第8話 俺、指輪を作る


 ホワイトゴールドの比率は残念ながら思い出せなかったので、いろいろ混ぜて試す。

 とりあえず、金に銀十五、ニッケルもしくはパラジウムが十で俺の知るホワイトゴールドに近い感じになったので、それでよしとする。

 他にも、銅を入れると赤っぽくなって面白い。ピンクゴールドってこんなん?

 いずれ何かに使おう。


 さて、ホワイトゴールドらしきものができたので、魔法具作成に取りかかる。


 まあ、大物は到底無理なので、小物にチャレンジ。

 予定しているのは指輪。一枚生りでは術式が書ききれないので、二枚を重ねる。合板みたいな感じで。これなら、重ねる二枚分術式が書き込める。


 まずは、幅は一センチくらい。厚みは二ミリはダメだな。いっても一ミリ半。これを重ねて三ミリ…三ミリは厚いか…目指せ二ミリ…うを、これはマジきっつい。

 なんとか、一枚一ミリで板を作り、細かくひたすら細かく術式を書き込む。これ上から金糸を植え込むんだよな…彫っただけじゃすぐに消えそうだから。

 誰だ、んな面倒くさいこと考えたの! 俺か…


 細かい作業は好きだけど、限度があるわ!


 指輪一つ作るのに一ヶ月かかった。

 何度か失敗したよ、ああ、したよ!

 ちくしょー!


 そうしてできた指輪はごつい、いかにも素人作、な一品だった。

 でもな、術式は頑張ったぞ。

 物理からの守り、魔法からの守り、状態異常への抵抗。とりあえず、毒と痺れと眠り、な。全体的に三十パーセントは防御できる、はず! 多分!


 できた指輪は、マルトにあげると最初から決めていた。

 マルトが森に連れて行ってくれたから、俺は精霊たちに会えたんだし、加護ももらえた。

 鬱陶しがらずに付き合ってくれた、マルトに感謝。


「守りの指輪ですか?」


 『守護』と言い切れないところが、全体的に惜しい!


「うん。僕が作ったんだよ。地の精霊の加護のお陰で作れるようになったんだ。怪我とか魔法とか毒とか、から少しだけ守ってくれる…少しだけ…なんだけど…」


 三割なんて数字はリアル過ぎるから、ちょっと下方申告。

 ないより、あった方がまし。くらいに思っておいてもらう方がいい。


「初めて作ったから、きれいじゃないけど…一生懸命作ったんだよ」


 本当に! 真面に! 超頑張った!

 誰か俺を褒めて!


「俺がもらって、いいんですか?」

「うん、マルトにあげる」


 是非、もらってくれい。


「ありがとうございます」

「はめてみて。サイズ、合わせるよ」


 言うと、マルトは右手の中指に指輪をはめた。あ、ちょっと弛いかな。

 一度受け取って、サイズを縮める。

 一応、マチは取っておいたから、微調整は問題ない。

 サイズを直すのをマルトは興味深げに見ていた。


「なるほど、それが地の精霊の加護ですか」

「うん、面白いでしょ?」


 術式のことを考えなければ、粘土細工みたいで面白いんだけどなあ。

 本当に、術式大変。初歩的な術式をいかに確実かつコンパクトにまとめるか…教本しかも入門編の一冊では大変だった。

 幾つも弄ったとこあるし。ほとんど、魔改造。本当に大丈夫かと思うけど、魔力を流した時に破綻しなかったから大丈夫なんだろう。


「どう?」

「丁度いいですね。坊っちゃん、ありがとうございます。大切にします」

「うん、何かあったら言ってね。いつでも直すから」


 無愛想なマルトには珍しく、機嫌の良さが滲み出ていた。

 喜んでもらえたようで、俺も嬉しい。頑張った甲斐があったよ。


 一度作ると、二つ目は少しだけ勝手がわかるようになった。


 二つ目はレントにあげるつもりだ。

 次は料理人のラルゴ。男性用を先に作るのは、多少ごついデザインでもいいからだ。

 それから、女性用を作り、ルピウとメノウにあげるつもりだ。

 女性用は、幅も半分くらいにしたいからね。

 そうなると、術式はもっと細かくなるわけで…


 うん、頑張ろう。

 二つ目となると、書き込みにも少し余裕ができた。

 魅惑と幻惑への耐性をなんとか新たに入れることができた。

 ラルゴの分は、火への耐性を入れた。火傷に気をつけて。

 メノウとルピウはレントと同じ防御と耐性。

 屋敷で働いているだけなら、ちょっと大袈裟な気もしなくはないけど、ないよりはいいだろう。

 どれも別に、邪魔になるようなものではないし。

 みんな喜んでくれたのが、俺は一番嬉しい。

 使用人たちは仕事中、指輪をつける訳にはいかないので、普段は鎖を通してペンダントにしている。

 休みの日に屋敷を出る時に、指にはめてくれるのが、地味に嬉しい。

 大事に扱ってくれるのを見ると、もっと嬉しい。


 術式、もっと頑張ろうかなあ。なんて考えていたら、突然兄貴が襲撃してきた。


 両親が出かけた日、両親の使用人も少ない時があった。

 その日の昼過ぎ、おやつ時におやつ持参で兄貴は突然やってきた。


「兄上、どうしたの?」


 兄貴がこの別邸に来ることはほとんどない。俺の部屋までやって来たのは多分初めてだ。


「レノ、元気?」

「あーうん、元気だけど?」

「この間、ジュストがね。レントが見慣れない指輪をしてるって言ってたんだ」

「はあ」

「その指輪、レノが作ったって本当?」


 指輪のこと、えらい遠回りで話が回ったな。ちょっとびっくりだよ。


「本当なの?」

「うん、僕が作ったけど?」


 だから何だ?


