第6話 俺、双子に遭遇する


 精霊の加護を得て、二年が経った。俺は八歳になった。


 俺は順調に潜在能力を伸ばしている。

 槍も座学も真面目に学び、空いた時間は畑に出たり、他領地で魔物を狩ったり。


 空間収納は目標のトラック一台分を越えた。

 身体強化も順調だ。

 中位の魔物も最近では仕留められるようになった。


 魔物だけではなく、自領の獣、鹿とか猪とかを狩って持ち帰ることもある。

 空間収納のことはまだ内緒にしてるので、これらを狩った時は近くの領民に運ぶのを手伝ってもらう。

 その時は変装はしていない。


 領民にも気さくな領主家次男として、意外と受け入れられたりする。

 地の精霊の加護で、時々畑の改良を手伝ったりしてるしな。

 いつ、家を追い出されても大丈夫だぜ。


 自分の足元を固めつつ、他領地への魔物狩りも怠らない。


 この二年で、他領地の魔物が本当に増えた。

 農地は不作気味で、いよいよ下り坂傾向に向かっているみたいだ。


 うちの領地とは、領民の表情も違う。

 まだはっきりとは表れてはいないが、なんとなく暗いんだよなあ。


 近接領地が荒れると、難民とかがうちに流れてくるかも知れない。

 そうなると、治安も悪くなるから、最終的には他人ごとではなくなる。


 俺が魔物狩りをしても、焼け石に水だ。

 大した影響はない。

 この辺りからちょっと危険が減った、くらいだもんなあ。


 もうちょっと、何とかならんものか。


 一角狼を倒して、ひと段落。

 その時、悲鳴が聞こえた。

 こいつの群れに誰かが襲われている。

 俺は悲鳴のした方へと駆ける。


 目的地にたどり着くと、果たして一角狼の群れに二人の子供が囲まれていた。

 身なりは綺麗だ。この領地の貴族か。

 近くに従者の姿はない。一角狼に襲われたのか、使用人たちと離れたところを襲われたのか。


 まあ、いいや。

 二人を助ければ解る。


 俺は狼たちのど真ん中に飛び込むと縦横無尽に大鎌を奮う。


 集団で襲いかかるこの手の魔物には、先制攻撃に限る。連携を取られる前に、完全に陣形を崩せば戦い易くなる。

 俺の大鎌の敵ではない。


 あっという間に、一角狼たちを切り伏せ、残りは分が悪いと悟り逃げ出した。

 面倒なので後は追わない。

 土地勘のないところで深追いは禁物だ。

 大鎌の血を払い、魔石をモグラネズミに確保してもらったところで、俺は二人を振り返った。


「大丈夫か?」


 二人は全く同じ顔を強張らせて、何度も頷いた。


 双子だ。


 栗色の癖っ毛の男女の双子。緑色の瞳に涙が溜まっていた。


「従者たちはどこだ?」

「あっち…」


 少年が指を指す。

 悲鳴が聞こえない距離か。


「離れ過ぎだ。自業自得だな」

「だって、魔物がいるなんて思わなかったんだもの!」

「去年はあんなのいなかったんだよ」


 双子は抱き合い、プルプル震えながら訴える。今まで遭遇しなかったから、警戒せずに従者から離れてしまったのか。


「やっぱり、魔物が増えて来てるんだな」


 精霊の加護がない弊害か。


「助けてくれてありがとう。僕はリュート。リュート・フェルマーだよ」

「私、フルール!」

「フェルマー…領主様か…」


 なるほど、領主のところの子供たちか。道理で着てる服が上等だ。


「俺は…レイ…」


 うっかり名乗りそうになり、慌て誤魔化す。

 さすがに、隣の領地の次男がここにいたらまずいだろう。


「レイは強いんだね」

「まあね。俺がっていうより、この大鎌の威力が半端ないんだけどな」


 これだけの切れ味だ。中位の魔物くらいさっくりいける。それを俺の実力だと傲るつもりはない。

 っていうか、これ見る度に自分の精神状態を省みたくなるんだよな。

 今さら、精神が安定したとしても、大鎌の形状が変わる訳でもないんだけど。


「でも、一角狼をあっという間に…」


 お? 二人ともキラキラした目で俺を見てる。

 尊敬の眼差し? が、気持ちいいぞ。

 優越感、満たされるなあ。


 気分いいから、ちょっとサービスするか。


「お前ら、何か食べ物持ってる?」

「?」


 二人は首を傾げながら、ポケットか包みを取り出した。

 包みを開くと、壊れたクッキーが出て来る。

 ま、これでもいいか。


「折角だから、ちょっと付き合え」

「え?」

「上手くしたら、領地から魔物を追い出せる」

「え、どうやって?」

「私たちに出来るの?」

「お前らしかできないよ」

「…危なくない?」

「ん、大丈夫」

「じゃあ、行く!」


 双子はあっさり食い付いた。

 話が早くていいけど、お前ら大丈夫か?

