第3話 僕はパワーノートだからね
「サーヴァントが子供たちを襲っているんです!」
頼りになりそうな人物が現れたことで気を大きくした大人が、公園内を鋭く指差しながら、巨漢に道を空けた。
巨漢は公園の中に目を向けた。確かに、茶釜を乗せた奇妙な動く鎧が子供たちに迫っているように見えた。巨漢は子供たちを案じ、思わず駆け出しそうになった。
しかし、よく見ると、その全身鎧の方もまごついているように見える。巨漢は眉を潜めた。子供たちは怪我をしている様子もないし、全身鎧の方も子供たちに触れてはいない。
それに全身鎧の方も助けを求めているように見えた。無論、頭部は鬼面風炉切合釜で表情はないのだが。
「ふむ。サーヴァントだというのなら、話くらいはできるのかも知れません」
巨漢はそう言って、のしのしと巨体を揺らしながらチャガマに近づいた。
チャガマの方も、巨漢が歩み寄ってくるのを待った。この巨漢は、公園の入り口でこちらを見ているだけの大人たちとは、明らかに違って見えた。
「さぁ、向こうに行きなさい」
巨漢がチャガマと子供たちの間に割って入る。巨漢の大きな背中が子供たちに安心を与えた。凍り付いていた子供たちが三々五々、入り口付近に固まった大人たちの方へと退いていった。
「君はどこのサーヴァントだい?」
「どこ? えぇっと生まれはゴミの山です」
「どこの屋敷に仕えているのかな?」
「どこの屋敷にも仕えていません」
巨漢が一度、あごを擦る。
「ということは、野良サーヴァントということか」
「ええ。ゴミ山のおじさんにもそのように言われました」
巨漢は、長く伸ばした頭髪をコンパクトに結いまとめた頭を掻いた。
「野良サーヴァントがこんな公園で、小さな子供たち相手に何をしていたんだい?」
巨漢の目には、チャガマが危険な空気を発しているようには映らなかった。とはいえ、野良サーヴァントが子供たちの輪に割って入り、恐怖を与えていたという事実は変わらない。子供たちが群がっていたあたりには、砕けた石が散らばっていたし、立っている少年像には上半身が丸々ない。何かがあったことは火を見るより明らかだ。
「子供たちと遊ぼうと思っていただけなんです」
チャガマは身振りを交えて話し出した。
「ボクはたぶん遊ぶために生まれました。だから遊び相手を探していたんです。そこで、ちょうど公園で遊んでいる子供たちに出くわしたんです。ボクが近づくと、ミブレンジャーごっこをやろうと提案してくれました。ボクの役はサイ・ゴードンでした。悪役だそうです。ですから、悪役らしく少年像を破壊して、今度はお前たちがこうなる番だと脅したんです。ただ、それだけです」
巨漢はお手本のような苦笑を漏らした。
「それは、ただそれだけって言って済むような内容じゃないねぇ。そりゃあ、子供たちは怖がるよ」
「悪役だから凄む必要があると思ったんです。そのあと、ミブレンジャーに扮した彼らがボクを退治する流れなら、ピンチの後の大逆転など、カタルシスはできるだけ大きい方がいいと思いまして」
巨漢が後ろを振り返る。子供たちが大人たちの陰に隠れながらこちらを見ている。大人たちも事の成り行きを見守ろうとしている。
「君なりの心遣いはわかった。でも、少年たちはあまりに君が怖かったんだと思うよ。なんせ、石像を破壊するような力を持っているんだからね。少年たちの中にはやんちゃな子もいるけど、さすがに石像を破壊するような子はいないから」
チャガマは肩を落とした。
「ただ単純に遊ぶというのがこれほど難しいことだとは思いませんでした。遊んで生きるのも楽ではないのですね」
「君は普通の人間の大人よりも大きいし、力もある。かけっこをしたって、それだけの足の長さがあったら子供たちは逃げ切れないだろう。つまり、何をやったって子供たちと同じ目線、同じ感覚で目いっぱい遊ぶのは無理があるんじゃないかなぁ」
「じゃあ、ボクは一体誰と遊べはいいのでしょうか。大人ですか?」
そこまで言うと、チャガマは何かに気付いたように、公園の入り口の方を見た。
「ちょうど、あそこに大人が何人かいるじゃないですか。あの人たちに声をかけてみましょう」
チャガマが放つ期待をこめた雰囲気に、大人たちはわかりやすくたじろいだ。
「待ちなさい、待ちなさい。まさか、君はまだミブレンジャーこっごをやろうとしているんじゃないだろうね。君ほど図体を相手にしたら、大人でも大怪我をしてしまうよ」
巨漢が落ちていた石像の欠片のうち、比較的細長く砕けたひとつを手に取った。
「君、名前は?」
「チャガマです」
「チャガマ……」
巨漢は呟くように反芻してチャガマの頭部に視線をやった。そして小さくうなずいた。
「よし、チャガマ君。君はスモウを知っているかい?」
巨漢は中腰になり、欠片で地面に線を描きだした。それは多少いびつではあるが、大きな円だった。
