第4話 ヘルファイア訓練所
チャガマが辿り着いたのは、役所ではなく、リョーゴクという名の町だった。北を見れば、あの威容を誇る天空樹が、ゴミ山からよりも遥かに大きく見える。天空樹に近い町らしい。
目抜き通りを歩くチャガマに付き添って歩くのは、公園で出会ったあの巨漢だ。
通りを見渡せば、普通の人たちに混じって、チャガマと同じくらいの巨漢がちらほらと目についた。ここではチャガマに負けず劣らずの巨漢など珍しくないらしい。規格外に大きなふたりが横に並んで歩いていても、道ゆく人々は振り返りもしなかった。
「本当に普通に歩いていますね。カメサワ=サンと同じくらい大きな人が」
チャガマは自分のことを棚に上げて、通りを歩く巨漢を物珍しそうに目で追った。
公園でスモウ対決をした巨漢は、カメサワと名乗った。パワーノートと呼ばれる、神に仕える軍団に籍を置く戦士なのだという。
そのカメサワに、役所に処分されに行くくらいなら、ちょっとうちに寄ってみないかと誘われ、チャガマはリョーゴクの町へやって来たのだった。
「だから言ったろ。ここリョーゴクはパワーノートの町だって。ほら、見えてきたぞ」
カメサワは前方を指差した。その先には広大な敷地に鎮座する、角ばったフォルムが雄々しい巨大建造物が見えた。
「これがコロッセオですか?」
「そう。僕たちパワーノートは二か月に一度、ここで二週間に渡るランキング戦を行っているんだ。最高位ディビジョンであるマクウチを目指してね」
ふたりは、行き交う蒸気自動車に気をつけながら、幅広の道を横断し、コロッセオの前まで行った。そこで十分にそれを眺めたあと、再び通りを歩き始めた。チャガマが歩きながらコロッセオを振り返る。
「でも、そのランキング戦というのは二ヵ月の間に二週間しかないわけですよね? 他の日は一体、何をやってらっしゃるんですか?」
「訓練と巡業だよ」
「ジュンギョウ?」
「そう。巡業っていうのは、まだまだ治安維持が遅れているような地方に遠出して、危険地帯に現れるモンスターたちを討伐しに行くことだ。それが一番戦士らしい仕事だね。その巡業とランキング戦と訓練が、僕たちの仕事なんだよ」
カメサワは誇るように、巨大で逞しい胸を張った。
「人の役に立っているんですね」
「僕たちパワーノートは神の軍団だ。この体は神のためにあり、神の作り給うた国のために戦うことが僕らの使命なんだ。だから、毎日稽古をして、ランキング戦を戦って、巡業でモンスターを討伐して。そうやって皆で切磋琢磨しているんだよ。パワーノーツはかつて、世界最強の兵団と言われていたんだから」
「でも、カメサワ=サンはボクに負けましたよね? それで世界最強が務まるのですか?」
カメサワは苦笑した。本来なら怒ってもいいような言葉だが、カメサワはそこを笑って許してしまうような人柄の人物だった。出会ってまだ小一時間ほどしか経っていないにも関わらず、チャガマはそんなカメサワのことを気に入っていた。
「痛い所を突いてくるねぇ。いや、君は実際強かったよ。僕がランキング・カテゴリーでディビジョン・スリーに相当するマクシタでしかないことを指し引いてもだよ。遊ぶことが目的で作られたというのが信じられないくらいだ。たぶん、その具体がそれだけ強力なんだね」
カメサワはチャガマの肩を叩いた。カメサワが言うには、チャガマの偽魂が具体に選んだ全身鎧は、拡張具足という人間が中に入り込んで動かす戦闘用の人体拡張装置だということだった。
使いこなせば比類なき強さを発揮するが、扱いが難しく、まともに動けるようになるには相当な訓練を要する代物だという。チャガマはそれを操作するのではなく、自分の体として自在に使えるので、強いのは当然だというのがカメサワの分析だった。
「ところで、カメサワ=サンのおうちってまだ先なんですか?」
人当たりのいいカメサワとは話題が尽きることがなく、チャガマは話に夢中になっているうちに、かなりの距離を歩いていた。そろそろ目的地についてもおかしくはない。
