第5話 こいつの強さを見てやって下さい

 訓練所の大広間に、住まう者たちが一同に介していた。とはいえ、チャガマを除いてそこには五人しかいなかった。ヘルファイア訓練所は規模が小さかった。

 長いローテーブルを皆が囲む。真ん中に座るのが訓練所の主であるヘルファイア兵長だ。その隣には娘のミドリが、兵長の対面にはカメサワが座り、カメサワの両隣にもパワーノートが座っている。右に座るのがチャンコ番を担当するイシハラ、左に座るのが機械いじりを趣味にするホンジョだ。

 ローテーブルには、所狭しと大皿料理が並べられていて、その中心には一際目を引く大きな鍋が鎮座している。鍋の中では、色彩豊かな野菜と肉が、フツフツと音を立てるスープに浸かっており、空腹を刺激する香りが、湯気と共に立ち昇っていた。

 ミドリが荷車のようなひつから、ショベルのようなしゃもじで、バケツのような器に炊いた米をよそうと、パワーノートたちが当たり前のようにそれを受け取った。

 常軌を逸した食事の量だった。テーブルを囲む男たちはこれを平らげるのである。チャガマの疑問が解消された。信じられないことに、彼らパワーノートは、尋常ではない量の食事を繰り返すことで、後天的に巨人となっているのだった。


「して、話というのは?」


 兵長が対面のカメサワに声を投げた。兵長はカメサワたちと同じように規格外の巨躯で、白の割合が勝る頭髪をした壮年の男だった。

 兵長は年の所為で瞼が垂れ、穏やかそうな目元こそしているものの、その奥の輝きには油断がなく、全身にはうっすらとベールのように覇気をまとっていた。

 その穏やかな目は、ローテーブルについた頃からたまにチラチラと、少し離れたところに正座しているチャガマの方に向けられていた。話は何だと言っておきながら、何の話かはおおよそ見当がついているのだろう。


「ええ。マスターももう気付いてらっしゃると思うのですが、散歩中に出会った野良サーヴァントのことなんです」


 カメサワは姿勢を正し、兵長に答えた。ミドリは不安げにカメサワと兵長とを交互に見ている。両隣りの同僚たちは、我関せずと言わんばかりにチャンコをかきこみ始めた。

 兵長のチャガマを見る目がチラ見からガン見に変わる。


「わしもサーヴァントには明るくないゆえ、よくわからぬが。サーヴァントというのは、野良だからと言って、拾ってきていいものなのか?」

「さぁ、ちょっとわからないんですけど、まぁ、放っておいたら役所に処分されるだけの存在ですからね。たぶん、引き取るくらいは問題ないと思います。サーヴァントは基本的には物扱いですし」

「ふむ……」


 兵長はあごを擦った。


「ちょっと、パパ。なに納得したような顔してんの。どうすんのよ、あんなデカブツ」


 ミドリが隣で兵長の脇腹を肘で突く。つつくと言うよりこれは肘打ちだ。

 幼くして母を亡くし、男手ひとつで育てられたミドリは、器量こそ悪くないものの、父親からの影響をもろに受けた攻撃的な性格の娘だった。肘打ちの力も容赦がない。ただ、巨漢の兵長はびくともしなかった。


「まぁ、幸い、うちは兵士が少なくて場所だけは空いている。別に置くくらいどうってことはなかろう。だが、デカいだけのガラクタはうちにはいらぬぞ。いくら食費も燃料費も必要ないとは言ってもな。サーヴァントというのだから、もちろん何かできるのだろうな?」


 その言葉の後半はチャガマに向けられたものだった。カメサワも答えをチャガマ自身に委ねようと、後ろを振り返った。


「ボクは、自分が生み出された経緯を覚えていないんですけど、たぶん、玩具代わりに生み出されたサーヴァントなんですね。なので、とにかく遊ぶことしか考えてません」

「何もできぬと?」


 チャガマは臆面もなく堂々とうなずいた。


「これでも生まれたてで、何もやったことがないんです。自分のポテンシャルがわかりません。ただ、スモウはカメサワ=サンより強いですよ」


 兵長の目がカメサワに戻った。垂れ目の奥が一際剣呑に輝く。カメサワが正座のままずりずりと後ろに下がり、額を床に打ち付けた。


「申し訳ありません! このようなサーヴァントに不覚をとるとは思いませんでした!」

「このようなとは失礼な! カメサワ=サンの訓練不足が原因でしょうよ」


 そこでカメサワは顔を上げる。


「ですが、同時にこのサーヴァントの強さは本物です! ですから、僕はこのサーヴァントに皆の稽古の助けをしてもらおうと思いまして」

「ちょっと! カメサワ=サン! だから、ボクにもそんな気はないと言ってるじゃないですか! ボクはただ四六時中、日がな一日遊びまくりたいだけなんですよ!」


 チャガマの必死の訴えも、カメサワと兵長はふたり揃って聞く耳を持たなかった。お互いの話に夢中でチャガマなどそっちのけなのだ。


「カメサワよ。お前はこんな作り物にパワーノートの特訓が務まると思っているのか?」


 兵長は声を荒げはしなかったものの、低い声色には抑えきれない熱い感情が滲んでいた。カメサワは再び低頭した。


「明日! 明日の朝、こいつの強さを見てやって下さい! せめて判断はその後でお願いします!」

「ボクの意思は完全に無視なんですね!」


 カメサワの熱意は本物だった。チャンコにしか興味を示していなかった両脇のふたりも、チャンコを貪る手を止めて、兵長とカメサワのやり取りを見守っていた。


「ふん。もういい。チャンコが冷める。さっさと食べろ」


 なし崩し的に、ひとまずチャガマはヘルファイア訓練所預かりの身となった。明日の朝に行われる稽古如何によっては、チャガマは再び流浪のサーヴァントとなってしまうだろう。が、そもそも、チャガマがこの訓練所に居続ける義務はない。気に入らなければ今すぐにでも、飛び出してよいのだ。

 しかし、チャガマは訓練所に留まった。人間に従事するために生み出されたという本質的なものが、チャガマにそうさせていた。

 自分は遊ぶために生み出されたのに、稽古など面倒だ。そう思いながらも、人間たちの意見に流されて未来が決まっていくことに、不思議と不快感はなかった。

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