第32話
机に向かい黙々とペンを走らせる。
それを書き上げる頃には太陽が傾いていた。
それぞれを封筒に入れる。用意した封筒は三つ。
これでどうなるかはまた後日。
書き終え一息ついているとピロンっとスマホにメッセージが届く。画面を覗けばはじめさんの名が。メッセージアプリを開かず画面に浮かぶ見出しのみを見る。
『今日は大丈夫だったか?』
と私を気遣う内容だった。
だが″連絡は取り合わない″と約束した為返信はしない。
それに私が返信した時点でリクさんに
リクさんが私のスマホに自分の番号を入れて居る時の事。
『条件の一つに″連絡を取り合わない″と有りますが隠れて連絡なんていくらでも取れるのでは?』
と率直に聞いた。するとニヤリと口の端を上げ、
『ふっ、俺はお前を信じてるからなぁ。心配なんてしてないさ。』
と妙に自信たっぷりに言って居たのが気になっていた。
『メールやメッセージを開けさえしなきゃ、それを証拠に信じるさ。』
そう更に付け加えられその場は納得の形を取っていたのだが、、、。
夕子と駅で分かれ帰路の間にスマホを調べることにした。
すると監視アプリが隠されていることが発覚した。
つまりメールも通話も居場所さえも、私の行動全てが筒抜けになっているのだ。
それなら確かに″心配なんてしない″だろう。私が何をしたかが分かるのだから。
本当にリクさんは期待を裏切らない程の下衆さ加減だ。
そんな監視アプリを発見したが敢えて消さずそのままにしてある。
このアプリは寧ろ私の方に有利に働くだろう。
ただ、はじめさんにメールも通話も返せない事への罪悪感だけが心を苛む。
正直に言えばスマホ以外の方法でどうとでも連絡は取れるのだが、今後の展開の為あえて遵守する。
詰まる所、リクさんに従って″連絡を取り合わない″が今の私にとっては正解なのだ。
先程のメッセージの見出しをまた眺めはじめさんへと思いを馳せる。
一ヶ月後にいつもの生活に戻れることを信じてがむしゃらに突き進むしかない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌朝、化学準備室へ行く前に校舎裏の花壇へ向かう。
リクさんが実は昔の知り合いだったと言う情報を伝える為だ。
いつもの時間より早く着いた為かまだはじめさんはきて居なかった。
ベンチに座り本を鞄から取り出し読み出すが内容が頭に入って来ずページだけが捲られていく。
「ゆづ葉!!」
と呼ぶ声と共にはじめさんが駆け寄ってくる。慌ててるのか校内にも関わらず名前呼びになっている。
心配をかけてるなとチクッと胸を刺すような罪悪感を感じながら平静を装う。
開いていた本のページに胸ポケットに入っていた紙を栞の代わりに挟み傍に置く。
「おはよう。」
挨拶をしてからベンチを立ち私もはじめさんの方へ歩いていく。
「昨日はどうした?連絡の返事もないから心配していた。」
心配の色を帯びた瞳を見ると全てを話したくなってしまうが、なんとか留まる。
多分リクさんが監視して居るはずだ。
朝ーここへ行く事は伝えてあったし監視アプリを使ってGPSで位置を把握されている。だからここへ来たタイミングも知られている。
下手を打たずに進めなければならない。
「ごめんね、昨日書き物に集中していて気付かなかったんだ。」
真実は言わないが客観的な事実を伝えることではぐらかす。
やはりはじめさんの顔は晴れない。何かおかしいと感じているようだ。
何か言われる前に話を続ける。
「そうそう昨日と言えば、金森先生はやっぱり知り合いだったみたい。
昔の顔見知りのお兄さん的?な存在かな。
昨日金森先生に声を掛けられて話しをしたら私もすぐ思い出したよ。」
自分で言っていて内容に自嘲しそうだ。
案の定、訝しげに話を聞くはじめさん。
「ーーーテスト回収時に態度がおかしかった理由は?」
そう返してくる事は想定していたので、直ぐに言葉を返す。
「あぁ、あれね。
なんでもテストを渡された時にやっと私の事を思い出したみたいで、『あっ』と驚いた拍子にテスト用紙を落としたんだって言っていたよ。ふふっ、ドジだよね!
