第15話 裁判

「開廷〜〜〜!」


 夕飯を食べた後、凪沙の一言で裁判が始まった。


 夕飯を食べている最中もずっと不敵な笑みを浮かべており、俺はずっと胃がキリキリしていた。俺に全く非がないのであれば、堂々としているだけでいいのだけれど、正直少し後ろめたい気持ちもあって、無罪を強く主張することはできなかった。

 とはいえ、凪沙も俺と同じように合コンに参加しているわけで、そこを上手く突くことができれば、俺にだって勝機はある。


「えぇ、被告人はどうして嘘をついてまで、合コンに参加したのか説明してもらおうか」


 そういうテンションで進めるのか。俺もノらないとダメ? ちょっと恥ずかしいんだけど。


「俺としては、ちょっとした出来心というか、なんというか」


 合コンに参加したことは疑いようもない事実で、彼女を作りたくて参加したことに間違いはない。


「じゃあ、どうして友達と遊ぶなんて嘘をついたのかな?」

「それは……」


 なぜか凪沙に直接合コンに行くことを告げるのは、後ろめたさがあった。別に俺たちの関係性は、同居人というだけだ。合コンに参加すること自体は何も悪くない。

 それでも、凪沙に対して後ろめたい気持ちが芽生えたのは、俺自身もよくわかっていない。


 自分でも回答が出ていないので、一旦逃げよう。


「そういや、凪沙も俺に黙って参加してたじゃねぇか」

「わたしはなっちゃんから何人かで集まろーって言われて行ってみたら、合コンだっただけ。ずっと彼氏がいないわたしのために誘ってくれたみたい」

「お、俺もそんなところだ」

「ダウト」

「うっ……」


 今朝の俺の気合いの入れ方を見れば、嘘だということくらい簡単にわかってしまうのだろう。凪沙と同居生活を始めてから一番身だしなみを気にしていたのが、今日だ。

 俺が合コンだとわかってて参加したことくらい凪沙にはお見通しなのだろう。


「そもそも、凪沙には関係ないだろ。俺が参加しようがしまいが、報告する義理はないはずだ。凪沙が俺の彼女ならまだしも、そういうわけじゃないだろ?」


 一人で勝手に後ろめたさを感じていたから、俺が悪いみたいになっていたけれど、そもそも凪沙に伝える義理はないはずじゃないか。

 よし、いける。俺のペースに持ち込めばなんとかなるかもしれない。


「そうだね。わたしが訊きたいのは、どうして嘘をついてまで合コンに行ったのか。ここなの。なにか後ろめたい気持ちでもあったんじゃない?」


 凪沙は小首を傾げて、目を細め、俺を追い詰める。


 主導権が俺に移ることはなかった……。


 あー、どうすればいいんだ。俺だって後ろめたい気持ちの正体に気づいていないというのに、どう答えるのが正解なんだ……。


「もしかして、わたしのこと気になってるんじゃない?」

「……は? どうしてそうなる」


 心の底から疑問に満ちた声が出た。


「だってさ、陸人がわたしのこと好きだとするでしょ?」

「おい。前提がおかしい」

「まぁまぁ、これは仮定の話だから。好きな人がいるというのに、他の女の子と遊ぶことに対してどう思いますか?」

「……いいことではないな」

「そうです。じゃあ、陸人はわたしに対してどういう気持ちになりますか?」

「……後ろめたい」

「ほら。わたしのこと好きなんだよ、きっと」


 凪沙はどうだと言わんばかりに胸を張っている。さぞ、自分の主張に自信があるみたいだ。逆に尊敬するわ。


 まぁ、凪沙の言う通り、俺が好意を抱いているのなら、その仮説は正しいのかもしれない。後ろめたさを感じる要因になりえる。綺麗な三段論法だ。

 

 だが、凪沙の推論は前提から間違えている。俺が好意を寄せているというそもそもが間違えている。強がりでもなんでもなく、ガチで。口では強がって否定することはあっても、心の中で強がる必要なんてどこにもない。

 凪沙のことが好きだった俺は、昔の話。過去に置いて来た。

 

 それとも、自分ではそう思いたいだけで、心の奥底で凪沙のことが気になっている俺がいるのか? 自問自答しても、答えが返ってくるはずない。


 そりゃあ、嫌いじゃないさ。前にも言ったけど、人間として好きじゃなければ、同居なんて一日もできないはずだ。今のところほとんどストレスなく、生活ができているのだから、きっと『好き』か『嫌い』かの二択なら、『好き』を選ぶ。

 けれど、やはりそれは異性としてではないはずなんだ。いや、やっぱり俺はそう思い込みたいだけか……?


 結局俺は自分のことすらまともにわかっていないようだ。


「あー!!!!!!」

「──ッ!? きゅ、急にどうしたの……? めちゃくちゃびっくりしたんだけど」


 凪沙は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、俺を見つめる。


「わかんねぇ! 俺は凪沙のことが好きだ」俺は椅子から立ち上がり、言った。

「……へ?」

「すまん。言葉が足りなかった。人としては好きなのに変わりはない。けれど、異性としてどうだと訊かれれば、多分違うんじゃないかと思う。じゃあ、どうして後ろめたさを感じるんだって話だよな?」

 

 凪沙は気圧されたようで、少し体を後ろに引き気味で、コクンと頷いた。


「──幼馴染だから」

「……えーっと、どういうこと?」

「やっぱ、幼馴染ってさ、友達とは何か違う気がしててさ。ちょっと特別な存在っていうか、小さい頃から知ってるわけだし、大切な家族みたいに感じてんだと思う。思春期の男子ってさ、家族に学校でのこととか、特に恋愛に関することってさ、素直に話せないものなんだよ。だから、多分素直に行くことを言えなかったんだと思う」


 俺が言うと、凪沙はポカーンと口を半開きにして、反応があるのかないのかよくわからなかった。


 とりあえず、座ろう。一人でヒートアップしていたことに、恥ずかしくなってきた。あぁ、顔がアツい。


「ふふっ」


 俺が一人で羞恥心に苛まれていると、目の前から笑い声が聞こえてきた。


「あー、陸人が言ってること、ぜーんぜん理解できなかった!」

「え」


 清々しいほどの笑顔で、言われた。ちょっと悲しい。まぁ、俺自身もよくわからないまま喋ったから、理解してもらえるとは思っていなかったけど。


「でもね、今回は見逃してあげる!」


 凪沙は小さく、「陸人っぽい」と呆れ気味に付け加えた。


「やったー、って反応で合ってんのかな」

「さぁ?」


 凪沙はまた「ふふっ」と笑い、なんだかご機嫌な様子だった。


 よくわからないけど、助かったので良しとしよう。


「へいて〜〜〜い」


 気の抜けた声が部屋に響き、俺は無罪を勝ち取り、自由の身となった。

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