第4話 俺、こっそりあとをつける


 レントとマルトと別れて、自分の部屋に戻る。


 今頃、レントは屋敷のジュストを襲撃しているのかな。

 どういう話になるか、ちょっと気になるんだけど。


 おやつのクッキーを食べながら窓の外を見たら鳩がいた。鳩は俺を見ている。俺も鳩を見た。視線が合ったと思った瞬間、視界が変わる。

 窓から俺を見ている俺…シュールだ。俺の意識は鳩と同化したようだ。

 他にも音が聞こえる。どうやら鳩が見聞きしているものを俺も感じ取ることができるらしい。


 便利だ。


 鳩は多分、風の精霊の眷属か何かだろう。ありがたい。

 俺は早速、鳩を屋敷に向かわせた。


 屋敷の裏手で、レントがジュストを呼び出している。

 両親は留守だけど、両親付きの使用人はいるのだ。その目を避けたんだろう。


「レント、一体どうしたんだ?」


 年が近いせいか、ジュストの口調は砕けている。


「まずは話を黙って聞いてくれ」

「? わかった」

「先ほどレノン様がお帰りになった」

「レノン様…マルトに付いて森まで行かれているのか…」

「お独りで生きて行こうと考えておられるんだ」

「そうか…」


 ジュストは顔を曇らせる。

 子供なりの決心を痛ましいと感じているようだ。兄貴付きの使用人からも、俺は憐れまれている。


「その森で『精霊の祠』を見つけ、加護を頂いたそうだ」

「精霊の加護? そんなものを信じているのか?」


 ジュストは呆れるように僅かに顎を逸らした。ジュストにとっても、精霊の加護はおとぎ話なのだ。

 が、レントはそのまま続けた。


「事実だ。俺はレノン様が地の精霊の力をお使いになるのを見た。別邸の裏の畑に大きな穴を開け、直後に塞がれたんだ。あれは幻ではない」

「大きな穴?」

「熊くらいは落とせそうな穴だった。しかも、レノン様がおっしゃるには、子供であれば誰でも加護を頂けるそうだ」


 レントの言葉にジュストの肩が跳ねる。初めて顔色が変わった。


「まさか…リオン様も…?」

「恐らく」

「本当であれば、とてつもないことだぞ!」

「そうだ。とんでもないことだ。だが、精霊の加護を頂けるのであれば、リオン様にとって大きな力になることは間違いない。ひいては、フラット家にとっても…」

「! 私が決められることではない。待っていてくれ。アルバート様にお伺いしよう」

「わかった」


 ジュストが屋敷へと引っ込んだ。アルバートを呼びに行ったのだ。

 今はもう、兄貴の稽古を終え、屋敷で休憩している頃だろう。


 割りとすぐに、ジュストはアルバートを連れてきた。


「レント、ジュストの言ったことは本当なのか?」

「はい」


 簡単に説明したのか、アルバートは前置きなしにレントに確認する。

 レントは強く頷いて見せた。


「そうか。ならば、すぐに確かめよう」

「今すぐですか?」

「早い方がいいだろう。そうだ、遠乗りをするか。馬で行けばそれほど時間もかかるまい」


 さすがアルバートは決断が早い。

 下手に出遅れる方が面倒なのだとよくわかっている。

 主に母親とか母親とか母親とか。


「馬の準備を致します」

「リオン様も呼ぶように。レント、他に何か用意するものはあるか?」

「マルトに確認して参ります」


 言うと、レントは別邸に駆け戻った。

 畑にはまだマルトが残っている、と言うかレントを待っている。


「マルト!」

「ああ、どうだった?」

「遠乗りの名目ですぐに確かめることになったよ」

「はっ、さすがアルバート様だ。話が早い」

「それで、マルトに供を頼むことになるが、何か必要なものはあるか?」

「確か…レノン様は祠を掃除して、菓子を供えたと…」


 俺との会話を思い出しながらマルトが言う。


「掃除…何がいるんだ?」

「箒で良いんじゃないか」

「わかった」


 レントは別邸の中に駆け込んだ。すぐに小さな箒と手籠を抱えて戻って来る。

 レントも必死だな。籠の中身はなんだろう。今食べてるクッキー?