「ああ。もうすぐそこだよ」
ふたりはすでに目抜き通りから逸れ、人通りの減った道をしばらく進んでいた。
「そら、あそこだ」
カメサワがあごをしゃくって示したものは、周りの家屋と比べて、見るからに大きな敷地を持った大屋敷だった。
これにはチャガマも驚いた。
「ええ! カメサワ=サンってお金持ちのアホボンだったんですか?」
「アホは余計だろ! そもそもボンボンでもないし。面倒だからうちって言わせてもらったんだけど、ここは僕の生家じゃなくて、パワーノートの訓練所なんだよ」
「訓練所?」
「そう。パワーノートは皆、どこかの訓練所に住み込みで毎日訓練をしているんだ」
カメサワはそう言って、巨大な門をくぐった。門には大きな一枚板の木版に雄々しい文字でヘルファイア訓練所と書いてあった。
門から先は砂利敷きの庭になっていて、苔むした岩や株立ちの低木で飾られている。庭を貫くように飛び石を敷いたアプローチが伸びており、その先に屋敷の玄関があった。玄関の引き戸は、道すがら見て来た家々に比べて間口も広く高さもある。門も玄関引き戸も大きな体をしたパワーノート仕様なのだ。
しかし、パワーノートは同じ人間のはずなのになぜこんなに巨大なのだろうか。チャガマは当たり前に接していたカメサワの巨大さに初めて疑問を持った。
カメサワが玄関引き戸を引いて中に入った。
「ごっつぁんです。今、帰りました」
カメサワに続いてチャガマも玄関から中に入る。中も広い。パワーノート仕様の屋敷はチャガマでも窮屈しなさそうだ。
玄関でキョロキョロしていると、廊下の向こうから、若い娘がひょっこり顔を出した。
「ああ。お帰り」
チャガマはその姿に不思議そうに首を傾げた。
「あれ? あの方は普通の人間ですよね」
「ああ。そうだけど」
カメサワが
「住んでいるのってパワーノートだけじゃないんですね」
廊下の向こうからもう一度、今度はものすごい勢いで娘が顔を出した。驚愕の表情だった。
「っていうか、はぁ!? カメサワ君、何連れて来てんの!? ビックリした! ナチュラルにスルーするところだったじゃん!」
娘はエプロン姿で、奥の方からチャガマを指差している。
「あれは、マスターの娘さん」
「マスターって?」
「ああ。マスターは上官というか、師匠というか、この訓練所の責任者で、僕たちパワーノートを指導してくれるヘルファイア兵長のことだよ」
娘がエプロンをバサバサ言わせながら、廊下をやってきた。えんじ色のリボンで結わえた長い髪が左右に揺れている。兵長の娘というだけあって、チャガマを見据える目は勝気そうな印象だった。
「ちょっと、このデカブツ何?」
娘の噛みつくような勢いに、背丈が二倍はあろうかというカメサワが思わず気圧された。
「いやいや、ミドリさん。まずは話を聞いて下さい。こいつ、騙されて役所に処分されそうになった野良サーヴァントなんですよ」
「ぜんっぜん、説明になってない。私はなんでその野良サーヴァントが、うちの敷居を跨いでんのかって聞いてんの!」
「実はそれ、ボクもよくわかっていないんですよね」
チャガマが口を挟んだ。
「あんたは黙ってて!」
ミドリと呼ばれた娘がチャガマに目を向ける。その眼差しはまるで刺突剣のような鋭さだった。
「この人、怖い方ですね……」
チャガマはカメサワの耳元で囁いた。
「いやね、ミドリさん。こいつめちゃ強いんですよ。で、うちは弱小の訓練所だから、毎日の稽古をこいつに手伝ってもらおうかと思いまして」
「はぁ!?」
その声は、思いがけずチャガマとミドリのユニゾンで響いた。
「とにかく、チャンコのときにマスターにも話を通しますんで。今はとりあえず、押さえてもらえませんか?」
カメサワは両手を合わせて頭を垂れた。ミドリは腕組みしての仁王立ち。膨れた顔で荒い鼻息を放った。
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