの枯れ草を焼き払っていく。砂だらけの地が、ガラス化した黒になる。


 鳥の人が、鎧めいた装備を脱ぐ。

 男が叫ぶ。



「さあ、ここから戦場の始まりだ!」



 ————

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