第20話




いよいよ動物園デートの始まりだ。




動物園のエントランスゲートをくぐり園内へと入る。

夏休み中の為園内には家族連れやカップルで溢れかえっていた。



この人混みの中じゃ直ぐにはぐれてしまいそうだ。

はじめさんに向けて右手を差し出す。

ハテナ顔で同じく右手を出し握手する形になる。




「いやそうじゃなくて、左手出して!

で、こうだよ!」




指と指を絡めて所謂″恋人繋ぎ″の完成だ。




「逸れない様にね。

それに折角遠出してきたんだよ!今日は人目を気にせず堂々と手を繋ごうよ!」




そう言って手を繋いだまま歩き出す。

私に引っ張られる形で付いてきていたはじめさんは、直ぐに私と肩を並べて照れながら頷いてくれた。



ゲートから入って目の前にはレッサーパンダ館がありその隣にはペンギン館と続いる。

館内では愛くるしい動物達が生き生きと動き回る姿が間近で見られ、その姿に頬が緩みっぱなしになる。


隣に目をやると私と同じく頬を赤らめ目をキラキラさせているはじめさんが居た。しかしその眉間にはいつもの深い皺を刻んでいた。

夏休みが始まってから鳴りを潜めていた久々のその表情につい笑ってしまった。




「あはっ!はじめさん眉間に力入ってるよ。

愛らしい子達に大興奮って感じかな?

でもその睨みスタイル学校以外で初めて見たかも。

ーーふふふっ、やっぱりはじめさんのその表情は萌えポイントの一つだよね!

動物達に心弾ませてたのに、はじめさんに一気に持っていかれちゃったよ。」




そう言ってついニマニマしている私の横ではじめさんは眉間を指でほぐす様に触りながら




「意識してるわけじゃないんだが、長年の癖は治らないな。他に人が居ると思うと力が入ってしまう。

ーーー最近ゆづ葉の前でこの表情を見せなかったと言うなら、それはゆづ葉の前では素の自分で要られたからなんだと思う。」




そうさらっと私が喜ぶような事を言うもんだから、衝動的に抱き着いちゃったのは仕方がないと思う。

だから抱き着いたまま顔を見上げて真面目な顔ではじめさんを諭すことにした。




「はじめさん、そうゆう事は誰もいない二人っきりの時に言わないとダメだよ。私が衝動的に抱き着いちゃうの知ってるでしょ?

周りの人達の迷惑必至だよ!

もう、自重してよね。」



「っん!!俺が悪いのか!?

ゆづ葉が自重「えっ?私はムリだよ?野生動物は本能のままに生きるものだから。」」



「お前は野生動物じゃないだろ!!」




「うーん野生動物寄り?かな。

実は本郷家の家訓で『獲物は逃さずまっしぐら』って言うのがあるんだよ。」




「そんな家訓あってたまるか!」




「信じるか信じないかはあなた次第。ふふっ」




そんなやり取りをしていると近くにいる人達からクスクスと笑い声が聴こえて来た為、はじめさんは慌てて私の腕を引っ張り展示スペースを後にした。

慌てるはじめさんの姿にクスッ笑みが溢れ、引っ張っている腕をギュッと引き寄せそのまま抱き着いた。

今度は腕を組んで園内を周ろう。

こうして普段出来ない恋人同士の時間を楽しんでいた。




更に時間は流れ、爬虫類、猛禽類、草食動物と回っていき気付くと既にお昼の時間となっていた。

さあこの後どうしようかと聞く前に




「良い時間だし、そこで飯にしよう。」




とはじめさんが芝生広場にあるベンチを指差し向かっていく。周辺には木々がありその影のおかげで少し涼しく感じた。

促されベンチに座るとはじめさんのバッグから二つの包みが出てきた。片方を受け取りそれを広げると中からはお弁当が姿を表す。




「あー、その、ゆづ葉に食べてもらいたくて作ってきた。食べてくれないか?」




なんと出発時間が早かったにも関わらず私の為にお弁当を作ってきてくれたのだ。

その気持ちだけで感動だ。




「ありがとう!はじめさん大好き!

うん、食べる!絶対残さず頂ただく!」




嬉しさが溢れ子供のようにはしゃぎ、ワクワクしながら蓋を開けると色とりどりのおかずが並んでいた。



「わぁーーー、可愛いし、すごい美味しそう!!」



感嘆の声を出す。

お弁当箱に並べられたおかず一つ一つに手間暇掛かっているのがわかる。


早速頂こうとら2人共手を合わせ「「いただきます。」」と口にする。




まずは厚焼き玉子を一口。うん、見た目だけではなく味も抜群だった。

そこからは『美味しい!』『幸せ!』『大好き!』と語彙力皆無の感想を述べながら次々と食べ進めた。

そんな私をはじめさんは優しい微笑みで見てくれていた。

そしてあっという間に完食してしまったのだった。




「ご馳走様でした。

味付けが全部私好みですごく美味しくて、口にするだけで幸せで、、、うーん、となんて言うんだろう?

