故郷近く

船員が叫んだ。

「もうすぐあと7日ほどで、故郷のとなりの都市に到着します。色々ありましたが、やっとここまで来ることができました。ありがとうございます。隣の町は故郷と変わらぬ普通の街です。どうか安心して旅をお楽しみ下さい!」

船の客席からパラパラ拍手があがった。

私はこの日をいつまで待ちわびたか知れなかった。色々あった船旅。でもこうして無事到着できたのは喜ばしい限りだ。次の都市では、親友と飲みにいく約束がある。そのためにも早く到着して欲しかった。航海は進んだ。私はソワソワしながらシャワーを浴びたり、寝て過ごしたりしてその時を待った。船の窓から外を見る。まだ都市は見えてこないが、間もなくだろう。よく見ると私の服はボロボロだった。髪もクシャクシャになっていた。漂流者のような恰好だ。都市についたら、しっかり仕立てあげないといけないかしら。そんな事を思っている内に7日が過ぎ、窓から都市が見えるようになっていた。みんな飲み会の事覚えてるかな。忘れてるってことはないだろう。湾岸に近づいた。早速外に出て新鮮な空気を吸う。故郷の匂いに似ていた。私は早速服屋にいって服をしたて、カットサロンに行き髪を綺麗にしてもらった。

あとは、みんなと飲み会の時間まで、タピオカミルクティーを飲んだりしながら過ごした。あっという間に夕方。みんなは店の前に集まっていた。

「タカミ?タカミなの?」

「記者会見の時と随分身なりが違うわね」

「今日、服を仕立てて髪をきれいにしてもらったの」

「そっか、いこいこ」

きゃっきゃいいながらタカミは友達と居酒屋に入っていった。

「ねえ船旅ではどんなことがあったの?」

「もう一言ではいいつくせないんだけど、いきなり原住民と遭わされて、イノシシを狩る事になったの。そんでイノシシ鍋よ。いきなりどぎもを抜いたわね。それからマジの戦争に兵士として参加したり、オリエンタルな土の街、レンガの街、色々回ったわ。やっぱり良かったのは2回言ったエメラルドブルーの海よね。もうはしゃいでおよいじゃったわよ」

「海行けたんだー」

「奇跡的にね。最高で、真っ黒になっちゃった」

「タカミらしいわ」

「ほんと綺麗だったあの海…もう一度行くとしたら、やっぱり海よねー、イカも食べたし」

「それで、船船客が3分の1も消えた街ってどんなだったの?」

「普通の街よ。ただ店が食事も寝どころも与えないだけ。それで大部分が餓死。ひどい話よ…」

「タカミは平気だったの?」

「私は民家にかくまっていたから大丈夫だったけど、でなかったらどうなるかわからなかったわ…」

「色々あったのねー」

「でも!もうすぐ次の港で故郷なんだから、最高よ!1年が終わるんだもの」

「祝してかんぱーい」

「かんぱーい」

友だち同士でたくさん飲んで喋った。こんな楽しかったのはいつぐらいぶりだろう?

ハナシは尽きる事が無かった。あまりにも内容が詰まっていたためである。

「ワタシね、皇太子にプロポーズされたのよ」

「それはさすがに嘘でしょー?」

「いやホントなんだって!ついでにアリにも」

「アリ?」

「いやなんでもない!」

「でももう周辺の土地ではタカミの事でニュースいっぱいよ。とりあえず生還できただけでもヒロイン扱いされてるし」

「そうなの?」

「知らない間に大変なことになってるわよ」

「こら画集も気合い入れなきゃね!」

「楽しみにしてるわよ」

友だちとの楽しい時間もあっという間に終わり、タカミは故郷へ帰るために船に戻って行った。ラストということで船ではディナーがでたが、相当飲んで食べたのであまり口にははいらなかった。船員がまた叫ぶ。

「皆さま大変お疲れ様でございました。いよいよ船の終点故郷になります。あと13日、あと13日くだされば、無事故郷へお連れ致します」

思うとたくさんいた船客民も3人になっていた。これは船旅としてどうなんだろうか。確かに変な場所へ下ろされたし、船が2回壊れたとはいえ。しかしタカミは自分が生きてるのを良い事に、結果オーライな感じでいた。死んだのは弱かったからだ。船旅を舐めていたからだ。楽しい観光で終わる船旅ではないことぐらいわかっていたタカミなのだった。13日間は長い時間だ。せっかくしたてた服もしわがはいってしまった。船員は相変わらずキビキビ船内をうろついている。もうなにも起こるはずは無かった。そう、無かった…。

