第13話 俺、冒険者になる


 十三歳になった


 待ちに待った十三才だ。

 身長も多少は伸びた。でも兄より一回り以上小さい。まあ、兄が年齢平均よりちょっと大きめで、俺が平均よりちょっと小さめなんだけどな。

 そのうち伸びると信じている。 


 十三歳になってすぐ、俺は町に行き冒険者ギルドにを目指した。身体強化で町まではひとっ走りだ。実に便利。

 勿論、変装はしている。銀髪で蒼の瞳なんて、領主の次男だとすぐばれる。

 顔はほとんど解らないだろうけれど、色と年は知られている。あちこち田舎をうろついた時に、多少の噂は出たけどあくまで噂で終わっている。証明するには、俺の顔が知られなさ過ぎる。

 兄と妹は顔も知られていると思うけどね。俺は外に連れ出されたこともないから、存在が知られているだけだ。

 まあ、不遇の次男くらいは言われているかも知れない。

 どうでもいいけど。


 ギルドに着くと、受付に直行する。

 ゴツくて暑苦しそうなおっさんが一杯だ。若いのもいるかも知れないけど、十三歳からすれば、同年代以外はおっさんだ。お姉さんはお姉さんだ。間違ってもおばさんとは言わない。お姉さんの扱いの難しさは、前世の記憶で理解しているつもりだ。シチュエーションを間違えたら血の雨が降る。俺も自分の身が可愛いい。この世界では、比喩とかじゃなくて。


 おっさんたちには脇目も振らず受付に向かう。冒険者登録は専用用紙に必要事項を書くだけだ。

 しかも、偽名でも良い。なので名前はレイにしておく。登録時に魔力も登録するので、ギルド証の魔力と本人の魔力が紐付けされる。だから、偽名だろうと変装だろうと問題ない。