 今会ったばかりの奴の言うこと聞いて。


 思わずそう言うと、リュートはにっこり笑った。


「レイは僕たちを助けてくれたもの」

「うん。レイは命の恩人だもの」


 フルールも力を込めて言う。

 うーん、そう言うことならいいけど。

 別に俺もこいつらをどうこうするつもりはないし。


「じゃあ、行くか」


 俺は双子を伴って歩き出した。

 向かうのはこの領地の精霊の祠だ。

 多分、ここからそんなに遠くない。

 双子たちは運がいい。

 俺が連れて行ける範囲に祠があるんだから。


 一時間ほど歩いたところで、祠への道が見つかる。


「ここだ」

「ここ?」

「ここが、なに?」


 さすが双子。同時に同方向に首を傾げた。


「道があるのわかるか?」

「うん」

「ここを抜けた先に精霊の祠がある。祠の周りを軽く掃除して、ポケットのクッキーを供えろ。精霊の加護がもらえる」

「精霊の加護? 迷信だよ」

「私、八歳よ? 加護がもらえるの七歳でしょ?」


 八歳俺と同じ年か。だが八歳なら問題ない。兄貴も八歳で精霊の加護をもらったんだし。


「八歳ならまだ大丈夫だよ。やってみなって。精霊の加護がもらえたら、加護が怖くて魔物が逃げ出す」


 魔物を話に出すと、双子はきゅっと唇を噛んだ。

 魔物に襲われたことは相当怖かったはずだ。しかし、加護をもらえたら、もう魔物に怯えなくても済む。


 疑いと恐怖とでは、恐怖の方が強かった。

 双子は互いに顔を見合せ、大きく頷いた。


「行こう」

「うん」

「よし、行ってこい」

「レイは行かないの?」

「これはお前らがやらなくちゃいけないことだからな。大丈夫、怖いことはないよ」


 祠にまだ精霊たちが残っているのなら、きっと双子たちを歓迎するだろう。

 うちのもちもちたちを思い浮かべる。


 あいつらは、人間が好きなんだから。


「行って、きます」


 リュートとフルールは手を繋いで、祠への道を進んだ。

 俺はその場の適当な場所に座り、双子たちを待つ。

 祠から戻って来たら、従者たちのとこまで送ってやらないといけないし。

 加護を得てすぐに領地から魔物が離れるってこともないだろう。

 だとしたら、二人きりで返すのは危険だ。

 加護の力を使いこなせるようになるには、一朝一夕じゃないしな。


 魔法について学ぶのも、王立学校に入学してからだし。


 貴族は魔力を持っているが、入学前に使いこなせる者は少数だと言う。

 入学しても物になるかは、本人の資質次第だ。しかし、これに精霊の加護が加われば話は変わる。

 俺がいろいろできるようになったのがその証拠だ。


 兄貴も風と火の加護の力を使っていると聞く。

 具体的に何か、までは知らない。

 あんまり興味ないし。

 剣の腕前から、戦闘系の強化かな、とは思うんだけど。


「レイ!」

「精霊がいたわ!」


 どれくらい経ったろうか。

 双子が頬を紅潮させて駆けてくる。


「いたか」

「いたよ。精霊って可愛いんだね」

「小さくてお人形みたい」

「話はしたか?」

「うん、僕は水の精霊と」

「私は火の精霊と」

「そうか」


 一つずつか。

 でもまあ、会えて話せたのなら良かった。

 あれ、なんか精霊逆じゃね?

 リュートが水でフルールが火?


 双子なのに真逆?

 本質が逆?

 …そこは、追及しないでおこう。


「加護の力はまあ、二人で相談しながら使えるようにしておけ」

「使えるように…」

「どうやったら使えるようになるの?」

「…さあ?」


 そこはなあ、俺がどうこう言えるものじゃないしなあ。


「帰ったら、誰かに相談しな」

「そうする」

「ぁ、その時は俺のことは内緒にしといてくれ」

「どうして?」

「うーん、俺ここの領民じゃないしな。余所者がうろうろしてるの、バレたらヤバいもん」

「他の領地の子なの?」

「そっ、だから内緒な」


 よく考えたら他領地の者が大鎌持って森の中駆け回ってるのって、普通にヤバいよな。


 どこまで黙っていられるかは、二人に任せよう。

 実のところあまり期待はしてない。

 実際、バレても俺自身はそんなに困らない。そのための変装だし。

 この姿から、フラットのレノンだってわかるはずないからな。


「わかったよ」

「絶対に誰にも言わない」


 二人は真面目な顔で頷いた。


 それから、二人を探し回る従者の近くまで送り届け、俺は全力ダッシュで別邸に帰った。




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