第7話 俺、術式を考える


 俺は九歳になった。


 妹のリリーナは七歳だ。当然、誕生日になると万全の体制で精霊の祠を詣でた。

 事前に掃除の練習をするほどの力の入れようだ。祠の掃除なんて、俺が行く度にしてるから、汚れているはずもないんだけどな。

 かねてよりの宣言通り、意気揚々とフォークがついて行った。

 何を調べるつもりなんだろう。祠に大人が近付くことはできないのだから、検証のしようもないと思うんだが。何やら機嫌よく出掛けたようだ。まあ、別にどうでもいいんだけど。


 ともあれ、無事に祠詣でを終えたリリーナは、風と水の加護を得た。

 兄妹揃って加護が二つな訳だ。

 目出度いことだが、自己申告一つの俺は、本当に出来が悪いと安定の落としを特定一名から食らった。


 いや、もう、いーんだけどな。本当にな。

 そんなことに構っていられるほど、俺も暇じゃないし。


 別に精霊の加護を得てから、魔物狩りばかりしていた訳ではない。

 まあ、確かに始めの頃は、魔物狩りの方が力の使い方が分かりやすくて面白かったけど。

 メインで魔物狩りをしていたフェルマー領は双子が精霊の加護を得てから魔物が激減した。

 完全に魔物がいなくなるのに六ヶ月くらいかかったな。

 魔物がいなくなったら、俺がフェルマー領に来る意味はない。


 双子たちにそれを告げたら泣きそうな顔をしたけど、こればっかりは仕方がない。


「もう、フェルマー領には来てくれないの?」

「魔物がいないんじゃね。俺、魔物狩ってレベル上げてた訳だし」

「レイと会えなくなるの?」


 涙目双子の音声サラウンド泣き攻撃。

 泣くことか?


「別に今生の別れでもないだろうに」

「また、会えるってこと?」

「まあ、いつかはね。それまでに、もうちょっと精霊の加護の力を使えるようになっておけよ」

「「わかった」」


 半泣きの顔で、リュートとフルールは頷いた。

 こうして、いつかまた会おうと言う約束を交わして俺は双子たちと別れた。


 その後、フェルマー領を越えた領地に魔物が出るらしいから一度だけ行ってみたが、行って帰るだけで終わった。

 移動時間がかかり過ぎて、これでは意味がないので、フェルマー領の逆方向の領地に行ってみたら、こちらは思ったほど魔物がいなかった。

 調べてみたら、この領地の先先代と婆ちゃんが幼なじみだったようだ。

 もしかしたら、婆ちゃん繋がりで加護を得られたのかも知れない。その加護がまだ残っているのかもな。


 と言う訳で、物理的に魔物狩りは終了の運びとなった。

 魔物狩りの機会が減ったら、他のことがやりたくなる訳で。

 加護の使い方に脳筋的なこと以外も試してみようと思ったんだよな。

 まあ、地の精霊のもちもちに鉱物をもらったのがきっかけでもある。折角だから、錬金みたいなこともやってみるか。金銀銅錫まであれば、結構いろんなことができるんじゃね?

 できたら、ホワイトゴールドとか欲しいんだけど。あれ、合金だっけ? 金に何を混ぜたらいいんだ? 前に一度、プラチナとホワイトゴールドの違いを調べたことあったなあ。なんとか、思い出せないかなあ。まあ、今後の課題と言うことで。

