第3話 俺、精霊のことを教える


 死神の大鎌は、刃の部分がきらきらしていた。素地が黒のオパールのようで綺麗だ。

 それを見上げて立ち尽くしていると、


『おちつけー』


 赤い髪が頭に張り付く。


『怒っちゃダメだよー』


 緑の髪が背中に張り付く。


『笑顔だよー』


 青い髪が右足に張り付く。


『しんこきゅー?』


 茶色の髪が左足に張り付いた。

 四人のもちもちは揃って、俺を宥めにかかった。


 うぉい、なんで俺を宥めてんだよ。

 え、これってもしかして、俺の精神状態が形になったってこと?

 俺、こんな尖りまくりなの?

 こんな凶悪な精神状態なの?

 もう、尖ったナイフとか可愛いレベルじゃん。


 思わず力が抜けて大鎌から手を離す。と、大鎌が消えた。俺はその場に座り込んだ。

 途端、もちもちたちが俺に抱き付いてくる。

 俺はもちもちたちをもちもちしながらため息をついた。


「俺…もうちょっと、余裕持てるように頑張るわ…」

『ゆっくりねー』

『のんびりー』

『しっかりー』

『しんこきゅー?』

「ああ、うん。深呼吸な?」


 うあー癒される。

 もちもち効果半端ない。

 でも、精霊なんだよな。結構凄い加護くれるんだよな。


「そういや俺六歳だけど、加護貰っていいのか?」


 七歳の誕生日じゃないとまずいんじゃないのか? 今日、誕生日ですらないけど。


『いいよー』

『大丈夫ー』

『子供ならいいのー』

『大人はダメー』

「子供ならいいってことは、八歳の兄貴もいいってことか?」

『うん』

『大丈夫ー』


  もちもちたちが頷いた。

 そっか、兄貴もここに来たら加護を貰えるんだ。良いことを聞いた。


「じゃあ、兄貴が来たら頼むな」

『りょーかーい』


 良い話も聞けたし、そろそろ帰るかな。


「俺、また来てもいいか?」

『いいよー』

『いつでも、いいよー』

「菓子また持ってくるからな」

『わあい!』

『たのしみー』


 万歳して、もちもちたちが不思議な躍りを踊る。喜びの躍りらしい。微笑ましいなあ。


 俺はもちもちたちと約束してもと来た道を戻った。

 少しすると、いつもの待ち合わせの大岩にマルトがやって来た。

 意外ともちもちたちと過ごしていたみたいだ。

 きゃわきゃわを見てるだけだから、そんなに経っていないと思ったのに。


 森から戻って来たマルトは、俺を見て首を傾げた。


「…坊っちゃん、何かありましたか?」


 鋭いな、おい。

 もしかして、精霊の気配を感じとったのか?

 さすがマルト。でなけりゃ、魔物調査なんかできないか。


「さっきね。精霊に会ったよ。それで加護を貰ったんだ」


 俺は素直にあったことを話す。

 兄貴にまで話を持って行こうと思ったら、ここで大っぴらにした方がいい。

 あ、念のため、加護は地の精霊だけにしたけどな。

 さすがのマルトも加護の数まではわからないらしい。

 っていうか、マルトは俺の話を難しい顔で聞いている。


 もしかして、疑われてる?


