第2話 俺、精霊と出会う

 精霊の祝いと言う祭りが、町にはある。


 ここオーケストル王国では、七歳になると精霊教会に詣で、精霊からの祝いを受ける。ノリは七五三である。

 おとぎ話で良い子にしていると精霊の祝いを受けられるが、悪い子は祝って貰えないというものもある。

 だから良い子でいましょうという解りやすい教訓話だ。

 しかし、貴族子女にはこの教訓話が多少違った形で伝えられている。

 領地のどこかに『精霊の祠』というものがあり、七歳の誕生日に詣でると精霊の加護が得られると言うものだ。

 真偽のほどはわからない。

 少なくとも現在は、精霊の祠を詣でるなんて慣習はない。そもそも、祠がどこにあるかも解らない。と言うか、存在しているかも定かではない。


 と、言うのが、俺がルピウからの絵本の読み聞かせで要約した結論だ。


 なぜいきなりそんな話をしたかと言うと。

 目の前にある古ぼけた祠が、もしかして『精霊の祠』なんじゃないかと思うのだ。


 俺は今日も、マルトに付いて林まで来ていた。屋敷の北西の林は森に繋がっている。

 マルトは森の様子を調べに行った。他所の領地では、近頃魔物が出現していると聞く。フラット領にその兆候があるのか調べるのが、マルトのもうひとつの役目だった。

 万が一魔物が出現していたら危ないので、調査の時俺は付いて行かない。

 林に残り野草や薬草をのんびり採るのが俺の仕事だ。


 今日もそのはずだった。

 マルトと森の入り口で別れ、林へと戻りかけた時俺は道のようなものを見つけた。

 藪の合間の道は獣道とは全く違った。不思議な感じの道だった。

 魔物の気配はしないので俺は道を進み藪を抜ける。

 と小さいが綺麗な泉があり、そのほとりに古ぼけた祠があったと言うわけだ。

 かなり古い御影石っぽい祠は苔むしていて、落ち葉が積もっていた。


 もしかして、精霊の祠? なんて思ったがこんな古くてボロいんだから、そんな訳あるかとも思った。


 ただ、精霊の祠であろうとあるまいとそのままにはして置けなかった。

 前世の感覚のせいか、こういったものを放置できない。

 ほら、あれだ鳥居やお地蔵さんが設置されたところにゴミを捨てられないってやつだ。

 なんか、バチが当たりそうな気がするんだよ…

 ああ、俺って日本人…


 仕方がないので、周囲の枝を拾い集めて束ねると簡単な箒のようなものを作った。

 六歳でもこれくらいのものは作れるのだ。

 そして、箒もどきで祠とその周りを掃く。落ち葉はまとめてから拾い、藪の中に捨てた。祠の中に入り込んだ落ち葉もできるだけ丁寧に掃き出す。

 苔は、諦めた。きちんと剥がせなければ返ってみすぼらしくなる。

 落ち葉を撤去しただけでもすっきりしたから、善しとしよう。

 自分に折り合いをつけたところで、泉で手を洗い、ハンカチを出すと祠の前に敷いておやつに持ってきたクッキーを置いた。


 王都で有名な高級菓子らしい。

 兄貴がこっそり横流ししてくれたものだ。

 基本、俺に流行りの菓子やら服やらが買い与えられることはない。母親の意向とやららしい。

 それでも時々裏からこっそり持ち込まれるのは、兄貴が多目に手に入れて横流ししてくれるからだ。

 兄貴は面と向かって俺に接触してくることはない。母親に見つかれば、俺が叱られることを知っているからだ。しかし、いつも気にかけてくれているらしい。


 なんつーか、兄貴は見た目もそうだがマジ天使とかなんじゃね?

 金髪蒼眼の天使。

 ちまたじゃそう呼ばれてるらしいけど。

 本当にそうだとしても、俺は驚かないよ。


 話が逸れた。

 つまり、その兄貴から貰った激美味いクッキーを備え手を合わせた訳だ


 そうしたら、だ。

 祠からわらわらと何か出て来た。


「ええっ!」


 出てきたのもちもちの人形みたいな謎な生き物だ。

 赤い髪、青い髪、緑の髪、茶色の髪。全部で四人。

 もちもち人形はなんと言うか、○ンリオのキャラクターに似てなくもない。ほら双子の星の妖精? みたいのがいただろ?

 まじあんな感じ。身長は三十センチくらい?


 こんな小さな祠によく入っていたよな。いや、普通に考えて入りきらないよな?

