リトライ&ラブ!
らいか
日常編
第1話 恋のサイカイ
三年前の春。
その日は一つ年上の幼なじみが、中学を卒業する日。彼女は、およそ学生とは思えないくらい大人びていて、だからみんな彼女に遠慮して一定の距離を置いていた。
でも俺達二人だけは、幼稚園から仲良くしているうち、恋に落ちた。
どっちが付き合えるかって勝負になって、もつれに、もつれた結果。彼女の卒業式が終わった後、俺達は学校の屋上で告白したんだ。
そして俺は敗北した。
高校生活にも慣れ始めた今朝のことだった。俺はいつものように一人寂しく登校している。この街、随一の大通りには今日も多くの車がすれ違っている。歩道沿いの店は、まだシャッターが閉まっていて少し行列ができていた。
朝早くから何を待っているのかは知らないが、そこまでして手に入れたいものなら、とても良いものなのだろう。
道を行くサラリーマンは、スマホで誰かと話しているのが大半で、端々から聞こえる声から取り引き先との電話が目立つ。柔和なものや、物騒なもの。はたまた緊張して、ろれつが回らない人もいるようだ。
そんな大通りから一歩抜けると、道幅が狭くなり今度は小さな飲食店やアパートが目に入る。大通りは交差点や工事の音、人の声で、騒がしかった。しかし、こっちはカラスの鳴き声がうっとうしい。
ふと視線を道の方へ戻すと、白いパーカーを着た女の子が目に映る。その子が普通に美少女だったのですれ違いざま目で追ってしまった。フードとマスクで顔は分からなかったが、俺と同じ学校のスカートを履いてたからまたどこかで会えるかもしれない。別にやましい気持ちなんてないからね……!
そのスカート履いている学校に着いた。念のために言っておくが、ここは本当に俺の通う学校なんだからな。学生証だってあるぞ。
見た目は、黒髪短髪でストレートで高身長とだけ言っておけば事足りるだろう。
「相変わらず、ぼやけた顔してんな。陵」
誰だ。俺の顔を特徴ないみたいな言い方した奴は! そうやって学校へ入ってくる有象無象の生徒の中から、声の主を探し出す。
「よっ元気か。陵」
「お前のせいで気分落ちたわ。なんだよ、ぼやけた顔って」
白い下駄箱から上履きを取り出しつつ声の主に話しかける。
大事なことなのでもう一度、彼女持ち。
表情豊かで、人当たりも良く、リーダーシップもある。本当に非の打ち所がない。
身長こそ俺とそう変わらないが、金髪をこれでもかと遊ばせている。はっきり言って見た目はチャラい。
白いシャツに紺色のブラザー。ネクタイは右肩上がりで青と白のストライプそして茶色の長ズボン。まぁいたって普通の服装だな。この制服なら、俺の方が似合ってるまである。
「表情がいつも、つまらなそうなんだよ。だから覚えられない」
「そのつまらないものの一端を、お前は担ってるんだからな」
「そういう未練もタラタラなところが、オーラで分かるってこと」
確かにあれは真剣勝負だったけど、フラれたこっちの身にもなれってんだよ。
「おい、お前の下駄箱の中に、何か入ってるぞ」
広輝の声に促され下駄箱の中を覗く。すると、上履きを入れる小さいスペースに、白い手紙が入れてあった。宛先には、烏間陵へ。と書かれていたが、差出人の名前がない。
「それってもしかして、ラブレターってやつじゃないか?」
広輝は、意外にも冷静だった。これがリア充の余裕というやつか。俺は期待に胸を膨らませて、気が気がじゃないっていうのに。
「俺も結構、貰うけど、ほとんど下駄箱からだったし」
「おいてめぇ今、何て言った! 俺は初めて貰ったんだぞ」
これだからリア充は異性からの贈り物はあたりまえ。みたいに言うな。どうせ、広輝のことだから、すべて断ってるんだろう。彼女いるもんな。てか、もう公表しろよ。何食わぬ顔で、甘い汁吸ってんじゃねぇ。
「とらっち、おはよう!」
その元気ハツラツな声で、俺は我に返った。声のする方へ目をやると、複数の女子が、こちらに手を振っていた。正確には『とらっち』こと、虎上広輝に話しかけてきた、
「みんな聞いてくれ。陵がラブレター貰ったんだ!」
「てめぇ。何様のつもりだ!」
自分は彼女がいることを隠してるくせに、俺のことは言いふらすのか。しかもショックのあまり女の子達の時が止まっちゃってるじゃないか。
「へぇ良かったね。カラス」
ちょっと反応薄くない⁉︎ 嫉妬しても良いんだよ。何なの、そのつまらなそうな顔。さっきの笑顔は一体どこへ? あと、その『カラス』ってあだ名やめてくれない? 何のひねりもないよね。カラスって。しかも結構な嫌われ者ですよ。あだ名あるだけマシだけどさ。
「そんなことよりもさ……」
俺があだ名のことをあれこれ考えているうちに女子達は
どうやら俺はカラス同様、いない者として扱われているらしい。俺は静かにその場を立ち去った。
A組の教室に、後ろから入るとクラスメイトからの挨拶を軽く流して一番に目を引くのは、窓際後方に、たむろしている。男女混合のリア充グループ。
冬場なら窓全開にしてやるのに、今は春だから逆に気持ち良くしてしまう。俺は、彼らのことを窓際族と呼んでいる。
そんな将来有望な若者を横目に、自分の席へ荷物を置いた。俺の席は、廊下側、後方二番目。そして広輝は教壇前。物好きな奴だな。
そんな教壇前には、優等生グループが黒板を使って勉強を互いに教え合っていた。それと机に伏せている奴と、カバー付きの本を読んでいる人が、ちらほらと点在する。ごく一般的なクラスだ。
そしてその黒板に、日直、カラス(烏間陵)と書かれていた。カラスが本名みたいに書くのやめて。
俺は学級日誌を取りに職員室へ向かう。そして窓の外を眺めながら、俺宛ての手紙を読む。
手紙は正真正銘、ラブレターだった。横書きで、かわいらしく書かれている。文字が凝りすぎて、たまに読めないところもあるけど、重要な部分はちゃんと読める。正直ラブレターじゃなかったら、どうしようとか思ったけど、良かった。俺にもついに春が来たんだ!
