第12話 俺、褒められる


 なんだかんだで、俺は十一歳になった。


 ギロとの稽古で、大鎌もかなり使えるようになった。

 収穫はやはり、加減ができるようになったことだろう。

 それまでは、ただただ大鎌で獲物をスパスパ斬っていたが、魔力を減らしたりすると斬らないで引っ掛けることもできるんだ。

 これはギロと稽古しないと解らないことだった。

 ギロが俺とは逆に魔力を強めて、斬れないように調整していたからだ。

 鎌は離れたものをちょいと引っ掛けて引き寄せるのに便利だった。

 木の枝に引っかけると、木登りが楽になる。登らないまでも、身を躱すのに役立つ。

 なんて使い方、初めて知ったよ。鎌すげえ。思ったより使い道がある。


 何でもかんでも、スパスパ斬ってちゃ駄目ってことか。

 それが一番簡単だけどな。


 他にもレガートとギロと三つ巴で模擬戦をすることもあった。

 実力者との模擬戦だ。ただの稽古とは違う。実に有意義な時間だった。

 ただ、三人とも得物が長物なのでかなり変則的実戦だけど。

 変則的過ぎて、こんなシチュエーションどこで発生するんだよ、と思わなくもない。

 本当ならここで、長剣も混ぜて実戦訓練したいところだけど、長剣だとアルバートにバレかねないので、そこは泣く泣く見送った。

 レガートだって、剣の基礎は収めているが、この面子で基礎だけの剣が混じるのは却って危ない。なので、簡単な打ち合いくらいしかしていない。

 せいぜい、剣の間合いがわかる程度だ。まあ、知らないよりはいいのかも知れないが。


 ギロ以外の冒険者を見繕う話も出たが、あまり出入りが多いと、やはり誰かにバレるのでこれも却下だ。

 秘密を維持するには、それを知る者を最小限にしておくべきなのだ。

 一応、ギロが、俺が町に出て、冒険者登録できるようになったらやろう、とは約束してくれたけどな。

 いつになるのやら。


 冒険者登録は十三歳からなんだってさ。あと二年もある。

 短いようで長い時間だ。

 それまでに鎌の腕を磨くしかないな。


 十三歳と言えば。


 十三歳になった兄は王都の王立学園に入学するため家を出た。

 就学中は学園の寮に入るのだ。近隣の生徒は自宅から通う場合もあるらしいが、うちは王都まで馬車で四日はかかるので通うのは無理だ。うち以外も遠方の生徒は寮生活を送るらしい。


 この家から出られるのだ。羨ましい限りである。

 兄がいなくなると俺の防波堤がなくなるので、ちょっと不安だ。


 とか心配していたら、母親の関心は専ら妹に向かったので、俺はまあいつも通りだった。

 妹は大変だと思うが、頑張ってくれと祈るしかない。

 どうか、俺に矛先が向かいませんように。


 大変って言っても、最近の妹は表面的に母親と接する術を獲得したらしい。


 完璧な笑顔を浮かべる様を盗み見る度に、俺は複雑な気持ちになる。まだ子供なのに、無理して大丈夫なのかとも思う。

 かと言って、俺にできることはない。

 下手に俺が関われば、妹の苦労はきっと倍になる。

 それだけは何とか阻止するべく、俺は毎度空気のように気配を潜めている。

 精霊たちの力を借りれば、俺の気配はマジに空気レベルになれるのだ。

 なので、未だに母親からの俺の評価は、居るのか居ないのかわからない役に立たない子供である。

 流石の兄は、学園でも成績優秀らしい。大体、精霊の加護を二つも持っているのだ。その件からも、入学前から注目されていたみたいだけど。

 文武両道、性格良しの三拍子揃っているうちの兄は本当に人間なのだろうか。


 スコア王家第三王子ベルンの側近候補になるのも頷けると言うものだ。

 カスター殿下は上に二人いるからか、結構伸び伸びとやってるらしい。

 兄はそんなカスターと馬が合うんだと。

 まあ、兄は割りと顔色読めるからなあ。

 それを上手いこと表面に出さず、ちょうどよい距離感を維持しているんだろう。


 顔色読むのも、距離感を見極めるのも、実家で小さい頃から鍛えられてるもんな。

 こんな家でも役に立つことがあるんだな。

 俺も顔色読むのと、逃げ足には自信あるぞ。


 まあそんな感じで、兄が長期休暇で帰る度に、本邸はお祭り騒ぎだ。

 別邸は全く関係ないけどな。

 いや、平和でいいんだけど。

 多分、ご馳走とか出てるんだろうけど、呼ばれないのでわからない。

 翌日になれば、余った食材がこちらに流れてくるだろう。


 兄の指示で、残飯じゃない余剰食材がこちらに来るんだよな。

 料理はこちらでするから、本邸と同じ味にはならないけど。

 本館の料理人は王都から来たって話だけど、美味いのかなあ。

 その辺りだけ気になる。

 でも、ま。ラルゴの料理だって美味いよ。


 そんなある日の夜更け、兄が別邸にやって来た。


「いきなりごめんね」


 室内着のラフな格好の兄は、こっそり裏口から別邸に入り俺の部屋に来るなりそう言った。

 兄の来訪はいつだって突然だ。

 本邸の隙を突いて来るんだから、スケジュールなんて組める筈もない。から、俺は

別にいいんだけど。


「兄上、どうしたんですか? こちらに来て大丈夫なんですか?」


 こんな時間に単独で、なんてヤバくないか。

 母親に知られたら、暴れるぞ。


 俺が心配する先が何であるか兄はわかっているようで苦笑を浮かべた。


「気配を消して来ているから、誰にも気付かれてはいないと思うよ」

「それならいいですが…」


 ちゃんと対策取って来てるならいいよ。


「それで…」

「うん、レノと話がしたくて」

「はあ…」


 俺が気の抜けた返事をしている間に、メノウがお茶の用意をする。レントが椅子を兄に示すと、兄は一つ頷いて座った。


「学園にね、シャーミス先生と言う方がいてね」

「シャーミス先生?」

「うん、術式の研究をしているんだよ」

「術式!」


 術式!