 もちもちたちを俺は唖然と見つめる。


『人間だー』

『ひさしぶりー』

『トーリ?』

『お菓子…』


 よくわからんが、概ね好意的だ。

 俺は、クッキーを四つに割ってもちもちたちに渡す。


『おいしー!』


 もちもちたちは笑顔でクッキーを頬張った。


『トーリー』


 クッキーを食べ終わると、青い髪のもちもちが俺の足にしがみつく。


「誰だよ。トーリなんか知らねーよ」

『トーリじゃない?』

『でも、同じ色だよ』

「同じ色? 髪と眼のことか?」


 もちもちたちが揃って頷く。


『トーリ…トライア…』

「トライアって婆ちゃん? だとしたら、俺は孫だよ。孫のレノン」

『まご?』

『トーリのまご?』

「同じ色なら、そうなんだろ」

『そっかー』


 もちもちたちはあっさりと受け入れた。

 チョロいな。大丈夫なのか、そんなにチョロくて。俺の方が心配になるわ。


『じゃあ、加護をあげるねー』

『ひさしぶりだから』

『大サービスしちゃうよー』

『がんばるー』


 四人のもちもちは、右手を掲げた。


 はっ、加護? 大サービス?


「ちょ、待った! ストップ! ウェイト!」


 俺は大慌てでもちもちたちを止める。

 もちもちのたちは首を傾げた。


『ストップ?』

『うぇいと?』

『どうしてー?』

『なんでぇ?』

「加護くれるのは有難いけど、大サービスとかじゃなくて、普通のでいいよ。いろいろ面倒なことになりそうだから…」


 特に母親とか、母親とか、母親な。

 俺が大サービスな加護を貰ったことが知られたら、相当面倒くさいことになると思うんだよな。


『ふつー?』

「そっ、普通」

『わかったー』

『ふつー!』

『行けー』


 もちもちたちの手から、赤青緑黄の光がふよんと放たれ俺に触れると消えた。

 消えた瞬間、火水風地の加護を得たことがわかった。

 何かが確実に違う。力が溢れるようなそんな感覚だ。


「おー、加護スゲー」


 いきなり全属性の加護を貰えるなんて驚きだ。


「四つも貰っていいのか?」

『いいよー』

『ひさしぶりにお話できたしー』

『ボクらが見えて話せるのー』

『嬉しい…』


 四人の精霊が見えて話せることが珍しいのか?


「婆ちゃんは? ここに来たんだろ?」

『ステファはボクが見えたけど、話はできなかったのー』


 青い髪のもちもち、水の精霊か。


『加護も一つしかあげられなかったよー』

「姿が見えて話せないと、加護は貰えないのか?」


 と、もちもちたちが首を横に振る。


『ううん。ここに来たら加護はあげられるよー』

『弱くなっちゃうけどねー』

「そか。加護の強さが違うけど、加護そのものは貰えるのか」


 とにかく、ここに来ることが最低条件なのか。来たら何かしらの加護が貰えるんだな。

 だったら、精霊の祠詣でがなんで廃れちまったんだろう?

 やっぱりアレか? 見えない話せないだと、実感が湧かないのか。でもって弱い加護だと、そもそも気付かない?


 ありそうだな。


 婆ちゃんも姿が見えるだけじゃ、信憑性薄いもんな。

 幻扱いされたかも知れない。

 ひさしぶりとか言ってたってことは、婆ちゃん以降誰もここに来なかったみたいだし。

 大体、婆ちゃんが加護持ちだなんて初めて知ったし。


 誰も知らないのか? だとしたら勿体ないよなあ。

 なんてことを考えてると、もちもちたちは顔を寄せあって何事かを相談している。


「ん、どうした?」

『加護の力がねー』

『余っちゃったのー』

『だからー』

『レノにあげるー』


 もちもちたちはそう宣言すると、円陣を組んで手のひらを重ねた後せーので空に掲げた。

 四つの光が宙で混ざり合い一つになる。オパールみたいに四つの光がきらきら光る、うずらの玉子くらいの石になった。


「これ…」

『レノの魔力を流してー』

『今、レノに必要なのー』

『武器か防具になるのー』

『多分…』

「へえー。それは助かる」


 武器でも防具でも手に入るなら有難い。

 俺の魔力を流すってことは、俺専用になるんだよな?


 俺は手の中のうずらの玉子に魔力を流す。

 うずらの玉子はするりと姿を変え…


 武器になった。

 俺の身長より高い、鎌、大鎌だ。

 フォルムはあれだ。死神が持つ大鎌。

 実に凶悪な武器だった。


「マジか…」


 俺は大鎌を呆然と見上げた。


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