4 君に会いに

 都に着くと、見たことない光景が広がっていた。

 大勢の人、立ち並ぶ建物、全て青年の知らない光景であふれていた。

「ここが、王城?」

「王城はこの先の建物、あれだ」

 領主が指で示した先を見ると、遠くに高い壁に囲まれた白と青い屋根の建物があった。

「あそこにいるのか?」

「ああ、そう、おい!」

 答えを聞くより前に体が動いていた。現在地から王城まで大分距離があったが、植物の化身である青年は超越した能力を持っている。風より早く走れることも、その能力の一つだった。

 重厚な王城の門が見える。青年ははやる気持ちを抑えられず、突き進んだ。

 頑丈な石でできた重厚な門を突き破れるわけなく、青年は真正面から衝突した。壁に顔をつけたまま、ずりずりと倒れる。

「な!」

 門を見張っていた兵士の二人が恐る恐る近づいてくる。

「大丈夫か?」

 青年はむくりと立ち上がり、咳き込む。赤くねばついた液体が手についた。

「生きているのか? すごい音がしたぞ」

「意識があること自体、奇跡だ」

「シリルはどこだ?」

 青年にとって兵士二人の心配事なんてどうでも良かった。

 早くシリルに会いたい、その思いが先行していた。

「シリル?」

「もしかして、新しく来た絵師のことか?」

「えし?」

 絵師がどういうものか全く分からないが、どうやら彼らはシリルを知っていることだけは分かった。

「どこにいる?」

「絵師は王城にはいない。王城にあがるのは肖像画を描く時だけだ。普段は王城の離宮、絵描署マーリンにいる」

「それはどこだ?」

 進もうとするのを兵士が二人がかりで止める。

「おい、まずは治療……」

「というより、勝手に入ることは許さん」

 青年は二人の兵士を押しのける。二人の兵士は尻餅をついて何度も瞬きした。

「どうしても、会いたいんだ」

 そのために生まれたのだから。

 二人の兵士は尻餅をついたまま、お互い目を合わせ、小さな声で言う。

「中心部に入らなければいいんじゃないか?」

「そうだな。どういうわけかその、シリルという人にご執着のようだ。会わせてやれば気が済むだろう」

 二人の兵士は同時に立ち上がり、言う。

「案内してやるよ。ただしおれらも一緒だ。その、シリルとやらに会ったらすぐに帰れ」

 石門が上がる。目の前に広がったのは、広大な庭と白と青を基調とした王城、そして隅には王城ほどではないが大きな建物があった。

「王城には入るな。おれらから離れるな。何も持ち出すな。この三つを守れ」

 青年が頷くと、兵士は青年を挟むようにして並んだ。

「一緒に行くぞ」



「絵描署は地図や王城の設計図を扱っている。だから他の署と違って、王城から出られないよう、署員は離宮で共に生活している」

「確か、シリルは絵の才能を認められて、試験なしで絵描署に入ったと聞いたな」

「詳しいな、お前」

「なんでお前は知らないんだ」

 主に兵士二人が長々と話しているうちに離宮に着く。

「ここにいるはずだ。中に入るぞ」

 中に入ると、大きく長い机がいくつも並んでいる。そこにいる人は絵を置いたり、画材を置いたり、何か話し合っていた。

「失礼する。シリルはいるか?」

 その声であたりは静まった。すると、奥から恐る恐る彼女がやってくる。

「わたしですが……!」

 彼女――シリルは青年の顔を見て目を見開いた。

 無理もない。シリルが描いた人物が現実に形となって目の前にいるのだから。

「どうして……?」

「知り合いか」

「知り合いどころか……私の、理想の人」

 その言葉に周りがざわついた。

「そうか。いや、こいつが会いたがっていたから会わせてやろうと思ってな。えーと、そういやお前、名前は?」

 そう訊かれて青年は口をつぐんだ。

 名前がないからだ。

「ヘクサ」

「え?」

「あなたはヘクサよ」

 そう言ってシリルは微笑む。

「ヘクサ……」

 その日から青年はヘクサと名乗るようになった。

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