異世界転生したけど、三人兄妹の真ん中は大変なんです!

島津香

1章 三重苦編

第1話 俺、覚醒する。

 

 五歳のある日、俺は絶望した。


 発端は、二歳上の兄、リオンとの剣の稽古だった。


 今まで独りで稽古をしていたが、最低限の基礎が固まったので、リオンと手合わせをしてみようと剣術の教師アルバートが言ったのだ。

 手合わせは初めてながら結構リオンに食らい付けたと思う。今から思えばリオンが手加減していたのだが、五歳の俺には解らない。

 もしかしたら一本くらい取れるんじゃないか何て考えながら、とにかく食らい付く。

 端から見たら兄に一生懸命向かう弟とそれを軽くいなす兄と、割りと微笑ましい情景なのだが、一人だけそう受け止めなかった者がいた。


 母のピアだ。


 ピアは真っ先に俺を詰った。兄に怪我を負わすつもりかとか、それを狙っているのかとか、勝手に決め付けて最低の弟だとまで言った。

 俺はその言葉に呆然とし、周囲の者は唖然とした。

 少しでも真剣に見れば、俺が兄貴を傷つけられるだけの力がないことは簡単に解る。

 だから、アルバートは止めないし、周囲の使用人たちも止めなかったのだ。

 むしろ、兄貴が力加減を間違えれば、俺が怪我をしていただろう。

 そんな稽古だったのだ。

 俺はひたすら母親に罵られ、呆然としている間に侍女のメノウによって屋敷の北西に建てられた別邸に連れていかれた。そのまま二階の自室に閉じ籠もる。

 とにもかくにも混乱していた。


 毒親

 長男教

 搾取子


 この三つの単語か頭の中を駆け巡り、俺は芋づる式に前世の記憶とやらを思い出した。

 今でこそ、俺はフラット伯爵家の次男レノンだが、前世は日本人だった。年齢は二十五歳は過ぎていただろうか。名前は思い出せないが、普通のサラリーマンだったはずだ。

 その記憶だけは鮮明に思い出せる。と、言うのも、前述の三単語に深く係わる事があったからだ。

 同期が毒親の長男教に洗脳された搾取子だった。

 入社した時からやけに痩せていたが、仕事をしている間にもどんどん痩せて行く同期が俺は不思議でならなかった。

 何かの拍子に話を聞けば、給料の殆どを家に入れておりろくに食べていないと言う。

 当時、二二チャンで良くまとめられている搾取子だとすぐに思い当たった。

 だから何度も忠告したが、同期は『自分が家族を支えないと』と言うばかりで自分がどれだけ異常な状況にいるのか理解しなかった。

 あげくの果てに、夜勤のアルバイトを始め三年も経たない内に急性心不全とか得体の知れない病名のもと、帰らぬ人となった。


 衝撃だった。

 人はこんなにも簡単に死ぬのかと。

 その衝撃ごと、俺は前世の記憶を思い出した訳だ。


 そして、現在のフラット家の状況が果てしなく三単語に近いことも理解した。伯爵家ともなれば長男教なのは仕方がないし、多少は毒親要素があっても仕方がないないとは思う。しかし、この家は確実に行き過ぎだ。

