第2話 恋日和
かつての未練に決着をつけるとか言っていた廊下で葛葉さんに頭を下げていた。
「本当、ごめん。主役を奪うつもりはなかったんだって!」
葛葉さんは窓の夕日を眺めるのが忙しいらしい。このままだと時代劇の悪代官にゴマすりをする商人の図になってしまう。
「ねぇクロウ君、これからどこに向かうの?」
「保健室に行こうと思って……」
俺がそこまで言いかけると彼女は二、三歩身を引いた。
「やましいことは何もないから! 保健室登校の子に会わせようと思っただけ」
そういうと彼女はようやく体をこちらに向け、目を輝かせた。
「こんな時間にまだいるの?」
「今日は、補習なんだってさ」
「成績悪いの?」
「多分、中学の勉強をしてるんだと思う」
「どうして?」
「中学の頃は欠席が多かったからな」
そんなことを話している内に保健室へと着き、俺はノックして白色の引き戸を開けた。
中は、入り口に向かってソファーとテーブルがあり、奥の方に事務机と何脚かの椅子、そして入り口の脇には本棚、なぜか診察用のベッドには大量のぬいぐるみが鎮座している。
「あれ、誰もいねえな」
「ねぇ、ここは何?」
葛葉さんは、ぬいぐるみには目もくれず、部屋の右側にある引き戸を指さした。
「そこはベッドルーム兼用具入れ」
もしかして体調崩してるとか⁉︎ てか先生どこだよ。俺はとっさに部屋に入った!
そこには体重計の上に立っている、
「陵君⁉︎ こんにちは……」
「まだ気にするほどでもないと思うぞ」
「これは日課だから」
そう言って焦りながら雀野は体重計の横にあるブレザーを着直して、何事もなかったかのように話し出した。彼女は茶髪ポニーテールを左右に揺らしながら、こちらへと近づく。
「どうして後ろに下がるの?」
「いや、その怒ってるかなぁって」
「怒ってないよ?」
メガネとマスクのせいで、表情が読み取りづらい。そうか、もう花粉の季節か。すると雀野は俺の横を華麗に通り過ぎ、葛葉さんの元へ。
「あなたが、転校生の子よね?」
「そうだよ。
彼女は手を差し出して自己紹介をした。
「私は、
雀野はマスクを取り、握手に応じた。
「葛葉さんはアメリカから来たんだよね。どうして日本に来たの?」
葛葉さんは質問されて、俺の方を見た。いや、何でだよ。俺にどうしろというんだ。もしかして話題を変えて欲しいのか? 来日した理由くらいどうってことないだろう。
「そういえば雀野、勉強の方は進んでるか? どうせなら、葛葉さんに英語教えてもらえよ」
俺達はベッドルームから元の部屋へ戻り、ソファーに座った。二人とも美少女だから、これだけでもかなりの癒しになっている。正直、ここで帰って二人の哀れもない姿を想像したい。しかし、このシチュエーションを手放すのは非常にもったいない。
「それにしても、英語の教科書に出てくる学校って国際色豊かだよな」
「そうだね。インターナショナルスクールってやつじゃない?」
英文を書きながらそっけなく返されてしまった。そうして英文を書き終えると、葛葉さんの話題に切り替える。
「葛葉さんって、今までアメリカで育ったんだよね?」
「そうだよ。日本にはママの実家に帰る時に何度か来たことあるけど」
「へぇ、お母さんが日本人なんだ」
「うん、パパが一目惚れしたんだって」
「なら、お母さんも相当な美人なんだね」
「ママ、ファッションモデルやってるから」
「本当に、有名人なの⁉︎」
やばい、このままだと話題についていけねぇ。帰ろうかな……二人ともまさしく乙女というか、もうこれ背景が色鮮やかで、キラキラしたものになってもおかしくない雰囲気だ。
「あっごめん陵君、私達ばっかり話しちゃって」
「別に、これをおかずにご飯三杯は、いけたから」
「何言ってるのクロウ君?」
葛葉さん、俺が悪いんです。あなたはそのままでいてください。
「ふふっ今夜のおかずは何かしらね。カラス君?」
おいっそこ。その一言のせいで、せっかくの性格美人が台無しだぞ。やはり雀野の心は汚れているらしい。
「もうっ!二人の会話、ついていけないよぉ……」
「ついてこなくて良いから!」
「そうそう、補習でストレス溜まってたから少しからかっただけ」
「ストレス太りだったのか」
俺の言葉に彼女は、苦虫を噛み潰したようななって睨みつけてきた。残念だが、そこにかわいらしさのかけらもない。
黒い瞳に綺麗な鼻筋、柔らかそうな唇と広めのおでこ。「実はモデルなんですよ」って嘘をついても、誰もが信じるくらいには良い顔をしている。
しかし今の彼女は、仏頂面というか、恐怖よりも先に心苦しいものが胸を刺してくる。
「そんな顔するなよ」
「じゃあ一発殴らせて?」