窓を見ると雨が窓を相当強く叩いていた。ロンドンに近いだけあって天候は不安定なのはわかっていたけども、また船が壊れる想像をしてしまう。今まで2回あったことである。3回目がないなんてこともない。それにしても故郷を目の前にして…。

[落ち着いて下さい!進路を何とか辿りながら進んでいます!心配なさらないで下さい!」

船員は必死に叫ぶが、顔は汗びっしょりだった。

「ディナーをお持ちします!」

船員は言ったが、はっきりいってそれどこではない。ガタガタ左右にゆれているのだ。

「雨が思いのほかひどい…」外でびしょ濡れになりながら双眼鏡を見ていた船長はつぶやいた。

「さぁみなさんはディナーへ!」

船員がそう言った途端、船は片側にゾゾと傾いた。グラスの割れる音が聞こえる。

「きゃーっ!」

誰かが悲鳴を吐いた。

船が都市部の山岳地帯に削り取られている。「ガガガ」と、とても嫌な音がした。

まさかそんな。ここで終わるの?もうすぐゴールの今になって?そんなのタカミらしくない!絶対皆そういうはず!しかし船内の人々は怯えるだけで、何もできなかった。結局成り行きに任せるしかなかったのである。船員は無線を飛ばした。

船を放棄し、船内の救助を要請したのだ。船はあきらめるつもりなのだ。いつしかエンジン音も聞こえなくなっていた。船員は何度も無線を打った。船員も命だのだ。

無線が通じたらしく、飛行機で全員の救助を目指す事になった。幸い故郷からはそんなに離れていない。飛行機はやってくるだろう。というかそう願うしかない。

船は半分ほど削り取られていた。心配なのは海水が入って来ることだ。船員は必死に海水を外に出している。

「もうすぐ救助が来ます。そうしたら飛行機に移動してください!船員も含めて皆避難します!」

「船は置いていくということですか!?」

「いたしかたありません」

仕方なく飛行機の救助を待った。何しろ船にはタカミが乗っている。無視すると言う事は考えにくかった。

2時間は経っただろうか。水のしたたる音を聞きながら、なるだけ姿勢を動かさずに待っていると、沢山の飛行機の音がこちらへとやってきた。救助がきたのだ!ヘリはなるべく船に近づき、ロープを垂らした。船員はロープにつかまり上へ上へと登って行った。

「まずは船客員から助けるのが道理やろがい!」

タカミはさけんだが、助けられる者からロープを伝っていった。

仕方なく待っていると、タカミの下から海水が近づいている。もう終わりだ。

そう思った時、飛行機のロープが降りて来た。タカミは必死に飛び乗る。すると、ロープが上に上がってゆき、タカミを上に持ち上げ続けた。なんとか飛行機の縁まで着くと、

「だすかったぁ…」

と安堵の声を引き絞った。

「タカミさんですか」

「そうよ」

「これは良かった。ギリギリでしたな」

「ああ…」

タカミは天を見上げた。まだ叩きつけるように雨は降って来る。しかし今は安堵感から何も感じなかった。

「このまま故郷まで走ってゆきます」

「ラジャー」

沢山の飛行機はその場を離れ故郷を後にした。船は完全に座礁し海の藻屑と消えていた。

しばらく経ち、タカミは乗務員に起こされた。

「タカミ!」

「あぁ…今どこ」

「故郷近くです。故郷とロンドンの境目らへんですな。ですがもう大丈夫です。」

「ああ、そう…」

タカミは力なく言った。

「残念ながら、残り2名の船客は救助がかないませんでした…」

「ふぁっ!?」

ってことは、最後に残った船客員は私だけってこと?どんな船旅なんだまったく…。


「タカミさん、救助されたようです!」

無線を聞いてピッケが走って来た。

「これからここにくるか病院に行くか、ですがどうなんでしょう」

「わからん、それにまだ安心ならん」

紳士はタカミのアトリエでヨーコとピッケと共に待機していた。

「もし病院なら、どこ病院なのかすぐ知らせてくれ。まだ虫が騒ぐんだ…」

「はい、わかりました!」


救助されたタカミは毛布を被せられ、パトカーに乗り移った。

警察官は運転手に、病院を指定し、運ばせることにした。このままほおっておく訳にはいかない。

パトカーは病院に向かって真っすぐ進んでいった。急患である。船員もだいぶ疲れていて、全員を病院に収容することにした。タカミは確かに意識はあったが、なにしろ寒くて悪寒がする。病院でしばらく入院ということになった。

「生き残った…私だけ…」

うめくように言うとそれからはなにも言わなくなった。パトカーは無事病院へ到着し、タカミというヒロインをすぐ看護に当たった。パトカーの音は街中響き渡り、空いている病院へとにかくすし詰めのごとく収容された。生き残った船員は船長含めて7人、乗客はタカミ1人だった。


