第6話 信頼
「おはよ」
同居生活二日目。
自分の部屋から出ると、凪沙がすでに朝食の準備をしていた。
朝も手際よく料理する姿に感心する。
きっと毎日自分で準備していたんだろうな。ギリギリまで寝ていた俺とは大違いだ。
なんだか凪沙を見てると、情けなく感じて自己肯定感が下がる。
「おーい。返事もできないのかー」
眉間にシワを寄せて、凪沙は言った。
「悪い。おはよう」
「朝から考え事? いい奥さんになりそうだなーとか考えてたんでしょ」
「そうかもなー。歯磨き行ってくる」
昨日のことがなかったら動揺していたかもしれないが、学習した俺は凪沙の発言を今度こそスルーすることができた。変に意識したそぶりを見せたら、また何か言ってくるに決まっている。
俺が洗面所に向かう中、後ろの方で「雑過ぎない? ねぇねぇ?」と不満そうな声で呼びかけてくるが、気にせず洗面所に入った。
「凪沙はどうして俺と住むことにOKしたんだよ」
「へ? 今更?」
俺はずっと疑問だったことを朝食中に訊いてみた。
冷静に考えてみろ。この状況を。
朝食を幼馴染と二人で食べている。それだけじゃない。昨日の夜も二人で夕食を食べた。さらにさらに、部屋は違えども、同じ家で寝た。
おかしいだろ!!!!!!!!
いつの間にか違和感が消え去って、この状況を受け入れようとしていたけれど、冷静になるとやっぱりおかしい。
最近のJKってこういう感じなの? デリカシーの欠如が原因で別れて以来、女子と話す機会はそれほど多くなかった。
俺には理解しがたい価値観が広がり始めたのか??? 幼馴染なら一つ屋根の下で暮らすのはおっけー♪みたいな。
そんなわけないよなぁ……。
「今更って言うか、凪沙はこの状況受け入れてんのかよ」
「この状況って?」
「わかるだろ。俺と二人で暮らすことになってる、この状況だよ」
凪沙は「あぁ〜」と言った後、カルピスをゴクっと飲み干した。
「そりゃあ、最初提案されたときは迷ったよ。だって、今の私たちって仲がいいわけじゃないじゃん? ここ三年ほとんど喋ってなかった人と同居するなんて、どうなんだろうって考えるよ。でも、小学生の頃は仲良くできてたわけだし、なんとかなるかなーって」
「いや、でもだなぁ。二人だぞ? 俺と、男と二人だぞ?」
男と二人で住むことに抵抗感はないのだろうか? なかったら幼馴染として少し心配になる。
「あぁ〜。私のこと襲うの?」
人がせっかく直接的な表現を避けたというのに……。
「襲うわけないだろ」
「ほんと?」
さっきまでの雰囲気とは変わり、まっすぐ俺の目を見てきた。
その真っ直ぐな視線から逃げることはできなかった。金縛りにでもあったかのように、俺の視線は彼女の目に縛られていた。
「ああ」
俺がそう言うと──
「わかってるよ。陸人がそういうことしないのは。だからこういう形でもいいかなって思ったの」
「凪沙も大概だが、柏木家での俺の評価どうなってんだ? 高すぎねえか?」
よくよく考えれば、凪沙のご両親から同居の許可をいただいているのだ。別に欲しかったわけじゃないけど。
俺への信頼感が絶大すぎて、少し荷が重い。
「パパとママからの評価多分高いよ」
「俺なんかしたっけ?」
親同士の交流はずっとあったみたいだが、俺たち二人の交流は小学生の頃で止まっている。特に俺の株を上げるような出来事があったとは思えない。
「さぁ? 高校での残念な姿を見てないからかもねー」
「俺ってそんなに残念か……?」
「うん。女々し──」
「あぁああああぁあぁぁぁああああ!!!! ごちそうさま!」
これ以上話を続けたら確実にメンタルブレイクするところだった。あぶねぇ。
凪沙の方こそ人を思いやる気持ちってものが足りてないと思う。せっかく部屋まで逃げてきたのに、「まだ続きあるよー」とか叫んでやがる。
聞きたいことが聞けたかは怪しいが、信頼してくれていることだけはわかった。
きっと俺たちに限らず、二人で住むっていうのは信頼関係の上で成り立つことなのだろう。
高校生活が終わるまで信頼関係を保ち続けることができるだろうか?
もしかしたら、どっちかが嫌になるかもしれない。二人で住むことになると、見えていなかった部分も見えるようになる。
良い部分もあれば悪い部分もある。後者が許容できる範囲から超えたら、きっと同居生活は終わるだろう。
俺にとって同居生活が終わることは、果たして悪いことなのだろうか?
凪沙にとってはこっちへ残る条件みたいなものだから、悪いことだろう。しかし、俺はそういうわけではない。
この問いに対する答えは、今はまだ出そうにない。
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