 特に猛毒の母親は兄貴と二つ下の妹リリーナばかりを可愛がり、俺はガン無視だった。

 独り別邸で暮らしているのがその証拠だ。

 俺は物心ついた時にはもう別邸暮らしだった。

 執事のレントと乳母兼侍女のルピウユと侍女のメノウ、料理人のラルゴ、たまにやって来る庭師のマルト。俺の周囲にいる大人はこの五人だけだ。

 それ以外、父親、母親、兄、妹とまともに過ごした記憶もない。

 子供ながらも不思議には思っていた。だけど、そういうものなのだとも思っていた。それが俺の日常だったから。

 ただ、俺だけ『色』が違うから、別々なのだと言うことはわかっていた。

 母親は豪奢な金髪に碧の瞳、父親のベルンは明るい金髪に蒼の瞳。兄貴は豪奢な金髪と蒼の瞳、妹は明るい金髪と碧の瞳。そして俺は銀髪に蒼の瞳。

 明らかに違う。ただ、父親の母、つまり婆ちゃんが全く同じ色なので血筋的な問題はない。所謂、覚醒遺伝というやつなのだ。

 けれど、母親はそれが許せなかったらしい。生まれてすぐに乳母と共に別邸に追いやったのだから。

 祖母は兄貴が生まれる前に流行り病で他界したと言うから、よくある嫁姑の確執もなかっただろうに…

 単純に、自分の色を受け継いでいないことが我慢ならなかったんだろう。


 面倒くせえ。


 記憶が戻る前は、母親に認めてもらいたい欲求があったが、今はそんなもの芥子粒ほどもない。

 はっちゃけたところで、行きつく先が搾取子では夢も希望もありはしない。


 俺は、同期のようなあんな死に方だけはしたくなかった。

 葬式の席でさえ、家族に『使えない』と罵られ、金の心配だけされる。あんなのは御免だ。


 毒親は、きっと死ぬまで毒親のままだ。あの母親だって同じだ。兄貴と妹だけが大切で俺のことなんてどうでもいい。父親はただの空気。母親の言いなりで、やっぱり俺のことなんてどうでもいいのだ。


 いくら俺が頑張ったところで、現状は変わらないだろう。


 だから、俺は頑張るのを止めた。

 正解に言えば、母親に認めてもらうためにこの家のために頑張るのを止めた。

 俺が頑張るのは、自分のため俺を育ててくれた乳母や別邸の使用人のためだけにしようと思う。


 使用人たちには恩も情もある。みんながもはや育ての親のようなものなのだ。


 だから、頑張るのは彼らのため。

 そして、いつか家を出る時のためだ。

 それ以外は、もういい。


 俺は、五歳にしてそう悟ったのだ。


◇◆◇


 悟ってからの俺は、剣の稽古も勉強も適当に当たることにした。

 そもそも剣術の教師のアルバート、座学の教師のフォークは兄貴付きなのだ。

 二人とも人格者で、長男教に溺愛された兄貴が歪まず真っ直ぐ育ったのはこの二人の功績だ。

 そして、二人は放置子でもある俺をそのままにしておけないと、上手いこと話を合わせて週に一日くらいとは言え手の空いた時間に俺に稽古を付けたり勉強を見たりしてくれたのだ。

 そんな二人も件の騒ぎ以来俺に頑張れとは言わない。以前は兄貴を目指して頑張れと、遠回しに言われたものだが今はない。

 頑張っても、あの母親に潰されるのがおちだと気付いたのだろう。

 その代わり最低限のものを教えるようになった。

 最低限、身につけおいた方が良いこと覚えておいた方が良いことを厳選してくれているように思う。


 図らずも、教師陣と俺の思惑が重なったと言うことだ。

 俺は、二人から出される最低限の課題だけを特に向上心もなくこなしていく。

 表面上は、無気力にさえ見えるような生活を続けていた。


 あくまでも表面上は。


 あの一件の後俺は今までやらなかったことを始めた。

 庭師のマルトの後に付いて、林に向かうのだ。

 マルトは庭師だけでなく猟師としての能力もあった。

 マルトに教えを乞えば、薬草の知識や野生動物の知識を得られると考えたからだ。


 いきなり林に付いてきた俺をマルトは胡乱そうに見たが、事の次第を聞いていたようで追い返しはしなかった。

 俺はマルトに付いて、弓を習い獲物の捌き方も学んだ。

 お陰で食べられる野草も学んだし薬草にも詳しくなった。今、山で遭難してもなんとか生きていけるだろう。冬場はさすがにヤバいだろうこれど。

 たまに森に行くこともある。領主の御曹司とは思えないほど、屋敷の敷地を出た俺は野生児だった。

 出来れば鹿や猪を自分で仕留められるようになりたいものだ。

 そんなことを考えながら、マルトの後に続き山菜を採る俺なのだ。

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