第1話 『帰り道』

 あの一件が終わり、九重さんと解散したあと、俺は早歩きで家を向かった。


 俺の家は学校から徒歩十分くらいの場所に位置するマンションだ。間取りは2LDK。高校生の一人暮らしには十分すぎる広さ。


 セキュリティも万全で、エントランスのオートロックはもちろん、自分の部屋の扉もカードキーで作動するタイプ。


 これでも駅から少し離れているため、値段はそれほど高くない。が、何度も言うが高校生の一人暮らしには十分すぎる。



 親が特別金持ちというわけではなく、大きな要因と言えば過保護だから。

 よく言えば愛が強い、悪く言えば束縛が激しいことが特徴の両親だ。


 昔から色々な習い事を強制的にさせられた。将来苦労しないためと教えられ、幼少期にかなり苦労した。

 俺には金を惜しまない両親だった。そんな束縛から逃げるように俺は家を出た。


 十分なほどの仕送り。親から逃げられた開放感。

 不満も寂しさも特になかったが、部屋の広さに比例して孤独感はあった。


 今ではそれも慣れた。


『推し』ができたからだ。

 俗に言うVTuberというものだ。3Dモデルに声を当て、ゲームや食レポ、視聴者と話したり等。色んなことをしている配信者。



 推しの愛称は『レーナお嬢様』。公式に発表している正式名称はロレーナ・ブリュンヒルデ。愛称を聞いてわかる通り、ファンタジー世界のお嬢様設定だ。


 そんなレーナ様の新衣装お披露目会が今日の午後六時から生配信で始まる。

 スーパーで夕食の材料を買っていきたいところだけど、そんな時間はない。


 催眠術に掛けられる予定が急遽入ったせいだ。

 と、心の中で愚痴っているとポケットのスマホが震えた。


 足の動きを緩めて、スマホを取る。

 通知は九重さんからだった。

『今何してますか?』という文字が書かれた看板を両手で持つ熊のスタンプ。


『今帰ってるところです』と返信。


 それに対して、九重さんからの返信は秒だった。

『気を付けて帰ってね』という文に、先程の可愛らしい熊が手を振ってるスタンプも添えられている。


 今思えば、催眠術の話をしていなかったら九重さんがこんな性格をしているなんて知る由もなかったんだろうな。


 いつも怖い顔をしているような気がして。誰も近寄らせない雰囲気を漂わせて。


 でもそれは見ている側の勘違いなのかもしれない。ちゃんと話せばこうやって素直に気持ちを言葉にしてくれる人間なんだと思う。


 催眠術は、少し方法を間違えただけだと思うけど……。


 そんなことを思っていると、またスマホが揺れた。


『それと、催眠術のこと他の人に言ったら凪斗くんが一年生の時にメイド喫茶に入ったこと、言いふらしますから!』


 その文面に俺は言葉を失った。


 ナチュラルな名前呼びは置いておくとして。

 九重さんから送られてきたのは誰も知らない俺の唯一の秘密。寂しさを紛らわせるために立ち寄った人生初のメイド喫茶。


 入ったのが人気店ってのもあって、多くの人で賑わっていた。メイドと話すことも少なく、正直人見知りの俺では楽しさを感じなかった。だから行ったのはその一度きり。

 学校の人間に見られないようにマスクも付けていた。


 でも、ちょうどそこを九重さんに見られたということだろうか。



『分かってるよ。絶対言わないよ。だから、そのメイド喫茶に関しては忘れてくれない?』


 できるだけ平然を装って返信する。


 怒っているのか笑っているのか分からない表情をしたクマのスタンプが返ってきた。

 これは一体どういう意味なのでしょうか……。


 それと同時に、画面上に新しい通知が出る。


『通知設定している配信が開始5分前になりました』


 俺は左上の時間を確認する。

 時刻は17:55分と表示されている。



 そう、気付けばレーナお嬢様の配信まで残り五分になっていた。


 九重さんの返事はとりあえず後にしよう。

 俺は全速力で自分の家へと走った。

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