そうして数日が経過した。タカミはすっかりよくなって、といっても立ち上がるとふらつくのだが、以前よりだいぶ回復してきていた。静かな時間が過ぎていく。退院はいつだろう。しかっり休養をとるはずだ。もう少しかかるだろうか。タカミはベッドで横になりながら、今までの事を振り返っていた。沢山あった思い出。いい事ばかりじゃないけれど、今となっては懐かしい記憶の断片である。これで画集も描く事ができるとも思った。1年という名い道のりだったけど、やっとインスピレーションがあふれ出し、素晴らしいものになるだろう。そんな事を考えながら、窓から見える花を眺めていた。


次の日、ポリスが3人タカミの元へやってきた。

「おめでとう。退院だ」

看護婦は咎めた。

「まだふらついています。あともう少しだけ…」

「だめだ。今から彼女を故郷に連れて行く」

ガムを噛んだひげづらの男は、タカミの腕をつかみ、無理やり立ち上がらせた。当然ふらつくタカミだったが、

「おっと、大丈夫かね」

ポリスが支えて何とか立ち上がった。そのままタカミはポリス3人とパトカーに乗り、どこかへと走らせて言った。途中で車を止め、オニオンリングを買って食べていた。

「お前も食べるか?」

「いらないわよ」

「あーそうか」

パトカーは一心不乱に進み、ロンドンの漁港へとやってきた。

「ここで船に乗るんだ!」

「故郷はロンドンじゃないわよ!」

「いいから乗れ!」

ポリスはタカミを半ば突き放し、ロンドン行きの船に乗って向かっていった。絶対に何かがおかしい。?マークのままロンドン行きの船に揺られつつ、色んな事を想定したが、どれも的外れのようだった。

1時間半船にのり、ポリス3人に導かれてそのまま歩いて行った。見覚えがとてもある。ここはトッドのアトリエだ!

アトリエの中に入ると、もう使われてないらしく蜘蛛の巣も張っている。

ポリスはオニオンリングを全て食べ終わると、ヒゲをとり帽子を脱いだ。

「久しぶりだなぁタカミ」

「あっ」

少し顔は膨れたが、無精ひげを生やしたトッドだった。残りの2人は仲間か何かだろう。

「お前が来るのを1年待ってたんだぜえ?へっへ」

そういってナイフを取り出し、なめてみせた。

「トッド…あんたどういうつもり?」

「あんたのまねをした。あんたを妬んだ。あんたは消えて行った。パクリの対象が消えてしまった…そこからおれは絵が描けなくなったのさ」

2人のポリスも汚い笑顔で応えている。

「あんた、ただのパクリ屋のくせに自意識過剰なんじゃないの?どうやったらそうやって性格がねじれるのよ」

「うるせえ、もうそんなことはどうでもいいんだ、お前が死に、俺が死ぬ。それでもうどうでもいいのさ」

「あんただけ死になさいよ!」

「それじゃまったく意味がないんだなこれが。ここまで綿密に計画立ててきたんだ。お前には死んでもらう」

「さわらないで!」

「うっせい」

その時である。高速に動く物体がトッドのナイフを空に飛ばした。

「トッド、そこまで堕ちたか」

紳士である!

「画商の分際で計画を無碍にされてたまっか!老いお前ら撃て撃て!」

仲間は拳銃を持っていた。紳士は素早い動きでそれをかわし、トッドの首を糸でしめつけた。

「どうせどうしようもない仲間だろう。捕まる前に逃げろ」

仲間は拳銃が使えないと知るや、トッドを残して逃げ出した。

かわしたと思っていた拳銃だったが、実は足に1発被弾していた。

「紳士!」

「上にはポリスカーがわんさかいる。観念するんだな、トッド」

「くそっ!!!!ふざけんな!!!!!ここまできてサツかよ!!!!!」

トッドは糸に挟まれながら地上で逮捕された。パトカーに乗って行くトッド。釈放されたら、また追ってくるんだろうか。

「紳士!病院にいかないと」

「パトカーで連れて行ってもらうから安心したまい。それよりも自分の心配をしたらどうだ。」

「私は平気よ。それより早く病院に行って!」

そうして私はまた故郷行きの船に乗り、とうとう故郷に戻ることができた。

あまりにも色んな事がありすぎて、まだ頭がクラクラしているが、ゴールはすぐそこだ。パトカーでアトリエの前に下ろされたタカミは、一歩、また一歩アトリエに向かっていった。ヨーコとピッケがメイド姿で出迎えてくれている光景が見える。紳士は病院だ。やっとアトリエに帰ってきた。ヨーコとピッケは笑顔で言った。

「おかえりなさい!」

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