第33話
ジャーーー、キュッ。
ビーカーの洗浄を終え水分を紙ペーパーで拭き取りながら雑誌を読んでいるリクさんを見る。
ここは化学準備室。
不本意だが室内にはリクさんと私の二人だけである。
「終わったら、次〜小テストの採点な。」
雑誌から目を離さず気怠そうな声を発する。
こんなふうに朝、化学準備室に通い出して2週間が過ぎた。何か話すでも無くこうして雑用又は資料作りをやらされる日々が続く。
その日々で分かったのはリクさんに教師としての資質が皆無と言う事だった。
最初のうちは産休前の佐藤先生が残した引き継ぎ分の資料で授業を行っていたみたいだが、その分の資料が底をつくと自分では何もせず私に授業進行のスケジュールや解説資料作り、小テストの作成をさせていた。
そんなリクさんの授業は主に雑談ばかりらしい。そして後半に入ると私が作った資料を渡し熟読するよう伝え、その後確認の小テストを行うという流れ。
つまり授業らしい授業は皆無と言ってもいい。
なぜリクさんの授業担当外の私がそれを知っているかというと結城ちゃんに聞いたからだ。
彼女はこう続ける。
『配られる資料や小テストは丁寧で分かりやすくて好評なんです。なのに授業は雑談ばっかりで、、、。
なんかギャップがあり過ぎると言いますか。。。
クラスの大半は金森先生の授業が楽で良いって喜んでいるんですがーーー私は佐藤先生がよかったです。』
と微妙な反応をしていた。
《まぁ落差があるのは当然だ。アレ私が作ってるんだし》
とは言えずに
『そうなんだ、結城ちゃんは真面目に授業を受けるいい子だね。』
と頭を撫でて話をはぐらかした。
そんな事を思い出し、ため息と共に本音が漏れる。
「たまにはご自分でやれば良いんじゃないですか?丸付けなら誰でも出来ますよ。」
分かりやすく嫌味を言うが
「ふぁ~、はぁ、意味わかんない。誰でもできる事なら誰かがやれば良い。俺がやる必要無し。」
呆れを通り越して冷めた視線を送るが、面倒くさそうに欠伸をするばかりでどう思われようが気にしていないようだ。
「はぁ、、それで良く今まで教師をやって来れましたね。」
「ふっ、聞きたいか~?
女共は俺の手伝いをしたくてたまらないらしいぞ。『君だけだよ、ありがとう。』って笑顔見せりゃ生徒も教師も関係なく皆喜んで俺の言う事を聞く。いや、聞きたがる。
んで、あれよと言う間に仕事は完了。
ははっ、楽なもんだ。
まあ今はそんな面倒な事しなくてもお前をこき使えるから良いけどな。まぁ、ただーーー」
席から立ち上がりニヤニヤ気持ち悪い笑顔を浮かべながらゆっくりと近づいて来る。
避けたいが反対隣は壁、後ろは洗い場、前は机。
ここには逃げるスペースが無い。
「そろそろ
そう言って徐々に顔が近付いてくる。
息が掛かる距離まで来てーーーーーー
ガシャーン!!
割れる音と共にガラスの破片が足元に飛び散る。
「すいません、
冷めた目で見れば「おぉ怖い怖い。」とまた元の席へ戻っていった。
「あーあ、顔が良くてもこの性格じゃ萎えるわ。やっぱりか弱そうな方が色々とーーー」
ぶつぶつ言っているが放って置いて割れたビーカーの片付けをする。
はぁ、こっちこそ願い下げだ。
こんなのと対峙していると余計はじめさんの愛くるしい顔が恋しくなる。
はじめさんの顔を思い浮かべていると
「おいっ、そういやお前って休日はいつも何してる?」
と言われ、ハテナが飛び交う。
この人唐突に何を聞いてくるのだか。
はじめさんに合うんじゃ無いかと疑っているのか?
いやどうせ会っても何も話せないのに、、、。
「はぁ、週末に山田先生との約束なんてありませんよ。最近は足立さんと受験勉強をしているので基本は足立さんの家に居ますし。
ちなみに明日は私の家でお泊まり勉強会です。」
そう最近は夕子と二人で黙々とノートにペンを走らせている。
先生の呼び出しがあって以来、一心に机に向かう夕子姿はすごいものがある。
「なるほどな。ーーーならまぁ、納得か。」
勝手にうんうん頷いていて気色悪いーーー、なんてね。
ここの所私が変な動きをしていて警戒していたのだろう。
監視アプリで追跡すると基本夕子の家居て、その位置から全く動かない状態だ。
そして遠隔操作で音声を拾ってもカリカリと筆音が流れ、時折勉強内容の話声が聞こえるのみでほとんど無言で過ごしているとなると確かに若干怪しく感じる。
まあとりあえず納得してくれたなら良かったがーーーもう少し
顔には出さず気を引き締める。
「もう良いですか?採点も終わったんで行きますよ。
さようなら、よい週末を。」
そう言ってそそくさと化学準備室を後にした。
教室に戻り席へ着くと夕子がやってくる。
そこでやっと力が抜け顔も緩んだ。
ここの所疲労感が半端ない。
本来で有ればはじめさんにも癒されたいのだが、、、。
「おはよう、夕子。会いたかったー。
もっとこっち寄って!さぁさぁ!私の胸にギュッと!!!」
「また始まった~。最近多くない~?
