第3話『女神との昼休み』

 昼休み。

 俺はいつもとある場所で昼ご飯を食べている。


 悲しい話、俺に友達はいないのでこの場所は誰にも共有したことはなく、毎日レーナお嬢様の配信アーカイブを見ながら一人で悠々と昼ご飯を食べている。


 でも、ここ数日。

 変わった点が一つある。

 それは一緒に昼ご飯を食べる相手ができたこと。


「このだし巻き玉子食べていいですか?」

「いいよ」

「ん、おいしいですね。凪斗くんが作ったのですか?」

「ま、まぁそうだね。料理の技術は母親に小学生の頃から叩き込まれたから」

「お母様ですか。さぞ料理がお得意だったのでしょうね」


 学校一のクール系美少女と自然と会話ができるようになったのは、日々の積み重ねだ。

 目を合わせただけで顔を赤く染めていた初々しい俺は綺麗に消えてしまった。


 そう、慣れとは怖いもので。

 九重さんを狙っていた男連中からの視線もここ最近気にしなくなってしまった。


 まぁ、一緒に話す時間といえば昼休みの今の時間くらいで、九重さんの隣を歩くのだってこの部屋に向かってくるまでの数分。

 そんな警戒する必要は特にないと、思う。多分。切にそう願う……。


「それで、俺にお願いって?」


 ここ最近普通の日常会話をしながらご飯を食べるだけだった俺たちだが、今日は俺になんやらお願いがあるらしい。


「それがですね、新しい催眠術を凪斗くんに試したくてですね」

「なに、その実験体みたいな言い方。こわいよ……」

「不安なら私と付き合えばいいだけですよ」

「それは前々から言ってるけど――」

「わかってますよ」


 九重さんは食い気味に俺の言葉に反論した。

 別に美少女だからキープしたい、なんて考えは持ち合わせてない。

 いつも、この手の話はしっかり断っている。けど、九重さんは諦めてくれない。


 告白された時は少し嬉しかった。

 でも、その時は急すぎて答えは出なかった。家に帰ってゆっくり考えた。考えれば考えるほど、『なぜ俺が?』なんて疑問がフツフツと湧いてきた。


「とりあえず新しい催眠術を試すので私の言うことを聞いてくださいね?」

「気は向かないんだけどね」

「凪斗くんを惚れさせるためです。……まず、目を瞑り、手をグーにしてください」


 俺は九重さんの言う通りにした。

 すると、グーにした俺の手の上に、九重さんは手を重ねる。


「ま、まままま待ってくださいね」


 突然九重さんの返事に落ち着きがなくなる。

 目を瞑ってるふりをしつつ、こっそりと片目を半分開いた。


 俺の正面には顔を赤くして、俯く九重さんがいた。

 ――何この状況。催眠術だよね? なんでこの人が照れてるの?


「あ、あの、大丈夫?」

「催眠術において、一番大事なのは信頼感だとサイトに書いてありました……わ、私を信じてください」

「もしかして男に触れるの初めてなの?」

「は、はい……」


 これに関して、納得しかなかった。

 けど、こんな表情をされるとこっちまで照れくさくなる。できればやめていただきたい。


 初々しいカップルのような会話が、静かな部屋で響く。

 多分ここだけ見れば付き合いたてのカップルなんだろうな、なんて俺の手を握る九重さんを見て思う。


「ちゃんと目を瞑っててくださいね!? 疑いや集中力の低下で、催眠術はかかりにくくなるんです」

「……すみません」


 催眠術師のような言動が様になってきた。この人は俺を惚れさせたいのか、催眠術をマスターしたいのか。どっちなんだろう。


 次の文化祭、九重さんを主役に催眠術を用いた劇をしたら楽しそうだな。

 いや、九重さんがするわけないか。


「次に、手の力を……」



 そのあと、催眠術に必要な一通りの工程を終えた。

 催眠術の内容は前回と同じ、『私に恋をしない』的なものだった。


 結果は――お察しの通りだ。



 昼休みの終了五分前を知らせる予鈴が響く。

 残念そうにしてる九重さんを横目に、俺は弁当箱を片付ける。


「あ、凪斗くんに一つお願いがあったんです」

「今日二つ目のお願いだよ、それ。別にいいけど、催眠術は一日一回にしてね?」

「っ……今日は失敗しました。わかってます! お願いというのは今度、その……」

「ん?」


 歯切れの悪い九重さん。俯いて、いつもと違う雰囲気を出している。


「――今度、私に料理を教えてくれませんか?」




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 誰もいなくなった放課後の教室。

 カラスの声と部活に励む学生の声が交じっている。


「うぅ〜……」


 今日の私の顔はいつもより火照っていた。

 頬を手のひらで触ってみる。


 確かに、表面が熱くなっていた。


「大丈夫、私は九重胡桃……催眠術の才能があるわ……凪斗くんだってもう少しで私に惚れそうに――」


 そこまで言って、私はさらに顔を熱くする。

 きっとこれは恋のせいだ。

 人生初の恋愛。人生初の身内以外の異性。


 友達のいない私には、そういった人との距離の詰め方が分からない。


 それに――


『今度、私に料理を教えてくれませんか?』


 なんて、催眠術すらかかってない相手に、自然とデート?の約束までしてしまった……


 答えは『いいよ』だった。



 …………。


 ………………。


 ……………………。



「うぁあああ……」



 悶える。

 悶え死にそうだ。

 進歩している、と言えるのだろうか。


「楽しみだなぁ……」


 凪斗くんに料理を教わっている後ろ姿を想像して、私は来る日に向けて心を踊らせるのだった。



 ――教室の後ろ。廊下に通ずる扉から覗く視線に、九重胡桃が気付くことはなかった。

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