幕間 ある校長先生の独り言




山田先生と本郷さんが出て行った後、隣の応接室に居る金森君の所へ向かう。

彼にはまだ話す事がある。


父親が見切りを付けたと知った時は取り乱して居た彼だが、本郷さんと話した後は冷静さを取り戻し現在は落ち着いて椅子に座っていた。



《はぁ本郷さんも余計なことをしてくれた。》



そう心の中でボヤきつつ金森君に声を掛ける。




「さてと。

先程は本郷さん達が居たので話すのはあえて黙っていたが、、、君、本郷さんを脅迫するのとは別に他の生徒にも手を出そうとしましたよね?

えーと、、、そうそう、足立って言う子。本郷さんの親友ですよね。

その子に『本郷さんを酷い目に合わされたくないなら俺と付き合え』って言ったそうじゃないか。録音音声聴いたよ。

いやぁ、ひどいねぇ。

まぁいつもなら明るみに出そうになればお父上がどうにかしてくれていたようだが、、、今回はもうーーー終わりだね。」




「ーーーあぁ脅した。、、、ふんっ、もう逃げねーよ。」




こちらを見て静かに頷く彼の目には動揺も諦念も無い。ただ事実をそのまま肯定しその後の処罰を受け入れている。




「やけに素直ですね。

本郷さんに優しい言葉を貰って心を入れ換える気になったのですか?

ーーー彼女の罠かもしれないのに。」




こんな反応じゃあ詰まらない。

あえて本郷さんの名を出し揺さぶる。




「罠だったとしてももう良い。」




またもやつまらない反応だ。

もっとみっともなく足掻く姿を見たかったのにこれじゃあ使えない・・・・じゃないか。

煽っても無駄ならば仕方がない。違う方向から行くか。




「まぁそれはさておき、先程も言った様に君のお父上から処分を任されたんだけど、、、ね。

こちらとしては君が″我を無くし、騒いで暴れて手が負えない”って伝える予定だったんですよ。

ーーー″このままじゃ話が公になってしまう、どうしよう″ってね?」




私が言った意味をちゃんと汲んでくれた様で呆れ顔でため息を吐く金森君。




「ーーー父に泣きつけばいいんですか?」




「おや?協力してくれるんですか?

これは助かりますねぇ。

以前の君だったら逆に此方の足元を見て脅してくるかと思っていましたが。この短時間でどんな心境の変化があったのやら。」




何か気に障る言葉があったのかそっぽを向き乱暴にテーブルを蹴りつけた。まだ小物感は全然抜けていない様子。

目を逸らしたまま言い訳がましく話し出す。




「そんなんじゃない。アイツは関係ない。

腹黒そうなあんたに逆らうよか俺を見捨てたクソ親父への腹いせをした方が得だと思っただけだ。」




いや、やはりただの言い訳か。

誰かに・・・影響されたと思われたく無いのだろう。子供かと思うほど稚拙な答えについ笑いが漏れる。




「ははっ、そう言うことにしておきましょう。

いやはや、実は君のお父上にもう少しこちらの我儘聞いてもらいたかったので正直助かりますよ。お父上の金と権力は素晴らしいですから。

、、、まぁもし君が私の話を聞いてくれなかったら、知り合いの精神病棟に叩き込んで一生をそこで過ごしてもらおうかと思っていたので本当に良かったです。

ーーー病院側もそんなの迷惑でしょうからね。」




私がそう言ってニッコリ笑顔を浮かべれば、彼の額から一筋の汗が垂れ、その顔を引き攣らせいた。



少しは危機管理はできるようで安心した。これでまだ噛み付く様ではこの先使いようがない。




「ではうちの秘書を同行させるので名演技を宜しく頼むよ。

上手く行ったならその後の私の対応に期待してくれて構わないよ。」




そのまま秘書と共に応接室を出て行く彼を笑顔で見送る。



ドアが閉まり静寂が訪れる。




「さて、金森君への対応には不満があるだろうが、その他はあんな感じで良かったかな?

ゆうちゃん。」



私は校長室との間の内扉へ話掛ける。

開けずともそこに居るのは分かっていた。




「うん十分過ぎるくらいだよ、叔父さん。」




ゆうちゃん事、夕子は安堵した様子を見せた。



私はこのA学園高等学校の理事長兼校長である。

そしてここに居る足立夕子の叔父にあたる。夕子の母親が私の姉なのだ。


デイトレーダーとして自由気ままに過ごしていたある日、経営下手な義兄夕子の父親を助けて欲しいと姉に頭を下げられ、嫌々ながらも理事を代わりここまでやって来た。

が、そろそろ自由気ままな生活に戻りたい所だ。




「それにしてもゆうちゃんはもう少し上手く立ち回れなかったのかい?

あんな小物に手間取っていたなんて。」




「ーーーゆづ葉が自分でやりたいって言うものだから、、意思を尊重してあげたくて。。」




「もう!そんなこと無視してさっさと本郷ちゃんを囮にしてすっぱり解決すれば早かったのに。金森君、本郷ちゃんに手を出す気満々だったんだからその時に踏み込めば一発アウトだよ。」




「そんな事したらゆづ葉が傷つくーーー」




「って言ってる間に彼女が退学届を書く羽目になってれば世話がない。

彼女の性格熟知してるんだろ?こうなる事は目に見えていた。

それで泣く泣く私に頼る事になっちゃったと。」




そう言うと唇を噛み締めて俯く夕子。

少しいじめ過ぎちゃったかな?




