第14話 作戦

 合コンはつつがなく終了した。俺が失恋したことを除いて。

 凪沙は家に帰る途中、スーパーに寄るということだったので、任せきりで申し訳ないと思いつつも、二人でいるところを見られでもしたら面倒なことになりかねないということもあり、俺は大人しく一人で帰宅することにした。


 結局凪沙を除き、女子陣は全員空太を狙っている様子だった。一方の男子陣は凪沙派と園田さん派に分かれていた。

 特にいい感じそうな雰囲気の組はなく、異様ではあったが、それなりに楽しめたので良しとしよう。


「ただいまー」


 リビングの扉が開き、マイバッグを持った凪沙が入ってきた。


「おかえり。買い物いつもありがとな。いや、それだけじゃないな。飯もいつも作ってくれてすっげぇ助かってる」


 俺は凪沙に感謝の気持ちを告げた。


 いきなり感謝を告げるだなんて、ありえるだろうか? いーや、ありえない!


 先に凪沙の気分を良くしておくことで、これから行われるであろう取り調べの前に、怒ろうにも怒れない雰囲気を作り出すための作戦だ。

 テストの点数が悪かった子どもが親に点数を見せる前に、風呂洗いや片付けといった褒められそうなことをしておくことで、親の怒りゲージを下げておくときに使う作戦と同じようなものだ。


 まぁ、感謝しているのには間違いないが、下心がないと言えば嘘になるってところ。


「急にわたしのご機嫌を取るなんて怪しいなぁ」


 凪沙はジト目で俺を訝しむように見てきた。


「俺の感謝の言葉を素直に受け取ってくれよ。心からの感謝なんだから」

「……」


 どうやら非常に怪しまれているようだ。ずっと俺の目だけを見つめ続ける。

 なんとも言えない空気が漂う。この場から逃げてぇ。しかし、ここで俺の方から目をそらすなんてことをしたら、図星であると認めているようなものだ。


 ここは根気強く、俺も凪沙の瞳から目を離さないように全神経を集中させる。


「……」

「……」


 膠着状態が続く。


 どちらも一歩も引かず、お互いを見つめ続ける。緊張が走る。


 そもそも、この勝負はどのように決着がつけば、俺の勝ちなんだ? 俺の当初の作戦では、凪沙の気分を良くするためのはずだった。こんなことになってしまった手前、どう考えても作戦としては失敗じゃないか? 今更俺の言葉が心からのものだと信じてもらえたところで、凪沙はルンルン♪してくれるだろうか? 


 無理じゃね?

 

 この状況から一発逆転できる方法なんてあるか? こんな雰囲気になってしまった時点で、俺の負けじゃないか。


「……負けだ」


 俺は凪沙から目をそらし、敗北宣言をした。


「やーっぱり、なんか裏があったんだね。まぁ、大体見当はついてたけどさ。きっと、合コンのことでしょ?」

「そこまでお見通しか……俺のことわかりすぎだろ」


 凪沙は口角を少し上げた。


「だって、幼馴染でしょ?」


 凪沙はウィンクして、右手でピースした。優越感が全身から滲み出ていた。


 子どもみたいに無邪気に笑う姿を見ていると、小学生の頃の思い出がフラッシュバックしてくる。当時、この何色にも染まっていない無垢な表情が好きだった。どれだけ気分が落ち込んでも、凪沙の表情を見るだけで元気が出てきたのだ。すげーなって、子どもながらに思ったことを覚えている。


 まあ、遥か昔の話だし、さすがに凪沙にこんなこと言えないから、これからも俺の中に封印し続ける予定の記憶だ。


「──そうだな」

「そうだよ? 陸人はわたしのこと全然わかんないもんねー」

「俺だってわかるぞ。『お前』って呼ばれたくないとか、料理ができるとか」

「どれも最近のことじゃん!」


 凪沙は小さく、呆れたようなため息をつき、「まぁ、何も期待してないからいいですけど」と呟いた。


「期待?」

「なんもなーーーい! ねぇ、わたしのことわかるなら、これから何を言うかわかるよね?」

「わかんねぇけど」

「友達と遊びに行くと嘘をつき、合コンに行った人の話をしたいなーって」


 凪沙の笑顔は先ほどまでの純粋なものとは違い、自然と背筋が伸びて、冷や汗が吹き出てくるような、それはもう恐ろしいものだった。

 

 逃げられないということはよくわかっているので、俺は諦めて、早く解放されるようにひたすらに祈ることにした。

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