 問題なのは、ギルド証の偽造と犯罪歴の隠匿。その二点だ。

 どちらにも違反していない俺の登録は全く問題なく終わった。ちなみに、十三歳での登録だと余程の実力がないと、見習い扱いだ。

 ギロが前に言っていた。俺は、まあ見習いにはならなくて済みそうだ。ギロに鍛えられたからな。

 できたら、下位の依頼の一つもこなしておきたたいもんだ。


「よし、レイ。これから頑張れな。鎌を使う奴は少ないから大変だけどな。お、ギロ! こいつ、鎌使いだぞ!」


 受付のおっさんが、激励とともに、ギロを呼びやがった。


「へえ?」

「げ…」


 ギルドの奥の茶飲み場にギロがいたらしく、おっさんが大声で呼ぶ。

 呼ばれたギロはこちらに歩いて来た。そして俺を見て、奇妙な顔をする。


 これは、バレたな。


「珍しいな。新人、ちょっと話しようぜ」

「えー、新人だからしごかれるってやつ?」

「そんなんじゃ、ねーよ」


 気安く肩に手を回され、ほぼ強制的に茶飲み場へと連れて行かれる。

 一応、俺は抵抗を試みる。


「坊っちゃん、見るやつが見たら、解るんだよ」

「やっぱりかー」


 こそりと耳打ちされて、俺は抵抗を止めた。


 茶飲み場は、幾つかテーブルと椅子がある。

 休憩とか打ち合わせとかに使うんだろう。

 椅子に座ると、ギロが茶椀を差し出した。普通にお茶だ。あまり美味くはない。

 酒はないらしい。

 酒が飲みたいなら、酒場へ行けってことだ。


「ありがと」

「に、しても、変装してくるとは思わなかったな」

「俺の色は目立つだろ?」

「確かに」


 領主の次男でないとしても、銀髪に蒼眼は色合いとして目立つ。

 あまり、目立ちたくないんだよ。

 とにかく家にバレるのは避けたい。


「まあ、その色なら大丈夫か」

「だろ?」


 にやりと俺が笑うと、ギロは目をすがめた。


「それが坊っちゃんの地か」

「まあね」

「よくも、化けてたもんだ」

「年期入ってるぜ」


 自己主張しない無難中の無難な次男。

 両親だけじゃなく、家族や使用人たちの印象もそんなものだろう。

 別にそれでいい。

 いつか出る家なんだから。


「ふうん。けど思ったより早い登録だな」

「そりゃ、早いにこしたことはないよ。俺、もうすぐ学園入りだし」

「学園かあ。そりゃ、仕方ないな。一度くらいは依頼受けた方がいいが…」

「一度くらいはね」


 本当、冒険者になったんだから、依頼は受けておきたいよな。


「いつ、王都に行くんだ?」

「再来月、かな」

「なら、なんとかなんじゃないか? レガートはもういないんだろ?」


 そう、十三になるちょい前に、レガートとジルとの契約は終わった。

 兄が入学する時は、アルバートとフォークに見送られたっていうのにな。

 二人とも残念がってくれたのが、救いだ。

 普通に見せかけて、とても出来る二人だった。

 俺はあの二人に学べて、本当に良かったと思う。


「レガートがいなくても、面倒なのはいなくならないんだよ」

「本当、坊っちゃんとこは大変だな」


 レガートもジルもいないが、大手を振って出歩けないのが現状だ。

 ふらふらしているのを見られたら、大して役に立たないのにと文句を言われるのだ。


 だから俺は、別邸に籠るか、裏の畑を手入れしている。これ貴族の子供のやることか? 