 学園では術式の研究をしている人がいるんだ。

 そうか、そうだよな。

 王都だもんな。学園だもんな。

 全然、思い至らなかった。

 やっぱり、俺の世界狭い。


 話題に食い付く俺を兄は微笑って見ている。

 はっ、しまった。つい、興奮してしまった。


「そのシャーミス先生に、レノが作った指輪を見られてしまったんだ。学園ではいつもしてるから、見られるのは当然なんだけどね」

「学園で指輪してるんですか?」

「折角レノが作ってくれたんだもの」

「あ、ありがとうございます」

「でも…ここでは、外しているんだ。ごめんね」

「それは、別に、いいです」


 仕方ないよ。

 母親に見つかる訳にはいかないもん。

 あの母親のことだから、見つけたら兄の物であってもきっと捨てようとするだろう。


「でね、シャーミス先生が、レノの術式を『拙いけれど、丁寧だ』って言っていたんだ。それをレノに教えたくて」

「本当ですか?」

「本当だよ」


 術式の専門家が、俺の術式を誉めてくれた。

 拙いのは仕方ない。教本が一冊しかなかったんだから。

 だけど、丁寧だと言ってもらえたのは、素直に嬉しい。


 頑張った甲斐があった。少なくとも、俺の術式は間違っていなかったと言うことだ。


「僕が学園に入学したら、シャーミス先生に術式を習うことができますか?」

「多分、大丈夫じゃないかな。シャーミス先生はレノにとても興味を持っていたから…ただ…」


 兄の視線がふと落ちる。


「ただ?」

「学園で術式の研究をしているのはシャーミス先生だけで…あまり良い待遇ではないみたいなんだ…」


 学舎でさえも、術式は不遇なのか…

 まあ、推測はしていたよ。

 だって、うちに入門編一冊しかなかったし。

 世間でそれなりの地位があるものなら、一冊だけってことはないだろうし。


 俺が術式刻んだ指輪とか、最初に渡した時、みんな不思議そうな顔したもんな。


「だから、レノが望むように学べないかも知れない」


 ああ、兄は現実とのギャップに俺が落胆しないか心配しているのか。

 意気揚々と入学して、欲しい知識がさっぱり得られなかったら、最悪心折れるかも知れないと。


「大丈夫です、兄上。僕は術式について少しでも学べたら嬉しいです」

「うん、レノならそう言うと思った」


 そう言いながらも、兄はほっとしたような表情を浮かべた。

 俺が入学するのはまだ先のことなのに、もうそんな心配してくれるとは、本当に出来た兄だよ。


「あともう一つ聞きたいことかあるんだけど」

「はい?」

「精霊の祠は、あれからレノは行ってる?」

「はい、時々ですが」

「やっぱり行った方がいいんだ…」

「行った方が?」

「ああ、あのね。学園でカスター殿下と話すことが何度かあるんだけど、加護をもらっておいて、それから行かないのはどういうものかとね…」

「カスター殿下…は、祠に何度も行かれてるんですね」

「そうなんだよ。確かに、カスター殿下のおっしゃる通りだよね」


 んんー。どうなんだろう?


 俺はもちもちたちに癒されたいから、割と頻繁に行くけど、他がどうか知らないし、何が正しいのかも知らない。

 もちもちたちの姿が見えなかったら、積極的に行く気も薄くなるのはわかる。


「精霊たちは、気にしないと思いますが…でも、兄上が来てくれたら精霊たちも嬉しいと思います」


 話好きな奴らだ。

 誰かが来たら、それだけで喜ぶだろう。


「そうかな」

「そうです。大人になったら行きたくても行けなくなるのだから、行きたい時に行けばいいと思います」


 大人になったら祠への道は見えなくなる。

 周囲の大人たちは、誰一人祠への道は見えなかった。


 俺たちもいずれそうなるだろう。

 なら、会って話せる時は短い。


「そうだね、明日にでも行ってみるよ」

「精霊はお菓子をあげると喜びますよ」

「わかった」


 出来たら四つ持って行って欲しいけど、数を指定するのはまずいだろうな。

 俺がもちもちたち四人を認識しているってことになるから。


「ありがとう、レノと話が出来て良かった」


 兄は妙に晴れ晴れとした顔でそう言うと、来た時同様裏口から本邸に帰って行った。


「リオン様とお話が出来てよろしゅうございましたね」

「うん、学園の話も聞けて良かった」


 レントが兄を裏口まで送りに行くと、残って茶器を片付けていたメノウがにこにこと微笑んで言った。

 兄と和気藹々と話をする。メノウたち別邸の使用人には望んで止まなかった光景だ。


 普通の家庭なら、兄が裏口から出入りするなんてことないもんな。

 本当、変な家だよ。




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