6 二年後

 二年後。ヘクサはやっと離宮の警護につくことができた。

「それにしても、あの時のお前がここまで成長するとは」

 離宮までついてくるのは、二年前にヘクサを離宮に案内した兵士二人――ロートとヴァイスだった。

 あれからヘクサはかなり成長した。

 それでも、シリルを守りたいというヘクサの根幹はずっと変わらなかった。

 ヘクサはかつて訪れた離宮の大広場で挨拶する。顔を上げると、遠くにシリルがいた。

 彼女は泣きそうな顔でヘクサを見ていた。

 他の人はかつてここを訪れたヘクサのことは記憶にないようだった。無理もない。ヘクサはこの二年でかなり雰囲気が変わったからだ。

 それでも彼女だけは覚えてくれていた。それだけで、会えなかった二年間が報われた気がした。

 人がいなくなった離宮の裏で、ヘクサはシリルと対面する。

「忘れるわけがない」

「わたしも、一日たりとも忘れたことなかった。初めて会ったあの日から」

 感極まったシリルはヘクサを抱きしめる。

「いけません。貴女は貴い人。私とは釣り合わない」

 シリルは首を横に振る。

「そんなことない。あなたとわたしはずっと一緒にいた。だから」

 彼女は両手に力を籠める。

「また、会いに来てくれて、ありがとう」



 シリルは美しく成長していた。

 波打つ艶やかなブロンドの髪、大理石のような白い肌、青い瞳は大きく宝石みたいに輝いている。

 それに絵の才能もあった。だから彼女は誰よりも早く王城に入り、王家の人間の肖像画を担当することができた。

 彼女の美しさと才能に惚れる人間は日に日に増えた。

 それは王家の人間にも及んだ。

 ある日、ヘクサが離宮の外で警護していると、遠くでシリルの声が聞こえた。

「離してください!」

 ヘクサは人間よりかなり耳が良かった。だから王城の裏にいるシリルの声がはっきり聞こえた。

「こんなところ、誰も来やしない。諦めろ」

「誰か!」

 助けを求めるその声にヘクサはすぐさま反応した。ヘクサは風のごとく駆けつけると、いかにもシリルに襲い掛かろうとしている男を見つけた。ヘクサは男の襟首を引いて引きはがす。大きく尻餅をついた男は王家の装束をまとった王家の人間だった。

「き、貴様! 王子であるオレに何をする?」

「そちらこそシ……絵描署の人間に何をしていますか?」

 シリルは怯えていた。泣きそうになっていた。

 その姿を見た時、ヘクサはただならぬ怒りを感じた。

 王族の人間だろうと、ヘクサにとってはどうでも良い。ただ、シリルに涙を流させようとしたこの男が許せなかった。

「二度と、こんなことをするな」

「なっ!」

 シリルを連れて絵描署に戻ろうとする背中に男――王子は叫ぶ。

「お前の顔は覚えたぞ! 母上に言ってお前を辞めさせてやる!」

「ヘクサ?」

「行きましょう」

 王子の戯言を聞き流し、ヘクサはシリルを連れて絵描署に戻る。



 王子が女にだらしない人間であることは後で知った。王城にやってきた女だけではなく、都に行ってそこの女に手を出す例もあった。だがそれを咎める者はなく、女王である母は王子の後始末に走っていた。

 王子に甘い、それが女王だった。

 女王は王子の言葉を鵜吞みにし、ヘクサを離宮から病気になった王族や絵描署の人間が入る疾病院クランケンに配属させた。

 守護署を解雇されずに済んだが、ヘクサとシリルは引き離された。

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