「僕にも作って」

「ええ? でも、僕が作ったの…綺麗じゃないよ?」


 素人作だよ、素人。

 そんなの欲しいのか?


「レノが作ったのが欲しいんだよ」


 何故か力説された。


 んんー。

 そんなにか。


「えっと、じゃあ作るよ」

「ありがとう!」


 兄貴は嬉しそうに笑うと、屋敷に帰って行った。


 そのためだけに来たのかよ!

 暇か? 暇なのか?


 まあ、作るって言ったから作るけどさ。

 何か模様でも入れるか?


 風と火の加護だっけ。それをアレンジして…炎をイメージして…

 それを可愛い過ぎないように整えて…

 図案はこんな感じか。


 守りの内容は、レントと同じ感じでいいかな。あと…もう一つ捩じ込めるか?

 いやいっそ、三重にしたらいいのか。

 もうちょっと、厚みを薄くできるようになったし。

 試してみるか。

 じゃあ、新しいのは真ん中。サンドイッチのハム部分に金で。魔力は小さいけどこの魔石で補って。

 入れたいのは、ダメージ反転。一度だけ、着用者が強力なダメージを被ったらそれを相手に跳ね返す。百は無理だから五十くらいで。その後、指輪は壊れて、証拠隠滅と。つまり、反転するときに基準値以上の魔力を発生させて、それを破壊のスイッチにすると。


 うーん、ギリかな。


 これは試せないな。試したら壊れる。

 兄貴は跡取りだからな。この先、何かあったら俺にまで火の粉が飛んでくるからな。何としても、兄貴に踏み留まってもらわないとな。

 兄貴、頑張って俺の盾になってくれい。


 地金を薄くするのにさすがに時間がかかって、指輪が完成したのは約束してから二ヶ月経っていた。

 三重にしてあるのは外からはわからないようにしてある。

 互いの術式を邪魔しないのは確認済み。

 一つの指輪だけど、護符三つ持ってるのと同じだから、相殺はしないんだよね。全部、一つの地金に纏めたらそういう可能性もあるか。


 ま、今は試さなくても良いか。


 それにしても大変だった。俺、前世は凝り性だったのか? あんま記憶ないけど…あ、でも小学校の写生で、風景画ってしていあったのに、花壇のチューリップをひたすら描いてたことあったな。一輪だけ、細々とひたすらに。あとで先生に、風景画じゃないと言われたっけ。関係ないか。


 忘れた頃に、レントからジュスト経由で兄貴に指輪を渡してもらった。

 兄貴はとても喜んでいたと、レントが言っていた。

 ちょっと弛いらしいが、レントを参考にしたサイズだからな。成長したら丁度よくなるだろ。


 とりあえず、ミッションクリアっと。


 兄貴は指輪のことを黙っていたはずだが、何故か妹リリーナまで知るところとなった。

 で、侍女経由で手紙がきた。


「リィンから? 珍しいね」

「ドロシーからどうしてもと言われまして」


 メノウが困ったような顔で頭を下げた。

 メノウとドロシーは同年代のせいか仲はまあまあ良いらしい。

 っていうか、うち兄弟間の使用人の仲は良いんだよね。


 主に俺が憐れまれているだけで。

 精霊の祠の情報を俺があっさり流したのもあって、割りといやかなり好意的なのだ。

 情けは人のためならず、良い言葉だ。


「何か問題が…?」


 手紙を預かるなんて滅多にないから、メノウは心配している。

 内容はそれほど心配することでもない。

 要約すると、兄貴にあげたような指輪を、私にも作ってくれて良いのよ。だった。

 妹はツンデレなのだ。


 普通に、私にも作ってくださいって書けば良いのに。


「指輪作ってって」

「作って差し上げるんですか?」

「ん、作るよ。時間はかかるけどね」

「それは、お嬢様もお喜びになりますね」


 俺の返答を聞いて、メノウはにこにこ笑った。

 なんだ、内容は知ってるんじゃん。


 ま、いいけど。


 さて、妹用の指輪…細くしないとな。で、できたら兄貴と同じ術式……むりだろお!

 でも、ここで差は付けたくないよな。誰も術式のことなんか解らないとしても。

 うーん、とりあえず風と水のモチーフでデザインを先に考えるか。女の子なんだから、花なんてどうだろう?

 デザインに現実逃避してしまった…だって、術式をどうするかが、ネックなんだよ。妹用なら、メノウたちより小さくなるだろ、そこにどうやって刻めば…


 いっそ、拡大鏡とか作ったらどうだろう?

 拡大鏡があれば細かい作業も少しは捗る?


 作ってみるか…


 えっと、まずガラス…は硅石と灰? あと、石灰?

 もちもちに聞いてみるかあ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る