10 回帰
数か月後。
王城の大広間では即位式が開かれていた。
王が亡くなったことで王子が即位し、王となったからだ。
女王は王になって座っている王子を隣で見つめている。
「母上。こんなに嬉しいことはありません」
「わたくしも。王子がここまで成長してくれたこと、とても喜ばしく思います」
盛大な即位式によって王城の大広間は扉も窓も開放され、たくさんの観衆で湧いていた。また、守護署の署員の含め、兵士が多く配置されていた。
その中で、守護署の制服を着た短い黒髪の青年がいた。
青年はずっと女王と王子の近くで二人を睨め上げていた。だが王子も女王のおろか、誰も青年のことを気に留めなかった。
人間は、新しい王の誕生に気をとられすぎていた。
「行くか」
青年はそう呟くと、静かに王子と女王の目の前に立った。
「何だ? 何かあったか?」
きょとんとする王子に素早く近づくと、その顔をそっと人差し指でなぞる。
その瞬間、王子の息が止まり、椅子の背もたれにのけぞった。
「王子! お前! 王子に何を!」
「よくも殺したな……」
女王は訳が分からないといった顔で青年を見る。
「何のことだ? わたくしは誰も殺していない」
「嘘つくな。殺しただろう? シリルを、私の、大事な人!」
シリルの名前を聞いた女王は明らかに狼狽えていた。
「お前……何者だ?」
青年は黒く変色した髪をかき上げる。
「私はヘクサ。かつて守護署にいた。シリルを守るために」
*
数か月前。
シリルの死の真相を知ったヘクサは雨の中、男を追いかけた。
傘をさして歩いている男に追いつくと、ヘクサはその肩を叩く。
男は首だけで振り返った。
「何か、御用ですか?」
その男の声は、女王の相手のものと一致した。
ヘクサはすぐさまこの男を殺したい衝動に襲われたが、堪えた。
今殺しても、ヘクサの気は収まらない。
「毒を、持っているのか?」
「ええ。多種多様、取り扱っていますよ」
「売ってくれないか?」
男はヘクサを上から下をなぞるように見ると、頷いた。
「守護署の兵士の方ですか。高くつきますよ」
「構わない」
金貨ならたくさんあった。それはヘクサには必要ないものだったからだ。
人間ではないので食事の必要がない。
人間じゃないので病気しない。
人間のように何かを欲することはない。
ただ唯一、ヘクサが欲したのは、シリルの平穏だけだった。金貨がそれに役立つなら遠慮なく用いただろうが、そのシリルがもういない。
「今持っているもの全て私にくれ。その分の金貨を支払う」
男はにんまり笑うと、首で先を示す。
「ついてこい。ありったけの毒を売ろう」
ヘクサは男についていき、男の部屋でありったけの毒を受け取った。
毒を受け取った後、ヘクサは誰かが見ていないことを確認し、それを飲んだ。
どくん
毒を飲んだからといってヘクサはすぐに死ななかった。そもそも人間じゃないから、人間のように毒で即死するわけではなかった。
だが、ヘクサは植物の化身。
植物は水分を吸い上げ、蓄える。だから、毒を飲み続ければ、全身が毒で満たされる。
飲む。
飲む。
飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む。
あおるように飲み続けた。髪の毛が黒く変わっても、体がしびれても、壊れかけていると分かっていても、毒を飲み続けた。
そしてある日、ヘクサは触るだけで人間を殺すことができるようになった。
毒を売った男の死体を前に、ヘクサは己の手を見つめる。
男は何が起きたのか分からないという表情を浮かべて死んでいた。
ここまで毒を蓄積するのに数か月。
やっと準備が整った。
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