ーーーしかも、取り繕って出した笑顔があの顔とは、、、変わってないなぁ。」
まるで懐かしむかのように話せば、はじめさんも渋い表情ながらも『そうか』頷いてくれた。
そう、確かに
本当に変わっていなくて虫唾が走る。
っと心の中とはいえつい悪態が出てしまった。
「うん、だから私の勘違い。本当に迷惑掛けてごめん。
その迷惑ついでなんだけど、、しばらくここへは通えなくなっちゃってさ。
だから私が来ないからって心配しないでね。
あと連絡なんだけどーーー」
「ゆづ葉、こんな所にいたんだ。もう全然来ないから
さぁ、約束通り昔の事を教えてあげるよ。思い出話しに花を咲かそう。」
校舎側から現れたリクさんに言葉を遮られた。
しかも、まるで私が思い出話をリクさんに望んだかのように語ってきた。
そのスラスラと自然に出てくる
「ーーーん?あぁ山田先生じゃないですか。何故ここに?」
はじめさんを振り返り今気づきましたとばかりに白々しく述べる。
タイミングが良すぎる出現にやはり監視されていたのだと確信する。
全てにおいて腹立たしいがここは我慢だと自分に言い聞かせる。
「金森先生おはようございます。
わざわざ探してくれたんですね、ありがとうございます。
花壇で日課となっている読書の途中に山田先生が通りかかったので私が声をかけたんですよ。ね?先生。」
話しを合わせてと念押しすると「あぁ」と肯定してくれた。
「なんだ、そうだったんですか。
はははっ、お恥ずかしい。
っと、いや失礼。私こそさっきゆづ葉って呼び捨てして居ましたよね。いやぁ、お恥ずかしい。
実はゆづ葉とは昔からの知り合いと言いますか、その、、兄の様に慕ってくれていたもので、、ついっ。
ーーーー学校内ですから内緒にしていて下さい。」
人差し指を唇に当てシーっとポーズを取るリクさんにはじめさんの眉がピクリと動いた。
こちらを見てそうなのかと視線だけで尋ねてくる姿に心苦しさを覚えるが、それに気づかないフリをしてリクさんに話を合わせる。
「昔の事だからあまり覚えて無いんだけどね、、、。
それより話し聞かせてくれるんですよね?早く行きましょう。」
そう言ってリクさんをはじめさんから離そうとするがこの状況を嬉々として楽しんでいるのだろう、全く動こうとはせず話を続けた。
『なんなら山田先生もゆづ葉の小さい頃の話を聞きますか?』と更に余計な事を言い出した。
「やめてください。ーーーほら行きますよ。」
と背中を押して強制的に退場する形を取れば、私にだけ見える角度でニヤニヤと口元を歪ませていた。
「ったく、ゆづ葉は仕方がない子だな。
すいません、ゆづ葉が駄々を捏ねているのでもう行きますね。」
とはじめさんに会釈した。
この一連の流れもリクさんの仕掛けた事だと分かっていても、、、苦しかった。
これで最後になるであろうとはじめさんに声を掛ける。
「山田先生ベンチに置いてある本お返ししますね。
もう、、、機会が無いと思いますから。
栞が挟んだ状態ですがそのまま使って下さい、私からのお礼と言うことで、、、。
ーーー本当にありがとうございました。」
そう言って頭を下げた。
顔をあげた時に″ゆづ葉″とはじめさんの口が動いた気がしたが、すぐに後ろを向き、振り返る事なく先を歩くリクさんを追いかけた。
《はじめさんお願い、分かって。》
そんな独善的な思いを抱く自分に吐き気がするが、自分で決めた事。
前を向き歩みを止めない。
リクさんに追いつき肩が並ぶと楽しそうに話し出す。
「上手いじゃないか。いやぁ、山田の顔は傑作だったぁ。顔色が真っ白だったぞ!
くっくっくっ、ははははっはっ、恋人を蔑ろにしてぽっと出の″お兄ちゃん″に鞍替えとはなぁ、はははっ、ゆづ葉は最低だな!」
はじめさんをダシに私をいたぶろうとしている浅ましい姿に私は無表情で受け流す。
「けっ、つまんねー反応。
まぁいいさ。卒業まで楽しくやろうや。どこまで澄ましていられるか楽しみだなぁ。ひひひっ!」
下卑た笑いで上機嫌に再び歩き出す後ろ姿にそっと聞こえぬように呟く。
「あなたとの約束は守ります。
ですがーーーその中で最大限に抵抗します。」
こうしてはじめさんとのいつもの日常は終わりを告げた。
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