ーーー欲求不満女。。。」
「なんか言った??何何?骨が軋むまで抱き締めて欲しいって?いいよ!!ギューーー。」
「痛い痛い!!
ごめんってば!許して~!!!」
そう言って腕にタップする夕子の耳元で囁く。
「週末、家でお泊まり会だよね。
準備万端にしておくから良さ気な時に電話してね。ーーー待ってるから。」
夕子は私の目をしっかり見据えながら深く頷く。ちゃんと
さあ長い週末になりそうだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
実はここまで来るまでに色々手を回してきた。
リクさんとの条件を守りつつ何処まで抗えるか、をだ。
書面に残していない、しかも守る価値もない条件だが敢えて私は守ろうとしている。
リクさんと同じ土俵の上で完膚なきまでに叩きのめしたいという勝手な自己満足のためだ。
その為の手段としての一つが三つの封筒だ。
中にはリクさんの裏の顔から脅し内容、5つの不利な条件に、監視アプリについてまでの詳細を全て書き連ねた。
それをそれぞれの手元に届けた。
宛先は夕子に元カノのミカさんに、そしてはじめさん。
夕子には直接手渡しで。ミカさんには無難に郵便としてだ。
最後の一通は、はじめさんと最後に話した″あの時″に本の栞として手紙を挟んで返却したので読んでくれてる筈だ。
いきなり″今話した内容を誰にも話さない″の条件を破った形に見えるがギリギリグレーゾーンだろう。
そう、夕子と一緒に黙々とペンを走らせていたのは筆談をしていたのだ。
条件を守る為と監視アプリから逃れる為に。
その日の報告や今後の計画などを練っていた。
もう一つ″はじめさんと連絡を取り合わない″もグレーゾーン。
私が一方的に書き連ねた便箋がはじめさんの手元に渡ったが、返事を貰って無いので連絡を
屁理屈と言われようとも問題ない。
このまま突き進むだけだ。
こうして手を回し来たる土曜日、ミカさんに会いに行ける状態にまで持ってきた。
もちろん目的はリクさんの過去の話を聞く為だ。
叩けば叩いた分だけ埃が出そうな人。
しかも学校で良いヒントも頂いたのでそこから突いていけそうだ。
洗いざらい暴いて追い詰めて叩きのめして、、、自分至上主義の彼に今までの行いを後悔させてあげなくては。
朝一家に来た夕子にスマホを預け、入れ替わりで家を出る準備を終わらせる。
母の服を着てウィッグを付ければ、私とは分からない。
そして最後に偽装も忘れずに。
「『おはよう夕子、いらっしゃい。さぁ今日も頑張ろうね!』」
「『おはよう~。今日も黙々と問題を解く1日が始まるんだね、、、。少しは手加減よろしく~。』」
「『はいはい、おやつあげるから。それからご褒美も検討しよう。
あっ、母さんもう行くんだ。
行ってらっしゃーい。』」
「『おばさん、いってらっしゃい。』」
手を振り玄関を出て行くのは母の服を着た私。
さぁ、出発だ。
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一通の手紙。ーーー読んでいるのは、、、。
『はじめさんへ
ここからははじめさんだけに向けた物です。
一枚目の内容を読んでもらって分かってると思うけど私はどうしてもリクさんを叩きのめしたいんだ。
ミカさんの事があっても懲りず、そして私を苦しめる為だけにはじめさんを陥れようとしているあの人が許せない。
一度本気で潰さないとあの人は変わらずまた人を陥れ傷つけると思うから。
だからお願い、手を出さずに私を見守って欲しい。
でもはじめさんの事だから″お願い″って言っても私が心配で聞いてくれなさそうだよね。
だからテストで三教科満点を取った私へのご褒美として要求するね。
一か月は絶対に手出ししない事。
絶対に学校を辞めない事。
主要三教科満点でご褒美を一つくれるって約束だったけど二つ要求しちゃったね。
でも合計で八つ満点取ったんだもん。融通を効かせてね。
私を信じていて。
大好き、、、愛してる。
ゆづ葉』
何度読んでも心が晴れない。
何で一人で解決しようとするんだ!
俺はそんなに頼りにならないか、、、。
ぐるぐる同じ言葉が繰り返される。
約束の一か月まで後二週間。
もう一つの願いは叶えてあげられないかもしれない。
だってお前は多分ーーー
懐に忍ばせている封筒に手を当てゆづ葉を思う。
お前だけにはーーーさせない。
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