 そうこうしているうちに、アルバートたちの準備が整ったようだ。本当めちゃめちゃ早いな。

 展開が早すぎて、兄貴だけが怪訝そうな顔をしている。

 レントが用意した小荷物はマルトが預かった。


「マルト、済まないが案内を頼む」

「畏まりました」


 そうして三人は精霊の祠に向かった。


 アルバートと兄貴は馬だが、マルトは徒歩だ。まあ、マルト用の馬はいないしな。

 たまに馬車、しかも荷馬車に乗るくらいだ。


 ひとり徒歩で大丈夫かと思ったら、問題なかった。

 マルトは二人に遅れることなく、馬に付いて駆ける。


 すげー。

 マルトの身体能力半端ない。

 そりゃそうだよな。

 魔物の調査もしてるんだ。万が一魔物に遭遇したら、戦うにしても逃げるにしてもそれなりの能力がなかったら死ぬし。


 林を抜けて、さっき俺と合流した辺りで三人は止まった。


「この辺りか…?」

「恐らく」

「? アルバート先生、遠乗りに来たのではないんですか? ここに何かあるんですか?」


 馬を降りても兄貴は戸惑っている。

 説明してないのか。そんな時間もなく出発したんだっけ。


「リオン様、この近くに精霊の祠があるそうです。祠への道は見えませんか?」

「精霊の祠、ですか?」


 兄貴は何とも言えない顔をした。

 うん、大の大人におとぎ話について語られても困るわな。


 相手がド真面目なアルバートだから、からかわれている訳ではないのだけは確かだから、逆に何も言えないんだ。


 アルバートはゆうるりと頷く。


「存在は確かです。祠に行けば精霊の加護を得られるそうです」

「本当ですか!」


 兄貴の目が輝く。

 精霊の加護は、さすがのパワーワードだった。


「その検証をしたいのです」

「わかりました」


 兄貴はアルバートの意図を察した。

 加護を得られる機会があるのならば、試さない手はない。

 無駄足を運ぶことになるかも知れないが、あくまでも検証なのだ。

 それも含めての、ことなのだ。


 兄貴は周囲を見回す。

 が祠への道はすぐには見つからない。

 ここで時間を取られるのも何だし、ちょっと手を貸すか。


 くるっぽー。


 入り口付近で鳴いてみた。


 くるっぽー、くるっぽー。


 こっちだよー。


 の気持ちを込めて鳴くと、兄貴がこちらを見た。そして首を傾げる。

 気付いたな。

 気付きさえすれば、後は簡単だよ。


「アルバート先生、ここに道のようなものがあります」


 兄貴の言葉に、アルバートとマルトが歩み寄る。


「マルト、わかるか?」


 アルバートの問いに、マルトは首を横に振った。


「…わかりません。リオン様、本当に道があるので?」

「うん…」


 アルバートとマルトにはわからないため、兄貴は不安になったようだ。


「子供にしか見えない道なのだろう。ここに間違いはあるまい」

「そうですね。リオン様、これをお持ちください」


 マルトが小荷物を兄貴に指したした。


「これは?」

「箒と…菓子です」

「?」

「祠がありましたら、箒で軽く掃いて、菓子を備えてください。精霊が現れるそうです」

「わかった」


 兄貴は小荷物を手に強く頷いた。


「行ってきます」

「加護を得られることを祈ってます」

「はい」


 兄貴は迷いなく、精霊の祠へと向かった。

 もう、大丈夫だろう。

 俺は鳩から意識を剥がした。

 祠に行けばまず問題ない。


 後は、レントからの報告を待とう。

 兄貴はどれだけ加護を貰えるんだろう、楽しみだね。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る