ーーそう!!愛情、、を感じました。」



自分で言っておいて恥ずかしくなってしまった。『へへへっ』と照れ笑いで誤魔化していると



「お粗末様です。

なら良かった。毎日、俺がどれだけ幸せか感謝してるか伝えたかったんだ。

まっ、まぁ、弁当一つだけじゃまだまだ足りないだろうけどな。」



はじめさんも私と同じ照れ笑いしながら頭を掻く。

私ははじめさんの肩にもたれ掛かり頭をグリグリを押し付ける。



「そんな事ない。量とか数とか関係ないよ。

気持ちを込めて作ってくれたのをすごい感じたよ。嬉しくて、、幸せになった。

だから私ももっともっと愛情込めてご飯を作るからね。」




はじめさんは『ありがとう』と頭を優しく撫でてくれた。そのまましばらくベンチで肩を寄せ合った。


そんな幸せな昼食を終え、再び園内を回り出す事に。



マップを見ながら目玉の猛獣ゾーンへ向かうと、より一層の賑わいをみせていた。


やはり動物園と言えばライオン!と思いきやここでの人気はホッキョクグマらしい。なんでもプールへ大胆に飛び込む姿が大迫力だそうだ。

長蛇の列になっており展示スペースまでまだ順番がある。

その間、時間があるのではじめさんがお手洗いへ行くと席を外す。

暇つぶしにスマホを見ながら待っていると後ろのカップルが何やら騒がしい。聞き耳を立てなくてもはっきり会話が聞こえた。

ギスギスした怪しい雰囲気についスマホの操作が止まる。




「あぁー、暑いし、クセーし、クソみたいに人多いし、、帰りてー。

ちっ、お前が行きたいって言うから来たが、最悪だ。」




大声で動物園ここには似つかわしくない男性の言葉が聞こえる。

周りもザワザワし出している。



「ーーーごめんなさい。

疲れたよね、、もう大丈夫だから、、帰ろう?」




暴言を吐かれたのにもかかわらず謝る女性。

弱々しい姿で下を向いている。



「あぁ″っ?!

なら最初から来たいとかぬかすな!!クソが!」




「ごめんなさい、、ごめんなさい、、」




「俺が悪いみたいアピールすんな!!」




高圧的な男性にすっかり震え泣いてしまっている女性。



これは流石にーーー見過ごす事が出来なかった。



「あのー、大声やめてもらえませんか?動物達も怯えるし、何より彼女さん泣いていますから。

帰りたいならお帰り下さい。

その方が自身も周りも幸せですよ。

あぁ、でも彼女さんはまだ回りたそうなので私がお預かりしますね。だから安心してお一人で・・・・どうぞあちらへ。」


出口を手で指し示し貼り付けた笑顔を作る。

そしてサッとカップルの間に身体を入れ彼女さんを隠す様にしてから小声で尋ねる。



「(迷惑だったなら即訂正するよ。でももし彼と離れたいと思っているならこのまま私に合わせて。)」



一瞬悩んだようだがコクンと僅かに頷いてくれたのでそのまま肩を抱き彼女と歩き出す。




「よし、じゃあふれあいコーナー行こっか。誰かさんの事はスッパリ忘れて可愛い子達に癒されようねー。」




数歩進んだ所で肩を掴まれグイッと引かれる。半歩下がったがなんとか踏ん張る。




「おいっ、待てよ。調子に乗るなよ!」




「ーーーこれ以上騒がない方が良いですよ。あなたの大声のおかげで警備員さんがもうそこまで来ている。

肩を掴まれたこの状況で私が一声あげれば確実に連れていかれますからーーそうならないよう、素直に出口へ向かって下さい。」




慌てて肩から手を退けた彼に向かってとびっきりの笑顔を作り手を振る。



「じゃあ、さようなら~。」



彼は舌打ちをしすごい形相で睨みながら出口へ向かって行った。




「目立っちゃったからとりあえずここから離れよう。」



「はい、、ありがとう、ございます。」



震える小さな声。さっきのをまだ引きずっているようだ。

彼女さんの手を引き歩き出すと、はじめさんが帰ってきた。




「なんか騒がしかったようだが、、、、震源地はゆづ葉か?」




彼女をチラッと横目で見て、その後呆れたように聞いてきた。

何か察したようだ。




「はははっ。。。」




正直に話すとお説教コースになりそうだなと苦笑いが出てしまった。



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