しかしこの学校は、都会のど真ん中にあるので、季節の変わり目を感じづらい。唯一季節を感じられるものといえば、学校の正門のところに植えられた桜くらいだ。
「何、にやけてんだよ。陵」
一人、窓からの花見を楽しんでいると、広輝が学級日誌を持ってやって来た。
「本物だった」
「そうか、良かったな。そんなことより……」
お前もかよ!
「今日うちのクラスに転校生が来るってよ」
「マジで⁉︎」
「あぁ、職員室で会ったけど、普通に美少女だったぞ」
もしかして今朝の美少女か⁉︎
教室へと引き返した俺は、再度、後ろから入るが、広輝は当然のように前から入り、開口一番。
「みんな転校生が来るぞー!」
どうやらこいつにも、リア充特有の何でもみんなと共有したがる。通称、共有厨の症状があるらしい。
しかも性別は言わないあたり、なんとも
「みんな席について、今日は転校生を紹介するわよ」
そんな騒つく教室に、よく見知った女優に寄せているのか。学校の中でも、一二を争う担任の美人先生がやって来た。
その後ろをついて来たのは、女優もどきみたいな先生とは、比較にならないほど、綺麗な少女だった。
彼女は黒板に名前を書き、教卓に両手をついて、若干前のめりになり……。
「アメリカから来ました。
金髪ストレートヘアに青色の瞳。帰国子女ってことはハーフなのかな? それにしても、ガチムチとポッチャリしかいないような国。そう思っていたが、こんなハリウッドに住んでたんですか? みたいな女の子が来るとは。
服装も夏用の白い半袖シャツに、チェック柄のスカートと黒いニーソを履いている。
ひと通り自己紹介が済むと、先生が彼女の席を決めようと教室を見渡した。
「じゃあ席は、虎上君の隣にしましょう」
「ちょっと待ってください! こいつ彼女いるんですよ!」
あっ言っちゃった。
「おい、バラすなよ」
俺のラブレターの事はあんなに言いふらしていたのに、何言ってやがる。まぁこいつのことだ。浮気なんてしないだろうがこの隠し事せいで、何人もの女子を何人も泣かせて来たんだろう。俺がその事を知った以上、今の状況を無視するわけにもいかないんだよ。
「というわけで、俺の隣に来ませんか」
「カラス君。その席は、もう埋まっているでしょう」
そうだった。一人、保健室登校の女子がいたっけ。というか先生も、その呼び方するのか。
葛葉さんはそれ聞いて、俺のところへ来ると、机に両手をつき、そのまま身を乗り出して、俺の方へ顔をいっそう近づけきた。
「クロウ君?」
「烏間陵だ。よろしくな」
葛葉さんは青い瞳をうるうると輝かせ、それでいて真剣な表情をしている。彼女は決して童顔というわけではない。しかしそこには、子供特有の純粋さを感じる。
「そうだクロウ君、今日はあなたが日直よね」
「そうですけど、先生が
「クロウ君、今日花音さんに学校を案内してもらえるかしら」
「まぁ良いですけど……」
さっきまでカラス呼びしてたくせに、何が、「かしら」だよ。お嬢様か。
「とらっち、彼女いるって本当……?」
そんな中、クラスの女子が、悲しげにそして恐れつつも、広輝に質問した。クラスの空気が一気に張り詰め、視線も広輝に集中した。一昔前のクイズ番組のような緊張感だ。太陽も空気を読んで身を潜め、教室が若干暗くなり、みんな口をつむぎ、拳も固く握りしめて、息を呑む、そして……。
「俺には、彼女がいます!」
広輝は、まさしく秘密を告白するような必死な表情をした後、心配そうにみんなの反応を待った。お人が、お人だから、ギスギスした関係になってもおかしくない。こうなったら多少わざとらしくら拍手をしよう。
「おめでとう」
頑固で分からずやだったお父さんが、結婚式で娘のウエディングドレスを見るや、感動のあまり、涙を流す。みたいな感じで祝った。
クラスのみんなも、俺につられて、拍手喝采を浴びせた。
身を隠していた太陽も彼に暖かい日を注ぐ。そして俺には、いつの間にか開いていた、窓から冷たい風が吹きつける。
俺はその場を静かに立ち去った。
みんなの拍手や祝いの言葉が大きくなるたび、胸を締め付けられていく。それはもう胸焼けのようになって俺の心を惑わし続ける。
目的もないまま、学校の廊下を、必死に前を向いて、ひたすら歩き、歩調と鼓動が段々と早くなるのを感じていた。
いつか、断ち切らないといけない。
たとえ親友の彼女が、俺の好きな人だとしても、必ずこの気持ちに、決着を付ける!
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