「精霊の加護…確かに精霊の気を感じる…あれはおとぎ話じゃなかったんですかい」

「みたいだね」


 マルトもおとぎ話だと思っていたクチか。ま、そうだよな。俺だって、つい先刻までそう思ってたし。


「精霊の祠…今までそんなもの、見たことないですよ」

「子供しか行けないし、子供しか貰えないって言ってたよ」


 補足するなら、精霊が見えるかどうかは人に因るとか。ま、これは言わなかったんだけども。


「祠まで行けば、加護が貰えるってことですか…」

「うん。祠の掃除をちょっとしてね、クッキーをあげたよ」

「……この話をレントにしてもいいですか?」


 レントから兄貴付きの執事ジュスト話が行くのは間違いない。

 むしろ、一刻も早く話を回して欲しいものだ。


「いいよ。兄上も加護を貰えるといいね」


 ま、大丈夫だとは思うけどね。


「じゃあ、戻りますよ」

「うん」


 俺たちはすぐさま別邸に戻った。

 いつもよりマルトの足が速い。表情では解らなかったけど、かなり焦っているようだ。

 さっさと話を回したいのは俺も同じだから、構わないんだけど。

 でも、コンパスの差をちょっとは考えてくれないかなあ。

 別邸に着くと、裏手に回り、マルトは執事のレントをすぐに連れてきた。


「ハンス、どうしたんだ? そんなに慌てて」


 シドは怪訝そうな顔で、マルトの後をついてくる。

 そして、俺の存在に気付いて一礼した。


「レノン様、お帰りなさいませ」

「ただいま、レント」


 にっこり笑って答えると、すぐにマルトが割り込んできた。


「レント、とんでもないことが起きた」

「とんでもないこと?」

「森の精霊の祠で、坊っちゃんが精霊の加護を得た」

「は?」


 レントはマルトが何を言っているのか、瞬時に理解できなかったようだ。微妙な顔で首を傾げる。


「精霊の加護だ」


 マルトは繰り返した。


「精霊の加護なんて…おとぎ話だろう?」

「真実だ。現に坊っちゃんは加護を得ている」


 おとぎ話として冗談にしてしまおうとするレントに、マルトはにこりともしない。

 レントは怪訝そうな顔のまま、俺に視線を移した。


「レノン様、本当に加護を頂いたのですか?」

「うん、地の精霊にもらったよ」


 俺は元気よく答える。レントは額を押さえた。

 許容量オーバーで頭が痛くなったようだ。


「加護を…いや、しかし……」


 ぶつぶつ言っているが、簡単には処理できない。

 マルトは大きな息をついた。


「坊っちゃん。加護の力を使えますか?」

「力? うん、出来ると思う」


 物理的に証明した方が早いよな。

 百聞は一見に如かず。とか言うしね。

 まあ、俺もどれだけ出来るか判らないんだけど。

 マルトの言葉に頷き、俺は耕し待ちの畑に出ると地面に両手を置いた。

 力の使い方はわかっている。っていうか大して難しくはない。

 精霊に頼めばいいだけだ。


「穴開け!」


 そう言うと、一瞬で地面にでかい穴が開いた。直径二メートルくらいか。猪どころか熊を落とし込んでも仕留められそうな穴だ。大きさも深さも申し分ない。単純な指定なので特に難しくもない。


 ドヤ顔で二人を見上げると、マルトはやはりと何度も頷き、レントはポカリと口を開けている。魂、抜けるぞ。


「坊っちゃん、穴はそのままだと困ります」

「うん、わかってる。じゃあ、穴戻れ!」


 一瞬で開いた穴は、一瞬で元に戻った。

 地面の色はちょっと違うし、ちょっとふかふかしている。新しく耕したような感じになっていた。


「信じたか?」

「…………!」


 マルトの言葉に、レントは壊れた人形みたいに首を縦に振った。


「坊っちゃんの話だと、子供なら誰でも加護を貰えるらしい。場所は…」

「マルトと別れたところからすぐだよ。なんか道があるのは行けばきっとわかるよ」

「だ、そうだ。俺は全く気付かなかったが、大人には解らないらしい。だが近くまでは案内できる」

「誰でも? それはまさかリオン様も?」

「恐らく、問題はないはずだ。今日は旦那様も奥様もお留守だ。動くならば今のうちだ」

「! 今日ならばアルバート様もいらっしゃる。わかった。すぐにジュストのところに行ってくる! …レノン様はお部屋でお休みください。おやつがありますよ」

「うん、じゃあ僕行くね」


 マルトとレントの話がついたところで、俺はこの場から離れることにした。

 後は大人たちの仕事だ。もう俺にできることはない。

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