「まぁ、ゆうちゃんに言って居なかったけど、元々金森君は生徒漁りを現行犯で捕まえる為に我が校に迎え入れてたんだよ。

その後に前の学校の汚職の件を適当に証拠をでっち上げて観念させようかと、ね。

ゆうちゃんには本来金森君に誑かされる役を頼もうと思ってたんだけどらあらぬ方向からゆうちゃんがあいつに絡んで来たもんだからそのまま利用させて貰ったんだ。

だからある意味ゆうちゃんの行動は都合が良かったよ。」




そう言うが夕子の浮かない顔は変わらない。




「さてそれはまぁ良しとして、、、私はゆうちゃんの″お願い″をきちんとこなしたよ?

本郷ちゃんの退学届、山田君の退職願の棄却とその二人の関係の黙認ね。

だから夕子・・、君もこの仕事に見合う対価を払うべきだろう。

私がして欲しいこと、、分かって居るよね?」




そう言うと途端苦虫を潰したような顔になりため息をつく。




「分かっています。ーーー今まで自由をさせてもらって居たけど、本腰入れ励みます。

そして、叔父さんの代わりに学園を引き継ぎます。」




私の満足いく答えを述べる夕子。




「いやー、良い姪がいて叔父さんは嬉しいよ。

そんな姪が大切にしている本郷ちゃんだもん、私も益々大事に扱うよ。」




夕子が嫌そうな顔をする。本郷ちゃんの事になるとポーカーフェイスが崩れる所がまだまだ子供だ。




「で、その本音は?」




「ふっ、カリスマ生徒は使い勝手が良い。カリスマは扇動しようとせずとも皆がそれについていく。

あの金森だってそれに引きずられて簡単に言う事を聞いた。

ふふっ、あの時の金森の顔を見せてやりたかったよ。

父親に見限られた絶望的状況から、嘘偽りの無い彼女の慈悲深い言葉によってすぐに絆されていた。

彼女は本当に使える素晴らしい人材だよ。」



夕子の口が大きくゆがみ鋭い視線を寄越した後、大きなため息を吐く。



「ーーーやっぱり叔父さんは怖いよ。

私がお願いしなくてもゆづ葉の事は動くつもりだったんでしょ?

あえてギリギリまで動かなかったのは私に大きい借りを作る為。違う?」




「流石ゆうちゃん、半分正解だよ。

でも残り半分は違うよ。

別にカリスマに頼らなくても全然問題ないからね。ダメならダメで切り捨てて、別の方法を取るだけさ。

世の中そこまで重要な人物なんて居ないよ。代わりはいくらでも作りようがあるんだ。

つまり今回のこれはね、ゆうちゃんがこの答えに辿り着けるかの実験だよ。

義兄さんみたいなお人好しだと学校経営なんて無理だからね。

僕と考えが近しい人の方が向いている。

まあゆうちゃんはこれからの成長を期待してギリギリ合格にするよ。」




またしても大きなため息を吐く夕子。




「不合格で良いんだけど。。」




「だーめ。ゆうちゃんには私の後を引き継いでもらうんだから。

私が我慢してここに居るの知ってるでしょ?

ゆうちゃんは義兄さんと違って、統率力はもちろん、人心把握に冷徹さもあって適任なんだから。

まぁその能力を全部本郷ちゃんの為に使ってるのが完全に能力の無駄遣いだけどね。」




これまで夕子のサポートをしてあげていた。

主にゆづ葉ちゃんの情報操作だったけど、これも上手く使えば学校の利益になる。


もうそんな夕子も三年生だ。

そろそろ作り上げていた″出来ない夕子″を卒業して本気を出してもらわないとね。

学園全てを明け渡す為にも。。。




「ーーー嫌ならお父さんの代わりなんてしなきゃ良かったのに。

お母さんに頼まれて断れなかったとか、、お人好しじゃん。。。」




「ん?何か言ったかな?夕子?」




「いえ、何も~。」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





学園の隅、日の当たらない花壇に山田先生と本郷ちゃんが居る。


私が近付くと緊張する山田先生とは違い、本郷ちゃんは満面の笑みを浮かべ、元気よく挨拶をする。




「おはようございます、校長先生。」




「はい、おはよう。今日も元気ですね。」



いつものように笑顔を貼り付け挨拶を交わす。

すると


「校長先生なんか嬉しそうな表情してますね、何か良いことがあったんですか?



そう言われたがそんな表情をした覚えはない。いつもの笑顔を貼り付けた筈だ。


確かにゆうちゃんの決意で心が浮ついては居たがーーー


だが、彼女はそんな些細な変化を読み取ってしまえるのだろう。


なるほど、ゆうちゃんが熱を上げるのも分かる。

自分自身を曇りなく見てくれる人に惹かれない人はいないだろう。




「ふふふ、内緒です。

山田先生も本郷さんもいつまでも仲良くね。」



顔を見合わせて苦笑いを浮かべる二人を微笑ましく思いながらその場を後にする。




ゆうちゃんはまだまだだと思って居ましたが、いやはや私のポーカーフェイスもまだまだのようですね。





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