 ちょうど、父親の書斎で術式の本を見つけたから、まずは術式をメインで考えよう。


 両親が不在時、俺は書斎に入り込むことがままあった。


 使用人たちには黙認されている。多分、父親にも。

 何も言わないで完全スルーなところが、いかにも空気らしい。

 書斎には小難しい本もある。歴史、経済、魔法。

 座学でまだ学ばないことも、一応目を通している。知らないよりは知っていた方がいいだろうくらいの気持ちで。

 その中で見つけた術式の本は初心者向けとは言え、役に立ちそうだった。


 まず、術式の本を持ち帰り熟読することから始めた。

 書かれているのは、初歩的な術式ばかりだ。っていうか、初歩の初歩。

 でも、これしか教本がないので、この術式を使ってみよう。


 術式と言うのは、ある一定の魔法言語を魔法具に付与することができるってやつだ。

 術式に魔力を流すと、いろいろな使い方がある。用途に応じた魔法具に魔石をセットすれば、魔力が少ない者でも使用できる。

 身近なところでは、竈にセットされた火の魔法具やランタンの明かりの魔法具だ。

 洗濯の魔法具もあるし、浄水の魔法具もある。

 生活魔法具は、かなり重宝されているからどこの家にもある。当然、うちにもある。


 なので、俺も何か作ってみたい。

 生活魔法具は、間に合ってるからもうちょい違うの。

 守りの術式とかどうだろう。

 初歩だから、守護じゃなくて守り

 この教本じゃ、それが精一杯だ。


 何しろこの教本は、日本語で言うと平仮名を覚えてから、漢字を覚えよう。の、平仮名の本みたいなものだからな。


 ちなみに術式は言葉と紋章がある。

 言葉は文字通り言葉、力ある言葉を刻む。術式の本では、まず力ある言葉を刻み互換性を理解してから紋章を学べとあった。


 紋章は力ある言葉を図式化したものだから、確かに力の動き方を理解しないと、紋章は謎の模様で終わるだろう。

 残念ながら、書斎に紋章の本はなかった。

 ちっ、使えねー。

 仕方ない。今あるものを極めよう。


 材料は、銀から使うか。


 自室の机の上に、銀のインゴットを置く。魔力を流し加護の力を呼ぶ。すぐにインゴットは粘土のように柔らかくなった。


 それをむしり取る。

 捏ねて延ばして銀板を作った。


 これに術式を刻み込む…どうやって?


 ペンを取り魔力を乗せる。文字を書くように銀板の上にペン先を走らせれば、確かに文字が刻まれた。


 やり方は、これでいいのか?

 一応、魔力は乗ってるかな?


 B5サイズの銀板の上に、とにかく文字を刻み込む。

 順に小さくしていく。目標としては、指輪に術式を書き込みたいから、それくらい小さな文字が刻めるようになりたい。

 それに刻むだけでは、文字が磨り消えてしまうだろうから、ここに金を流して磨耗に強くしたい。

 今、金を使うと勿体無いから、銀板に刻んだ文字に、銀糸を埋め込む。


 うわ、これ細かい。

 曲線を途切れさせずに埋め込むのが難しい。


 しばらくは、細かい作業を繰り返し、練度を上げていこう。

 あとはホワイトゴールドの作り方か…

 地の精霊は何か知ってないか?


『ホワイトゴールドってなあに?』


 地の精霊はクッキーを食べながら首を傾げた。


「金に白系の鉱物を混ぜるんだと思うんだよなー」


 うろ覚えで言ってまたところで通じる筈もない。


『よくわかんなーい』

「だよな。俺も詳しいこと思い出せないんだ」


 思い出しさえすれば、鉱物は手に入れられるかも知れないのに。


『んとねー』

「お、なんだ?」


 地の精霊が膝によじ登ってきた。精霊だからか、重さは全く感じない。


 膝によじ登ったもちもちが俺の頭に手を伸ばす。

 ん? なんか思い出す方法があるのか?

 されるままにしていると、もちもちが額を俺の額に当てた。


『…あーうん。わかったあ』


 ほんの数秒で俺の膝から飛び降りると、もちもちは地面に手を当てた。


『んー。この辺にはあまりないよお』


 そう言って、地面からポコポコと銀色の球が出てきた。

 ソフトボール大のと、ゴルフボール大が三つ。


 じっと見てると、この銀球が何かわかる。


「大きいのが銀で、次のがニッケル? パラジウム? ロジウム? あーなんか思い出してきた。ロジウムは最後の加工だな…思い出してきたけど、銀ニッケルパラジウムの混合比率がわからん…全部で二十五パーセントくらいだとしか…」

『どお?』


 もちもちがワクワク顔で俺を見上げている。


「おう、ありがとなー」

『きゃー』


 感謝の意味を込めて、もちもちすると、他のもちもちたちも俺によじ登ってきた。


『ずるーい』

『僕もー』

『レノー』


 よじ登ってきた四人を平等にもちもちして、その日は終わった。






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