第6話 世界最強の神の軍団
パワーノートの朝は早い。まだ日が昇り切っていない頃に床から出て、訓練所で力と技を磨き合う。朝食は目いっぱい自己の肉体をいじめ抜いた後だ。
稽古場の床に三人のパワーノートが転がっていた。チャガマは、汗だくで地面に這いつくばり、大きく肩で呼吸をする三人を見下ろしていた。
一段高い床の上で胡坐を組んだ兵長が言葉を失くしていた。やっとの思いでひねり出したのが、唸り声をたったひとつ。昨晩、カメサワが言っていたように、この拾い物のサーヴァントはとんでもなくスモウが強い。
「パパ……」
兵長の傍らで横座りして見ていたミドリも目の前の光景に空いた口が塞がらない。ミドリの声でようやく兵長が、まるで忘れていた言葉を思い出したかのようにしゃべり出した。
「こいつ、もしかするとマクウチくらいの強さがあるのではないか。カメサワよ。とんでもないものを拾ってきたな。これは、お前らみたいなヘナチョコを鍛えるには、うってつけかも知れぬ」
チャガマは溜息をついた。
「もういいですか、マスター。スモウは確かに体を動かす遊びとして、悪くはないんですけど、いかんせん張り合いがなくてつまらないです」
イシハラとホンジョが顔を上げた。ふたりはランキング・カテゴリーで言えば上から四つ目のサンダンメに属するパワーノートだ。その勝負を諦めた表情は、負け犬と呼ぶに相応しく、彼らが下位ディビジョンで燻ぶる理由を雄弁に物語っている。
ディビジョンがひとつ上のカメサワだけが、悔しそうに歯を食いしばっていた。
「まぁ、そう言わずにもうちょっと付き合ってやってくれ。まだまだやる気はあるらしい」
カメサワを見やって兵長が言うと、イシハラとホンジョが辟易したように項垂れた。チャガマは装甲に覆われた肩を竦めた。
「マスター、ひとつ質問をよろしいですか?」
兵長は視線だけをチャガマに向け、うなずきもせず、あごを小さくしゃくって先を促した。
「世界最強の神の軍団って聞いてましたけど、なぜパワーノートは半裸で素手なんです? カメサワ=サンたちの体たらくを見ていると、戦いに行くなら分厚い甲冑を着て、何らかの武器、たとえばショットガンなり、爆弾なりを使った方が全然いいと思うんですけど」
兵長の目が細まった。一瞬、殺気のようなものが両肩から立ち昇ったような気がして、さすがのチャガマも、何か不味いことを言ったかと、うろたえた。
兵長は、いきなり片膝をついて立ち上がると、床の間の壁に飾ってあったレバーアクションライフルを手に取った。
「カメサワァァッ!」
怒号を響かせたと思うと、ライフルを構え、カメサワに向けて引き金を引いた。獣の咆哮のような銃声が響いたと同時に、驚いた表情を浮かべたカメサワの胸に、ライフルの弾がめり込んだ。
「うわああああっ!」
チャガマが驚いて悲鳴を上げた。
「カメサワ=サン、大丈夫です!?」
思わず駆け寄るチャガマだが、カメサワは心臓の位置を撃たれたというのに、死ぬどころか、のけ反ることすらせず、平然と立ったままだった。見れば、ライフルの弾丸はカメサワの分厚い胸の肉に阻まれて止まっていた。そこは赤くなっていたが、穴も開いていなければ、血も出ていない。まるで虫に刺されたかのようにしか見えなかった。
兵長が口を開く。
「よいか、チャガマ。パワーノートの鎧とは、そして武器とは、それすなわち鍛え上げられた己の肉体なのだ。ゆえに簡素な腰鎧ひとつあれば防具としては十分、また武器を手にする必要もない。己の体ひとつを武器とすれば、如何なるときでも満足に戦えるというのがパワーノートの理念だ。今見たようにパワーノートは常人を超える。パワーノートの繰るスモウは世界最強の戦闘術だ。それの前ではあのカラテすらも
兵長はチャガマに語りながら、丁寧にライフルに次の弾を装填した。
心臓の位置をライフルで撃ったらひとたまりもない。だが、カメサワは血の一滴も流さずにライフルの弾を受けて見せた。兵長の言うことは決して誇張ではないのだろう。
「ですけど、カメサワ=サンたちはボクに負けましたよ」
兵長は黙れと言わんばかりに、銃口を静かにチャガマに向けた。
「いやいや、こんなパワハラあります!?」
早朝訓練が終わると、お待ちかねの朝食だ。朝食はパンと紅茶などという上品なものではなく、夕食と同じような大皿料理と鍋料理が、同じような量、テーブルに並ぶ。それが早朝訓練を終えて空腹になっている巨人たちの胃袋に、面白いように吸い込まれていく。
「スモウは大して強くないのに、食べる量は一人前ですね」
チャガマは皆の食いっぷりを眺めて素直な感想を述べた。兵長が笑う。
「訓練で一番の働きをしたというのに、食べる必要がないからといって、せっかくの朝食をただ見てるだけというのも可哀そうなものだな」
兵長はチャガマのことを語るとき、表情を緩ませた。兵長は明らかにチャガマのことを気に入っていた。
「お前が人間だったらな。マクウチを狙えたかも知れぬというのに。惜しいことだ」
「サーヴァントはパワーノートになれないんですか? パワーノートも戦士なんですよね? 戦争に行くサーヴァントもいるって聞きましたけど」
「お前、パワーノートになりたいのか?」
