第5話 夕飯とその後
「ふふ〜ん♪」
愉快な鼻歌を響かせながら、手際良くご飯を作る姿は普段から作り慣れていることがよくわかった。
リビングからキッチンの方が見れるのだが、一瞬の迷いもなく手を動かしていた。チラッと食材を見せてもらったが、アスパラはなかったので安心して料理するところを見てられる。
さすがにそこまで鬼ではなかったようだ。
「よしっ」
いつの間にかご飯ができたようだ。俺が手伝いに行ったところで、戦力外通告を言い渡されるだけなので、せめて邪魔だけはしないようにじっと座っていたのだ。
少し前からとても良い香りが鼻腔を抜けて、空腹度がMAXだった。
「チキンとか嫌いじゃないよね?」
「ああ。大好きだ」
凪沙が作ってくれたのはチキン南蛮だった。食べなくても美味いことがわかる。
「じゃあ、いただきまーす」
「いただきます」
口の中にチキンを運ぶ。衣を砕く、その音はASMR動画として残しておきたいほどの聞き心地の良さがあり、甘酢とタルタルソースが絶妙に絡み合う味は最高だった。
「うめぇ」
「ほんと? よかった」
安心したのか凪沙もチキンに手を伸ばし、一口食べて、「おっ、美味しいじゃん。私やるなぁ」と自画自賛し始めた。
俺は目の前の料理に目を奪われて、視野が狭まっており、凪沙が一口も食べていなかったことに気づくまで時間がかかった。
「こんなに料理できても、不安だったのか?」
「え? ま、まあ。うん。そうだね。基本家族に食べてもらったことしかなかったから」
「そうなのか」
「だって、自分から作ろうか? って提案しときながら、不味かったらめちゃくちゃダサくない?」
「ダサくはないと思うけど……めちゃくちゃ美味いから安心してくれ」
その後も何気ない会話をしていると、あっという間に時間が過ぎた。普段通りの日常を送っているかのような錯覚に陥った。
これは非日常であり、普通ではないのだ。疎遠になっていたが、小学生の頃は仲の良い幼馴染だったと思う。そんな過去があるからこそ、目の前に凪沙がいても違和感はないし、一緒にいても疲れることがなかったのだろう。
「どしたー?」
夕飯を食べ終わり、まったりお茶を飲んでいると、突然凪沙が声をかけてきた。
「どうもしてないけど」
考え事をして、少しエモさを感じていたけれど、そんなことを直接凪沙に告げるほど恥ずかしいことはない。バカにされる未来が見えたので、何も言わないことにした。
「なんか私のことを『女』として見てるなぁ〜って思って」
「ぶぅっ」
「ぎゃぁっ!? ちょっ! 汚い汚い汚い汚い!!!」
「お前が意味わかんねぇこと言うから、悪いんだろうが!」
勢いよくお茶を吹いてしまった。
綺麗に吹いたお茶は、凪沙の服にも命中した。
「なんで逆ギレしてんのよ! 陸人が、吹いたのが悪いんでしょ!」
「は? 凪沙が言わなかったら、俺は吹いてないんだぞ」
いちいち凪沙の発言に気にしていてはいけないことくらい頭でわかっていたはずなのに、いざ突拍子もないことを言われると人は案外動揺してしまうらしい。
「あんなことで動揺するなんて、図星だったんじゃない?」
「んなわけねぇだろ! 服汚えから早く風呂入って来い」
「汚くないし! 全然、汚くないし! デリカシーのカケラもないの?」
うっ……めまいが。
デリカシーの欠如が原因で別れを告げられた元カノを思い出してしまった。
「う、うるせぇ。早く行け」
「言われなくても行きますー! 絶対覗かないでね!!!」
「バカ! 覗かねぇよ!」
凪沙は席を立ち、部屋に衣類を取りに行ってから脱衣所へ向かった。
「あ、私が先にお風呂入ったら、私が入った後の残り湯どうされるかわかんないしな……」
「俺をとんでもない変態だと勘違いしてないか?」
「違うの?」
「ちげぇよ!」
仮に俺が変態なら同居する気になった凪沙を心配する。
「そっかそっかぁ〜。スマホでエッチな動画見るだけの健全ボーイだもんねぇ。じゃっ、お風呂入ってきまーす」
ニヤニヤしながら脱衣所に消えていった。
興味なさそうにしてたくせにしっかり覚えてんだな……。余計なことは言わないようにしようと思った瞬間だった。
「はぁ」
これからもちょっとしたことで喧嘩するんだろうな。先が思いやられる……。
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