「なぜ⁉︎」
俺の疑問には耳を貸さず、雀野は右手を握りしめて後ろに引いた。そしてゆっくり息を吐いて……。
「せいっ!」
なんともまぁ、かわいらしい掛け声と共に、隕石のような拳が俺の腹に衝突した。
「陵君、お腹、硬っ!」
「鍛えてるからな」
「ナルシストなの?」
「違うわ!」
「殺すつもりで殴ったのに……」
しょんぼりするなよ殺人鬼。大丈夫、俺じゃなかったら死んでたぞ。
「あのもうそろそろ帰った方が良いんじゃないの……」
その言葉で俺達は正気に戻る。葛葉さんに気を使わせてしまった。最終下校時刻知らせる「蛍の光」が流れ出す。
「あっこれ、イギリス、スコットランドの民謡だよね」
葛葉さんは身近な新発見をした子どもようにはしゃぎ出す。
「原曲はそうみたいだな」
俺は保健室の引き戸に手を掛けながら答える。
「ちょっと陵君。さり気なく一人で帰ろうとしてない?」
「雀野。お前にはさっきの音楽が聞こえなかったのか? もう最終下校時刻だぞ」
「あなたは、か弱い少女を一人で帰らせる気なの?」
「それじゃあ葛葉さん、一緒に帰ろうか」
「うん!」
彼女は少し食い気味に即答した。その返事は彼女自身の照明を明るく照らすスイッチみたいだった。さすがにそこまで喜ばれると照れ臭い。そうか、父親の一目惚れ体質が遺伝したんだな。
「私も、か弱い少女に含まれるんだけど」
「その打撃力があれば、大丈夫だ」
とは言うものの雀野が病弱であることは確かなので、どうしたものかと考える。
「何だ陵、まだいたのか」
入ってきたのは今日、彼女がいることを公表した。広輝だった。サッカー部の青いユニフォームを着ている。
「エース様が何でこんな所に来たんだよ」
「エース様って、まぁいいや。ここには毎回、部活終わりに来てるんだけど、今日は先生いないみたいだな」
保健の先生と、何かいかがわしいことでもしてるんだろうか。
「広輝、これ以上、敵は増やさない方が良いぞ」
「何を考えているかは知らんが、今日、お前にだけは言われたくないな」
「さて何のことだか」
俺はわざと、とぼけた顔をする。
リア充王の広輝が彼女までいると知れば当然、敵は増えるだろう。もしかしたら、広輝にとって彼女を公表しないことは、一種の処世術だつたのかもな。
「そういえば、か弱い少女こと雀野さんが広樹と一緒に帰りたいだとよ」
「私そんなこと言ってない」
「真顔で言われると傷付くんだけど」
まさかここまではっきり断るとは思わなかった。
「それだと私まで目を付けられるし」
なるほどそういう事か。なら納得だな。
「大丈夫、雀野は前から目を付けられているから」
そう言って、彼女の胸を見る。
「ちょっと陵君、目を焼いてみようか」
「あぁ目に焼き付けておくさ」
バカめ! 素直に目潰しと言っていれば俺の反撃を喰らわずに済んだものを、あと、お前のその無邪気な笑顔はどんな感情から来るものなんだ。
「俺は、お前の服を見ていただけだぞ」
「はい、はい、続きは帰りながらでいいか?」
俺達がヒートアップするのを見かねて、広輝が仕切り直すように手を叩く。
俺たち四人は夕暮れ時の赤い太陽を目の先に置いて街中を歩いていた。今朝の賑わいとは違って主婦の買い物が目立っている。
朝はなんだか晴れやかで、たまには憂鬱になることもあるけれど、夕暮れ時はその短さも相まってなんだか、懐かしくそして切ない気持ちになる。
さすがにこんな場所でさっきの論争を続ける気にはならない。それにまた、葛葉さんの主役を奪うことになる。
「葛葉さん、今日は学校どうだった?」
俺が葛葉さんの方を向くと、彼女はじっとこちらを見つめていたのか目があってしまう。まぁ視線には気づいてはいたけど。
突然話を振られたことに、驚いたのか彼女は目を丸くして顔を赤らめる。俺と目が合ったからと言ってみたいがここまで真っ直ぐ見られると、茶化すのも申し訳ない。
葛葉さんはしばらく言葉に詰まりようやく話し出す。
「……嬉しかったよ……」
「「「嬉しかった?」」」
「友達ができて嬉しかった」
その言葉はなんら不思議はなかった。けど友達ができて嬉しかったみたいな元気なものではない。
「ちょっと今、花音ちゃんが大人に見えたかも。あっごめん!」
雀野は、とっさに謝った。正直言うと俺も同じことを思ってしまった。 出会ってまだ一日も経っていないが、葛葉さんは、高校生というより、小学生のような印象を受ける。もちろん良い意味で。
だからこそ、「……嬉しかったよ……」という言葉とその言い方に違和感を覚えたのだ。
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