「スモウ? いえ、存じ上げません」
「本来は格闘技なんだけど、遊びでもやられてる。簡単に言えば、投げ技が許された力比べだね。子供たちもよくやってるよ」
円を描き終わった巨漢が子供たちの方に顔を向けた。
「君たちもスモウをやったことあるよな?」
子供たちがこくこくとうなずいた。
チャガマが描かれた円を不思議そうに眺めていると、巨漢は説明を始めた。
「ルールは簡単だ。この円の中に入って押し合いをして、相手を円の外に出すか、投げ飛ばして相手を転ばせたら勝ちだ。パンチやキックは禁止。わかったかい?」
「なぜ、急にそんなものの説明をしたんですか?」
巨漢は笑った。
「君が遊びたいと言ったからだ。スモウをして遊ぼう。相手は僕だ。見ての通り、僕は体が大きい。君と同じくらいにはね。つまり、君が本気で遊べる相手というわけだ」
本気で遊べる。その言葉にチャガマは嬉しくなった。
「やりましょう! スモウ!」
ふたりは円の中に入った。円の真ん中で対峙すると、巨漢は腰を落して、軽く握った両拳を地面につけた。
「こうして、お互い拳を地面につける。タイミングはいつでもいい。ふたりの拳が全部地面についた瞬間が始まりだ。僕はこうやって先に構えておくから、好きなタイミングで手をつくといい。両手をついたら、僕に思いっきりぶつかって来なよ」
「え? 思いっきり? いいんですか?」
巨漢は不敵に笑んでチャガマを見上げた。
「構わないよ。僕はパワーノートだからね。毎日、こいつをやってるんだから」
「え? 毎日遊んでるんですか? 真性の遊び人の方ですか?」
巨漢は苦笑した。
「違う、違う。言ったろ。格闘技でもあるって。僕はスモウで戦う戦士なのさ。どういうことか知りたかったら、向かって来なよ」
チャガマはひとまず質問攻めをやめ、巨漢に言われた通り、腰を落して、まずは片手を地面についた。巨漢は身じろぎひとつしないが、逞しい二本の足に筋肉の形が浮き上がっていて、尋常ではない力がみなぎっているのがわかった。もう一方の手を地面についた瞬間、この巨漢は弾丸のように向かって来る。
いつの間にか単なるギャラリーと化していた大人たちも、固唾を飲んで、パワーノートと野良サーヴァントのスモウ対決を見守った。
チャガマが残った拳を地につけた。
瞬間、チャガマは伸び上がった。突進してくるだろう巨漢との衝突に備えてだ。案の定、巨漢は目を見張るような瞬発力で突っ込んで来ていて、チャガマは巨漢と激しくぶつかり合った。
チャガマはよろめきながらも、その衝撃に耐えた。そして、がむしゃらに巨漢を押し、無我夢中で前進を試みた。
「ウオオオオオッ!」
「待て待て! そこまでだ!」
巨漢が声を上げた。我に返ったチャガマが冷静に足元を見やると、巨漢の足が円の外に出ていた。
「あれ?」
チャガマは不思議そうに茶釜を揺らした。
「ボクが勝ちましたか?」
いまだチャガマと組み合ったままの巨漢が、何とも言えない声色で呟く。
「え……ああ、まぁ、そうかな」
居心地の悪い妙な空気が、先程まで満ちていた巨漢が勝つムードを追いやった。
「なんだ。パワーノートが勝つと思ってたのに……」
「そういや、パワーノートっていってもよー知らん顔だな。マクウチじゃないでしょ」
見守っていた大人たちが白けた様子で、子供たちと共に三々五々その場を離れて行く。去って行く者たちを見守る巨漢の表情からは、こんなはずじゃなかったのに、という思いが読み取れた。
「スモウ、どうだった? 楽しかったか?」
巨漢は気丈に振る舞った。
「何だかよくわかりません。よくわからないうちに勝ってしまいましたし、どういうことか知りたかったらというお話でしたけど、実際、何もわからずじまいでした」
「そうか……」
足で地面を払い円の縁を消す巨漢の背中は、先程よりも心なしか小さく見えた。
「君は強いんだな。何というか、シンプルに誤算で、僕は恥ずかしいよ」
「でも、生まれて初めて全力を出せたと思います。それに関しては感謝しています」
チャガマは頭を下げた。
「では、僕はこの辺で失礼します。今度は本当に思いっきり遊び合える相手を探します」
「失礼しますって、一体どこに向かうつもりだい? 君は野良サーヴァントで仕えている屋敷もないんだろう?」
「ええ。役所に向かうつもりなんです。ゴミ山のおじさんに教えてもらいまして。役所は野良サーヴァントの力になってくれるって」
巨漢はぽかんと口を開けていた。
「え、どうしました? ボク、何か変なこと言いましたか?」
「そのおじさんがどんな人か知らないけど、役所に行ったら、君は役人に処分されるぞ」
「ええええ!」
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