「いえ、全然思っていません。ただ、気になっただけです」
「パワーノートは神の軍団なんだよ。疑似生命体がなれるわけがないじゃない。生命を生み出すのは神だけに許された御業だから、人間が神の真似事をして生み出した疑似生命体は神に対する不敬になるって言われてんのよ」
パワーノートたちの食事の面倒を見ながらミドリがチャガマに目をやる。ミドリの目の前にも食事が置かれているが、パワーノートたちのそれと比べれば、まるでおままごとだった。
「へぇ、そうなんですね」
平坦な相槌。チャガマはすでにこの話題に興味を失っていた。
「そうだ、ホンジョ。お前、機械いじりが好きだったな。お前は今日からチャガマの手入れ係だ。食事が終わったら、早速チャガマを綺麗に拭いてやれい」
だしぬけに兵長がホンジョを箸で指した。
「兵長、それ、機械いじりじゃなくて、ただの掃除じゃないッスか」
「やかましい! 悔しかったら一度くらいチャガマに勝ってみせよ!」
「カメサワさんでも勝てないのに、勝てるわけないッスよ……」
ホンジョはいじけるように言って、湯気の立つ白米をかき込んだ。隣に座るカメサワが肘でホンジョをつつく。
「だったら、ホンジョさぁ、チャガマに腰鎧をつけてあげたらどうだ? これなら機械いじりだろ」
ホンジョがパッと顔を上げる。
「あ! それいいッスねぇ! 自分、チャガマとやってるとき、何かやり辛いなぁやり辛いなぁって思ってたんッスよ。そっかぁ、腰鎧がないから掴めないんッスね」
ホンジョは口に含んだ租借中の食べ物が零れないよう、片手で口元を抑えながらしゃべった。
「ちょっと! 勝手に変なもんつけようとしないで下さいよ!」
チャガマが喚く。
「兵長。朝チャンコが終わったら、早速、取り掛かってみるッスわ」
「違法改造される!」
「大丈夫、大丈夫。腰鎧を取り付けるだけだから」
朝食が終わり次第、チャガマはホンジョとカメサワのふたりに、町外れの工場へ連れて行かれた。
ふたりのパワーノートは、そこで適当な廃材を譲り受ける許可を貰うと、談笑を交えながら小一時間ほど廃材の山を漁り、半円状に弧を描いた金属製パイプを四本と、どこかのお店のものだったのだろう、縦書きで『
「これをどうするんですか?」
「パイプの方はふたつセットで二段の輪にする。それを腰回りにつける。それでこの銘板を前垂れにするんだ」
「股間に稲荷屋と書かれた板をぶら下げるんですか?」
「そういうことになるかな」
「板の向こうに、おいなりさんはないんだけどな」
カメサワの冗談にホンジョは笑い転げた。チャガマは面白さがわからなかった。
廃材からできた腰鎧を取り付けたチャガマが訓練所に戻ると、ミドリが門前で出迎えた。カメサワとホンジョに続いて屋内に入ろうとするチャガマをミドリが呼び止める。
「ちょっと、チャガマ君。買い物に付き合って」
「え? 嫌ですよ。面倒臭いし」
「拒否権なし! 君はうちの訓練所で働くことになったんだから!」
「勝手に住まわされているだけじゃないですか! 働くなんて聞いてないですよ!」
「いいから付いて来んの!」
ミドリはチャガマの言い分を無視して歩き出した。チャガマはサーヴァントらしく従順にその後について歩いた。
ミドリの買い物とは訓練所で消費される食料品の買い込みだった。これまでは訓練所のパワーノートたちが毎日交代で荷物持ちを担当していたが、チャガマがやってきたことで、そのシステムが大幅に変更された。買い物担当は毎日チャガマだった。
巨人たちの食事で消費される食べ物の量は尋常ではない。そのため、購入する量もミドリのような女性ひとりで運べる量ではないのである。
チャガマは肉や野菜、魚を山盛りに詰め込んだ袋を両肩からぶら下げ、さらに樽を担いで歩かされていた。
ミドリはその横で両手にたい焼きを持って歩いていた。右手に持った頭をかじられ、あんこが露出している方がミドリの食べているたい焼きであり、左手の無事な方がその後にミドリが食べる予定のたい焼きだ。そちらのたい焼きにはカスタードクリームが詰まっている。
「これから毎日これをボクがやるんですか?」
「そうよ。だって君はサーヴァントじゃん。人間に従事するために作り出されたんでしょ?」
「あのですねぇ、ミドリ=サン。ボクは買い物や雑用をやるために生まれたわけじゃないんですよ。どこの屋敷にも従事することなく棄てられたボクは、ゴミ山の中で奇跡的に生まれ出たんです。ボクの使命は人と遊ぶことなんです。人と遊ぶためにボクの偽魂は消滅することなく、この具体に宿ったんです。こんなことはボクが生まれた理由じゃありませんし、ボクも全く望んでませんから」
「めっちゃ熱く語ってるけど、ただ遊びたいって言ってるだけじゃん。よく言えるよね」
呆れたようなミドリの目がチャガマを見上げた。
「ええ。こんなこといくらでも言ってやりますよ。ボクは毎日遊び倒したいし、遊ぶことしか考えたくない、一生遊んで暮らしたいのです」
ミドリは唖然とした。
「言ってることがマジでゴミなんだけど……」
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