と思うけど、俺がちょっとでも関わると野菜の出来がいいんだよな。土の精霊の加護が効いてるんだろうなあ。


 で、親が出掛けると、ようやく森に入り精霊の祠に行ったりしている。たまにもちもちして癒されないとな。


「なんとか、一回くらいは出て来たいな」

「その時はパーティ組もうぜ」

「そう言ってくれると助かる」

「でも、待ち合わせって訳にもいかねえなあ」

「出られそうだったら、鳩で知らせるよ」

「鳩? 鳩ってなんだ?」

「鳩は鳩だよ。じゃあね」


 茶を飲み干して、首を傾げるギロにひらと手を振り、俺はギルドを後にした。


 一週間後、運よく両親が外出することが判り、俺は使い魔の鳩の足に、明日ギルドに行くと記した手紙を結ぶ。

 そのまま、鳩の視界を共有したまま町へと向かった。


 ギロはギルドにはいなかった。

 依頼ではなさそうだ。近くの食堂を覗くといた。

 俺はバタバタ羽ばたかず、テケテケ歩いて店の中に入る。

 飛ぶと目立つが、床を歩く鳩は意外と気付かれない。とりあえず踏まれないようにっと。

 そして、昼飯を食ってるギロのテーブルに飛び乗った。


「うぉぉっ、びっくりした!」


 外ならまだしも、店内での鳩にギロは驚いた。

 大袈裟なくらい仰け反っている。


 くるっぽー。


「鳩がなんでいるんだよ。ん、鳩?」


 鳩と言う単語にギロは引っ掛かる。

 ちょっと前の会話を思い出したんだろう。

 そして、足に括り付けた手紙に気が付いた。

 伸ばされる手に鳩は逃げない。足の手紙をほどきギロは手紙を読んだ。


「なるほど…だから鳩ね…大概、坊っちゃんも器用なもんだ。明日な、わかった。スタンばっとく」


 ギロの返答を聞き、俺は来た時同様、床をテケテケ歩いて店の外に出た。

 鳩が空に羽ばたいたところで、意識を離す。


 明日が初依頼か。

 何が必要なんだろうな。

 冒険者に必要なものは、明日ギロに聞くか。


◇◆◇


 翌日、ギルドに行くとギロはもう依頼を受けて待っていた。


「はやっ」

「時間は有効に使わないとな。遅くなるとまずいんだろ?」

「話が早くて助かるよ。で、依頼はなに?」

「赤羆。坊っちゃんなら殺れるだろ?」

「殺れるけど、初心者が受けられるランクじゃないよね?」

「俺がいるから大丈夫。さっ、行こうか」


 本当かよ。

 とは思ったが、赤羆なら仕留められると思うから、別に反対はしない。

 俺はギロと並んで町を出た。


 森を歩きながら、冒険者心得をいろいろと聞く。

 今回はまあ近場だから、弁当くらいしかいらないが、遠征の際に必要なものとか、常備薬は何を優先しろとか。

 オススメの店も教えてくれたが、この町を出る俺が利用することは多分ないだろう。


 目当ての森に着くと、赤羆を探す。

 足跡とか爪痕とか糞なんかを見て、方向を決める。


「意外と地道…」

「そりゃ仕様がない」

「索敵スキルないの?」

「今回は、わざわざやり方見せてんだけど?」

「あー、基礎の基礎ね」


 こうやって、獲物を探しましょうってことか。

 知っておいて損ははい。マルトの後をついて行く時は、薬草しか採っていない。と言うか採らせてもらえない。

 マルトはあれで結構過保護だ。危なそうなことは一切させてもらえなかった。多分、俺が弱っちく見えるからなんだろう。


「まあ、やり方はこんなもん。で、坊っちゃん。赤羆はどこだい?」


 結局俺が探すのかよ!


「んーと、こっちだな」


 俺は赤羆の気配がする方角を指差す。


「距離は?」

「割りと近いよ。十分も歩けば行き当たる」

「じゃあ、いっちょサクサクっと片付けるか!」


 ギロの声に、俺は鎌を出した。

 そのまま、気配を消して赤羆に向かう。

 小鹿を食い散らかしてる赤羆はデカかった。三メートルは超えるだろうか。


「すっぱり行って、いいんだよな?」

「できれば、頭を狙ってくれ。あれだけの個体だと、肝もいい値がつくからな」

「わかった」


 胴体を真っ二つじゃ、肝も無傷では済まないもんな。取れる素材は取っておかないと。


「よっしゃ、行くか!」


 俺たちは赤羆に切りかかる。


 まずギロが出る。これは陽動だ。

 赤羆は大したもので、ギロの一撃を受け止めた。

 その隙を突いて俺が出る。


 大鎌で首をスパーンといこうかと思ったけど、頭飛ばすと噴水レベルで血が飛び散るんだよな。

 それが嫌だから、延髄を狙う。

 浅めに切っ先を引っ掻けて、振り抜く。

 延髄切られた赤羆は、多分何が起きたかも解らないまま絶命した。


 当然、返り血はない。


「なるほど、器用なもんだ。普通の奴はこんなやり方はしないけどな」


 ギロは呆れたように俺を見る。


「返り血でどろどろになりたくないし」

「わからなくもないけどな」

「胴体は無傷だよ」

「まあ、それが一番ありがたいわな」


 ギロは話をしながら魔石を赤羆の腹から切り出す。

 ザクロみたいな色をした石だった。


「解体してもいいが、どうする?」

「持って帰ろう。俺、空間収納使えるし」


「ほー、空間収納持ちか。やっぱり、精霊関係か?」

「うん、加護もらってからちまちま広げた」

「今、どれくらい入るんだ?」

「試してはいないけど、馬車三台くらいはいけるかな」

「十分じゃね? なら、坊っちゃんに運んでもらうか。俺もマジックバッグは持ってるけどな」


 ギロはウエストポーチを示す。


「それでどのくらい?」

「坊っちゃんの言い方なら、馬車一台くらいだな」

「結構入るね」

「坊っちゃんはマジックバッグは作れないのか?」

「空間魔法の付与でしょ? 今はちょっと無理だなあ」


 初級の教本に空間魔法が書かれている訳がないんだよ。

 イメージだけで空間収納は拡張中だけど、それを『書き込む』には圧倒的に知識が足りない。

 そもそもどんな『言葉』を並べたら良いのさ。


「その辺、学園で学べたら有難いんだけどね」

「そんなのが出来るようになったら、絶対に作ってくれよな」

「わかった。知り合い価格にしとくよ」


 いつになるかわからない話をしながら、俺たちは町に帰った。


 依頼は無事に完了。

 ギロは入学祝いとかなんとか言って、報酬や赤羆の素材料とかを俺にくれた。

 太っ腹。っていうより、ギロにとって赤羆程度、どうってことない相手だったんだろうな。

 俺としても、王都に行く前に、依頼をこなせて助かった。


 これで必要なものを買い揃えるか。

 うちで買ってくれる訳がないもんな。

 何が必要なんだろう。兄に手紙で教えてもらおう。


 入学の準備を自分でやるのか…

 詫びしいような、気ままで気楽なような。


 なに買うかは、兄の返事を待つとしよう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る